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釣り大会は長老の優勝で幕を閉じた。
「うう… 悔しいです。」
「でもミャアだってすごいよ、3位だったじゃないか。」
「うぅ、でも長老様とは20cmも差をつけられてしまいました。」
「ふぉっふぉっふぉっ、わしもミャアくらいの頃からずっと釣りをしておるからな。そう簡単には負けんよ。」
宴で酒も入ってか、長老もかなり砕けた喋り方になっている。
「ううぅ…なにかアドバイスをいただけませんか?」
「そうじゃのぉ、気配を絶つのは十分じゃし、あとは駆け引きじゃな。」
「駆け引きですか?」
「そうじゃ、まぁ経験と言うやつじゃな。きちんと考えて行動し、成功したり失敗したり、1日1日を大切にしたらいい。」
当たり前のことだが、長老が言うと含蓄深い。
「はいはい、おかわりできましたよ。」
ふっくら仕上がった蒸し魚、素材を生かした焼き魚、大量のあらで濃厚な旨味の潮汁、さらにおしゃれに盛り付けられたアクアパッツァにカルパッチョ。
おばちゃんたちがどんどん追加の料理を運んでくる。
「マルコ様もどうぞどうぞ。」
そういっておばちゃんはマルコにカルパッチョをよそってくれた。
他意はないのだろう。だが生魚を食べる習慣のないマルコは少し身構えてしまった。
とはいえ、断るのもな…
「…ぱくっ。うっ!これは!!」
鮮度が良いためか臭みなどは全くなく、プリプリの身のコリコリした食感は心地よく噛めば噛むほど魚の優しい甘さが口一杯に広がる。
「…うまい。」
「そうでしょそうでしょ。数日寝かせてもおいしいのよ。食感はねっとりとしたものに変わって旨味がぎゅっとつまるんだから。」
そういいつつおばちゃんはどんどんおかわりをよそってくれる。
「マルコ様、どうぞ一献注がせていただけますか?」
そういってコタロがやって来た。
こんなにもおいしいのだ、さぞ酒とも合うだろう。
「っと、すまんな。そういえば酒も仕入れてきてくれたんだな。後で請求してくれ。」
「いえいえお気になさらず。このくらいかっぱらっておいた方が上も私をクビにしやすいでしょうし。」
「っておい!」
かっぱらったんかい!!
「冗談ですよ。宴をすることをお話ししたら選別ついでにくれました。」
「そうか、あーよかった。」
これまでもそうだが現状九尾商会にかなり依存しており、これからも仲良くしたい。
「しかしあれですね。せっかくの宴ですので冗談のひとつでも、と思ったのですが… やはり私は冗談が苦手のようです。」
「いや、まあ…うん。」
コタロは普段が真面目なだけあって冗談など言う風には全く見えず、正直心臓に悪かった。
「ん? マルコ様、どちらへ?」
「ああ、ちょっと外の空気を吸いにな。」
外といっても焚き火を囲んでいるだけで現状すでに外ではあるが、焦って変な汗の出たマルコは涼みに宴の輪から離れることにした。
「…ねぇ。」
宴の輪から離れると見計らったようにリオが声をかけてくる。
「どうした?」
「…バルドルについて、教えてほしいんだけど……」
「…長老になにか言われたのか?」
「…別に。」
そういうとリオはぷいっと顔を背ける。
「…せっかくの宴なんだし、今度にしないか?」
「ううん、今がいい。…どんなこと聞かされたとしてもこんなやけ酒できる機会他にないし。」
「そりゃたしかに。」
「で、話してくれないの?」
うーん……
「まずリオはバルドルについてどのくらい知っているんだ?」
「私たちのことを人間扱いしない頭のおかしな宗教連中。」
まぁ、その通りだな。
「…リオは魔王って知ってるか?」
「魔王?いいえ、知らないわ。」
なるほど、なら本当の最初から話さないといけないな。
「魔王というのは今から500年、600年前に現れた魔族の変異個体とされる存在だ。魔王はモンスターたちを束ねてダンジョンから侵略し、いくつもの国を滅ぼし、さらに多くのダンジョンを支配下に置いて、さらに膨大な数のモンスターの大軍を作り上げ、地上を征服していった。」
「それがなにか?」
「その魔王を倒したのがバルドル教が教祖として崇めているバルドルその人なんだよ。」
「っ!そんな、じゃあバルドルは英雄だとでも言うの!!?」
自分たちを虐げていた大元の存在を英雄視する言葉に、リオは声を荒らげる。
「…魔王を倒した、その一点のみなら、な。だがその過程、いや、その後も含めてバルドルのやったことはとてもでないが英雄と呼べるものじゃない。」
「…なにをやったの?」
「…力を得るために聖獣を殺し、食べた。」
「聖獣様を!?」
リオは驚きの声をあげる。
「他にも強力な武器を得るためにドワーフやエルフからアーティファクトを時に盗んで時に襲って奪った。」
「そんなの大罪人じゃない!!」
「ああ、だからすげ替えたのさ。魔王の手先を倒して魔王を倒す力を手に入れる、そんな英雄譚に。」
そのためバルドル教では人間種以外のドワーフやエルフ、獣人族を悪の手先としている。
「魔王を倒したその後もそのまま魔王の領土を自分のものにして聖バルドル教国なんてものを作った。戦火を逃れ、疎開先から故郷に帰ったドワーフやエルフ、獣人族を捕まえて奴隷化した。アーティファクトの件もあるし、ドワーフとエルフとはそこからずっと戦争状態だよ。」
「…それじゃあ、マルコたちは? ギルスール王国とは、他の人間種とはどうなの?」
怒りを飲み込むように、リオは訪ねる。
「バルドル教の経典にはこんな話があるんだ。『魔王を倒したバルドルにそれまで何もしなかった神々は頭を垂れ、彼を最高神の座に座らせた。』とね。」
「それが?」
「人間種の国々には建国神話ってのがあってね。たとえば王家が神の子孫であったり、たとえば初代国王が神からアーティファクトとともに国の行く末を任されたり。要するに国を当地する正統性の話さ。」
「……」
「共通しているのは神が必ず関わっていること。人が人の上に立つんだ、より高次のものから託されてなきゃいけない。その上でさっきの経典の話だけど、要するにお前ら全員属国な、と言われてるようなものだよ。王としては到底受け入れられない。」
「それじゃあどうして人間種はバルドルと戦っていないの?」
声を絞り出すようにリオが聞いた。
「単純に戦えないんだ。ギルスール王国はそれなりに大国ではあるけど、それでも国土も人口もバルドルの方が5倍近くに大きい。勝ち目が低いからかしずく相手が変わるだけの貴族たちは恨みを買う真似はしたくない。兵士としてもドワーフ、エルフ連合対バルドルの印象が強いから他種族のために同族同士で殺し合いなんてしたくない。
領土が接していて過去にドワーフやエルフと仲良くしたとか、バルドル教の布教を認めなかったとかで攻め込まれた経験のあるギルスール王国ですらこれなんだ。領土の接していない国ならなおさらだよ。」
「そう、なの…」
「ああ、だから…俺が……」
マルコの声が少し震える。
「俺が、この国を戦争できるようにしないといけないんだ…」
自分たちだけでは猫人族を守れない。国を巻き込んで防衛力を高めなくてはならない。
だが、そんな戦争の抑止力であの狂信者たちが止まるだろうか?
マルコはぎゅっと唇を噛み締めるのだった。
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