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荘厳なフロア。重厚感溢れる調度品は華美さは無いがシックな高級感が漂う。
そんな公爵家の屋敷をアーニエル伯爵とティアナは歩く。
「公爵様のお屋敷と聞いていましたのに…思っていたよりも地味ですのね。」
「ひゃっひゃっひゃっ、そう言うでない。」
自身の屋敷を贅の限りを尽くしたものに改築しているところなので目が肥えてしまった、とでも思っているのだろうか? 伯爵は口ではティアナを注意しつつもどこか得意気だ。
公爵家家長サイモンの誕生日のお祝いにやって来たと言うのに傲岸不遜。服装も孔雀のように着飾り、2人は完全に浮いている。
それは単にサイモンの好みで設えられたこの部屋に2人の服装があっていないだけではない。ここにいるほぼ全ての貴族たちもアーニエルのことをよく思っておらず近づこうとしないのだ。
しかし伯爵はその事を気にも止めない。
敵意を露にする相手はみっともない嫉妬心、それをうまく隠している相手からは一目置かれて道を譲られている、と都合よく解釈しているからだ。
そのため周囲の冷ややかな視線もなんのその、伯爵たちは空いたスペースをどしどしと進んでいく。
「サイモン様。本日はお招きいただき、ありがとうございます。」
「ん? おお、これはアーニエル公、よくぞ参られた。」
挨拶する2人をサイモンは笑顔で迎え入れる。
公爵家家長、サイモン。高齢を理由に既に爵位は息子に譲ったが、公爵家の家長としていまだに絶大な影響力を持つ。
最たる特徴は恋愛結婚賛成派であることだ。自身も恋愛結婚をしており、「恋は人に成長を与え、愛は人に力を与える」をモットーに時に恋する貴族たちの力となる人物である。
ティアナの美貌はどんな男もおとせると伯爵は思っている。さらにサイモンを味方につければその結婚を邪魔するものはいなくなる。
いや、いっそティアナが公爵家の者と結婚すると言うのも…
「ぐふふふっ。」
「お父様?」
栄光の未来を思い描き、思わず笑みがこぼれた伯爵をティアナが不思議そうに見る。
おっと…
「ティアナ、ワシはサイモン様とお話をしておるからティアナは皆に挨拶してきなさい。」
「はーい。」
伯爵がそういうと、新しいドレスをそしてハート型にカットされたブルーダイヤの新しいネックレスを自慢したいのか、ティアナは自慢げに意気揚々と去っていった。
伯爵はしばしサイモンと雑談する。
それは本当に他愛もない雑談であった。恋愛結婚賛成派であるサイモンは恋バナが好きなのか、やれどこぞの子爵が横恋慕しているだの、やれどこぞの令嬢が三角関係に悩んでいるだの、マール伯爵の四男坊とキナリス伯爵の出戻り次女の婚約も当然知っているようで楽しそうに話している。
やれやれ、こんな耄碌ジジイの機嫌取りとは…
面倒くさいが仕方がない。伯爵は少しうんざりしながら相づちをうちつつ、パーティー会場を眺める。
するとティアナが貴族の子息たちに囲まれているのが見てとれた。
「…ティアナ嬢は恋に積極的な様子で、うらやましい限りですな。」
「…えっ?」
伯爵の視線に気づいたのか、サイモンもそちらを見て独り言のようにボソリと言った。
「うちの孫娘、ソフィアのことですが… あの娘はどうも奥手なようでして… 少しお節介を焼かねばならないかもでして…」
「それはそれは…」
公爵家でも直系にあたるソフィアの結婚相手をサイモンが探している。それはすごい情報だ。
しかし伯爵はそれを生かすことができない。なぜなら息子のアランもロレンソも既にマール伯爵、キナリス伯爵の娘を嫁にとっているからだ。子供がおらずその予定もないとはいえどうすることもできない。
一応マルコは結婚しておらず婚約者もいない。でも残していればとは伯爵も考えない。
アーニエルのパワーバランスが崩れるからだ。マルコがソフィアと結婚などすれば伯爵の後継者第一位に跳ね上がる。あんな出来損ないが次期アーニエル伯など…唾棄すべきことなのだ。
「…どこかによい者はおりませんかな?」
「…そうですなぁ……」
伯爵は適当に相づちをうち、サイモンを気分よく喋らせるのだった。
…ほんと、女心と言うものがわかっていませんわ。
貴族の子息たちに囲まれたティアナはうんざりした気分になっていた。
子息たちは政治の話、経済の話に興じていた。強引に輪に混じってはみたものの、ろくに勉強をしていないティアナでは場をしらけさすようなことしか言えていない。
ああ、こんなことならいつもの男の子たちの方がましですわ。
身分が低くかったり、爵位を継げなかったり、そもそも対象ではないが、彼らはちやほやティアナの機嫌をとってくれていた。
「…ティアナ様はこの事をどうお考えですか?」
「ええ、とてもよい考えだと思いますわ。」
「しかしそのための予算はどこから出すつもりですか?」
「税を上げればよいのでは?」
「…あの、民衆の生活のための事業なので安易に税を上げるのは本末転倒なのですが……」
…はぁ……
本当にくだらない話にティアナは内心ため息を吐く。
サイモン様は恋する者の守護者とも呼ばれていると言うのに…どうしてこの者たちはこんななんでしょう?
ティアナもアーニエル伯爵もわかっていない。
アーニエルは他の貴族にとって深い付き合いがしたい家ではない。そのため上っ面の上部だけの付き合いしかしていないのだ。
サイモンは別に政略結婚を否定しているわけではないし、恋愛結婚であればなんでも応援するわけではない。自身がそうであったように困難に立ち向かうため努力して成長し、力を合わせて助け合えば恋愛結婚であっても政略結婚以上の利益をもたらせると考えているだけだ。それが出来ないなら認めないし、むしろ領民の税により生かされている貴族である以上、本人たちの幸せよりそれが絶対条件と考えている。
その事を知らないティアナたちは、貧しい貴族の結婚式の費用を出してあげた話などから誤解しているのだ。その話も能力はあり事業計画も現実的ながら資金力の無い貴族のために出資者集めのために結婚式を開き、公爵家も十分な利益の見返りを得ているが、当然ティアナたちは知らない。
「あら? ティアナ様、ようこそいらっしゃいました。」
「これはソフィア様。お招きありがとうございますわ。」
退屈してしたティアナも元にソフィアが現れた。子息たちはソフィアにも政治の話を振ろうとしたが、ソフィアはティアナと話があるからと断り、2人は子息たちの輪から離れた。
「ティアナ様、そのネックレス素敵ですね。」
「ブルーダイヤですか? しかも流行りのハート型!」
続々とソフィアの取り巻きの令嬢たちも集まってくる。
「ええ、そうよ。」
先程までは見向きもされなかったネックレスをティアナは得意気に見せびらかす。
「まあ、なんて素敵なんでしょう。」
令嬢たちの声にティアナは鼻が高い。
流行りとあって令嬢たちもハート型のアクセサリーをつけてはいるが、その宝石の質は一歩劣るものばかり、爵位の低い令嬢にはガラス細工の者すらいた。
「本当に素敵ね。」
「そういえばマール伯爵とキナリス伯爵の者が婚約なさるとか。」
「聞きましたわよ。幼馴染みで実はずっと想い合っていたとか。」
「きゃーすてきっ!」
恋バナ談義に花を咲かせる。
しかしその裏でティアナは自分がクスクス笑われていることに気づきもしないのだった。
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