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流れと話数を優先した結果、ベンジャミン(新キャラ)からアーニエル伯爵に途中で視点が変更する造りになってしまいました。
…どういうことだ?
代々アーニエル家に仕えているベンジャミンは財務室へと向かっていた。
代々に渡り長年仕えていたこともありベンジャミンの信用は厚く、伯爵がパーティー三昧で王都から戻ってこない間仕事の多くを任されていた。しかしマルコを追放して以降財務官たちが長続きしないのだ。
ガチャリと財務室の扉を開ける。
積み上がった請求書。乱雑に仕舞われた帳簿類。
ベンジャミンは何の気なしに帳簿を見た。
入れ替りが激しく引き継ぎがろくに出来ていなかったせいか書式は統一されておらず、さらに入れ替りの度にどんどんと財務官の質も低下したせいか字も汚く計算間違いも所々に散見されて、まともに解読も出来ない。
まったく。請求書が届けば支払い、それを帳簿につけるだけの簡単な仕事だというのに… どうしてこんなことすら出来ないんだ!!
ベンジャミンは内心、強い憤りを覚えた。
ドスドスと怒りに任せて部屋を見回るベンジャミンはやがてそれを見てしまった。
「……へぁ?」
怒りを忘れるほどの衝撃にすっとんきょうな声が漏れた。
「なっ!?あっ??あっ、あっ…あああぁぁ……」
ベンジャミンは見てしまった。恐ろしく減りほぼ空になってしまった金庫の中を…
どうした? 何でこうなった??
昔見たときは使い切れないほどの金貨が蓄えられていたはずだ。
ベンジャミンは驚き焦り、わめくことしか出来なかった。
だがマルコに言わせればそれはそうではなかった。贅沢品とは縁の遠い辺境のど田舎のアーニエルにとっては使い切れないほどの金貨でも、実際には簡単に使いきれてしまう程度の蓄えでしかなかった。
マルコが何度も必死に訴えた事実がベンジャミンの眼前に現実としてあった。
ぬ、盗まれた?? とにかく一度伯爵様にご報告しなければ…
ベンジャミンは伯爵への報告のため、急ぎ王都へ向かう準備を始めるのだった。
数日後。
…信じられない……
王都にあるアーニエル伯爵の邸宅に着いたベンジャミンは頭を抱えていた。
信用できる部下に帳簿を解読させたのだが… 金庫の金は盗まれたのではなく、使っただけだったのだ。
もちろん、計算間違いや不審な点はいくつもあった。だがほとんどの金は単に使ってなくなっただけであった。
とっ、ともかく伯爵様に浪費をやめていただかねば…
「おお、ベンジャミンではないか。どうしたのだ? …まあいい。それよりこれを見てくれ。」
ベンジャミンを見つけた伯爵が機嫌良さそうに招く。
これまでは王都に訪れた時の宿泊場所位でしかなかったアーニエルの別邸だが、パーティーもできる豪華なものへと改築が進められていた。
「見ろこの飾り細工を…すべて純金だぞ? そしてにあのシャンデリア!他の伯爵家にはない大きさと豪華さだ!! すごいだろう??」
「え、ええ… さすが伯爵様にございます……」
得意気に語る伯爵になんと答えていいのかもわからず、ベンジャミンはひきつった笑いで調子を合わせることしか出来ない。
「ああ、これから最高級の絨毯を敷き詰め、さらに完璧になる。楽しみだなぁベンジャミンよ。」
「っ! 伯爵様っ!!!」
さらなる散財を嬉しそうに喋る伯爵にベンジャミンは思わず声を上げた。
「? ベンジャミンよ、どうしたのだ??」
「えっと、その… お金が、ありません……」
疑問符をつける伯爵にベンジャミンはしどろもどろになりつつも現状を告げた。
「…ベンジャミン、お前は何を言っておるのだ?」
「あっと、あの… こっこれをご覧ください!」
ベンジャミンは財務官から持ってきた帳簿を伯爵に見せる。
「…なんだこれは……?」
わかってくれたか……
ほっと胸を撫で下ろしそうになったベンジャミンであったが…
「…読めん! …ベンジャミンよ。財務官などという簡単な仕事、誰でも良いとは思うが… 映えあるアーニエルに仕えさせているのだ、もう少しまともな者を選べ。」
伯爵は呆れたようにそう言うだけだった。
「えっ!? いや、あの… そうではなくて、ですね… あのっ、帳簿を見ていただいた通り、アーニエルの金庫にはもう僅かばかりしか金貨が残っていなくて、ですね……」
「…はぁ…… ベンジャミン。お前も見て知っておるだろう? アーニエルの金庫には使え切れないほどの金貨があるのだ。無くなるわけがないだろう?」
伯爵はさらに呆れ果てたように言った。
ベンジャミンもそう考えていた。だが実際はそうではなかった。
「ですが……」
「伯爵様。」
ベンジャミンが訂正しようと声をあげるのを遮り、メイドが伯爵に声をかけた。
「マール伯爵とキナリス伯爵、連名の使者がお見えです。」
「わかった、通せ。」
「伯爵様っ!!」
必死なベンジャミンをぞんざいに払いのけ、伯爵は使者を招く。
「アーニエル伯爵様、本日は大変お日柄も良く…」
「あー、堅苦しい挨拶は無しで良い。それより本題を。」
ベンジャミンの相手をして機嫌が悪くなったのか、伯爵はぶっきらぼうに言った。
「はい、それではこちらの手紙を…」
手渡された手紙を伯爵は読む。
どうやら婚約披露宴のお誘いのようだ。
だが不思議なのは婚約者がマール伯爵家の継承権の低い四男とキナリス伯爵家の出戻り次女であることだ。わざわざ披露宴をひらくものでもないし、やったとしても小さなパーティーでしかない。
「アーニエル伯爵様にはぜひご臨席を賜りたく…」
「あー、わかった。行くと伝えてくれ。」
なぜ誘われたのか不思議には思いつつも、伯爵は適当にそう答えた。
「伯爵様っ! 本当なんです! 本当にお金がないのです!!」
使者が帰るとまた、ベンジャミンが慌てた様子で何か言ってきた。
…さて、このバカをどうしたものか?
伯爵はそう思いつつ、ベンジャミンを見る。
そのときだ。
「お父様っ!!!」
愛娘のティアナが飛び込んできた。
「おお、どうしたのだティアナよ。」
「聞いてくださいまし、お父様っ! 私ソフィア様に公爵家家長の誕生日パーティーにお呼ばれしましたのっ!!」
怒りを忘れて思わず猫なで声が出る伯爵に、ティアナは跳びはね踊り出しそうな様子で伝える。
「お父様っ!エスコートしてくださる?」
「ああ、もちろんだとも!!」
伯爵は二つ返事で答える。
っと、そういえばさっきの婚約披露宴と日程が被ってしまったな…… まぁいい、どうせあちらは四男坊と出戻り女の婚約だ。適当に使者でも出しておこう。
それより公爵家家長の誕生日パーティーだ。
階級の低い者は高い者に自分から話しかけることはマナー違反とされる。そのため上との伝を作るのは非常に難しい。
さすがは我が娘だ。
「むふっむふふふふっ。」
これから始まるであろう、公爵家との親密な関係に伯爵は思わず笑みが溢れる。
「それでお父様? 私新しいドレスと宝石がほしいの!」
「おお、もちろん良いとも。」
「伯爵様!??」
ベンジャミンが驚き焦った声を上げたが2人は無視する。
「それで宝石なのですけど、マダムビオラのお店にブルーダイヤというとても珍しいものがあるの!!」
「ブッブブブブブルーダイヤ!????」
あたふたするベンジャミンが、非常に鬱陶しい。
「…ベンジャミン……」
「いっ、いけません伯爵様っ!! 今アーニエル家にはそんなお金は…」
「ベンジャミン!!」
伯爵は怒鳴り声を上げる。
「いいかベンジャミン。我はお前に領内を任せた!滞りなくすることがお前の仕事だ!!なのに頭がおかしくなり我らの妨げとなるのなら、永遠に休みを与えてやってもいいのだぞ!!!」
「っ!!……すみませんでした…」
その時、ベンジャミンはなぜ財務官たちが逃げ出したのかを理解した。
「ならさっさと領へ戻れ!!!」
「…はい……」
だがベンジャミンは彼らと違い、高い地位があった。今さらそれを捨てることが出来ようか…
伯爵は怒鳴り、ベンジャミンはすごすごと帰ることしか出来なかった。
その後、ある夜。
1人のメイドがアーニエル家別邸の中を進む。足音も立てず、誰も彼女に気付くものはいない。
彼女は音もなく伯爵の部屋の扉を開けて中へと滑り込んだ。
泥棒だろうか?いや、違う。
彼女は金目のものには目もくれず、目的の物を見つけた。
それは手紙であった。
彼女は手早くその手紙にさらに数枚の手紙を加えると元の場所に戻してまた音もなく去った。
こうしてこの夜に起こった出来事は誰にも気付かれることはなかった。
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