24
「ティアナ様っ、今日はようこそいらっしゃいました。」
「お招きいただきありがとうございますわ。」
嬉しそうに招き入れる貴族子息にティアナは優しく微笑む。
「どうぞこちらへ。」
「ああ、今日もお美しい…」
「ティアナ様っ、どうか私と一曲踊っ「なっ抜け駆けは卑怯だぞっ!!」」
すぐにティアナは男の子たちに囲まれた。その様子はまるで少年たちをはべらす女王のようであった。
無理もない。ティアナは絶世の美少女な上、婚約者のいないフリーな状態なのだ。
貴族の結婚は普通親同士の話し合いで許嫁が決まることが多いが、この国では学園で知り合っての恋愛婚も珍しく無い。
そのため、父であるアーニエル伯爵はティアナの美貌なら自身の伝では不可能な格上貴族との玉の輿が可能と考え、あえてティアナに婚約者を決めていなかったのだ。
もちろんマルコはそれならせめて十分な教育を与えるように進言していた。だが他人に口答えされることを嫌う伯爵は妻となる者に教育は必要ないと考えており、さらに当のティアナが勉強を嫌ったのだ。
結果、ティアナは多くの男の子たちにちやほやされているようで、相手にしてくれているのは階級の低い者、継承権の低い者ばかり。爵位が高く継承権も高い者からは正妻ではなく愛人の誘いで、ティアナは内心イライラしていた。
「…チッ……」
だがそんなティアナ以上に不満を募らせている者たちがいた。爵位の低い令嬢たちだ。
「なんなのですの!あのビッチ!!」
「まったく、おもしろくありませんわっ!!」
その可憐なドレスに似つかわしくないほど彼女らは口汚くティアナを罵る。
彼女らも玉の輿を狙っていた。だが男の子たちはティアナが独占し、しかもティアナは伯爵令嬢とそれなりに高い階級にあるため文句も言えない。
「しかもあの宝石はなんですの!? アーニエルは貧しいから上納金を免除されているのでしょ!??」
「ほんと、ドレスや宝飾品をとっかえひっかえする余裕があるのならまず上納金をきちんと納めるべきですわ!!」
令嬢たちは不満を溢れさす。いや、令嬢たちだけではない。今やアーニエルは下級貴族からヘイトを稼ぎまくっていた。
追放される直前にマルコが警告した通りになっていた。あの時父である伯爵は「王の御心の内を説く」と曲解していたが、敵意を露にするのは他の貴族とマルコにはわかっていた。
もちろん王家だって面白くは思っていない。だからこんな事態になっていても決して助け船は望めないだろう。
「まあ見てください、ティアナさんのあの姿。」
そんな怒りを露にする階級の低い令嬢たちとは離れ、階級の高い令嬢の集まりではティアナをクスクスと笑うだけであった。
彼らの多くは既に婚約者が決まっている。そうでない者も婚姻による関係強化に頼らずとも十分な力がある。そんな相手を自由に選べるものにとってティアナに現を抜かしている者たちはアウト。男の子をはべらせているティアナはただのふるいでしかないのだ。
では王家から優遇を受けながら過度に贅沢な装いをしていることをどう思っているのかというと…
「財政は厳しいでしょうに、あのドレスにブローチ、本当に買ったみたいですわ。」
「まあおひどい。あなたがおすすめしたのでしょう?」
クスクスクス
彼女らは表向きはティアナと仲良くしていた。そうして時におだて、時に焚きつけ、高価なドレスや宝飾品をティアナに買わせていたのだ。
「次は何をおすすめしましょうか?」
「そういえばアーニエル家はマダムミストのお店の支払いが遅れているようでしてよ?」
「まあまあまあ、しばらく大きなパーティーもございませんし… あまり高い物をおすすめするのは難しそうですわね。」
黒い微笑みを可憐な笑顔の仮面で隠して令嬢たちは話し合う。
これはいじめでも嫌がらせでもない。彼女らなりの戦いなのだ。
「それでは私がティアナさんをお祖父様の誕生日パーティーにお誘いいたしましょう。」
一同が思案しているなか、公爵令嬢のソフィアが言った。
「ソフィア様、その…よろいしので?」
「ええ、お祖父様もなにやら企みでもあるのか、ぜひ誘うようにとおっしゃっておりましたから。」
公爵家家長の誕生日パーティーに招待して台無しにしないか不安であった令嬢たちだが、当の本人が許可しているとなれば話は別だ。
「であれば思い切り高価な物をおすすめしましょうか?」
「まあ、それではアーニエルはきっと赤字になってしまいますわ。」
クスクスと笑いつつも、彼女たちは真剣だ。
ある程度爵位の高い貴族にとって今のアーニエルは面白く無いなどという感情論で済む話ではない。
アランは軍事力を高め、ロレンソは賢人を集め、伯爵はティアナと共に社交界での影響力を強めようとしている。たとえ資金力の問題で不可能だとしてもそれは無視できることではない。
そんなアーニエルを挫くためになにができるのか、彼女らなりに考えた答えがティアナに散財させることなのだ。
「そういえば聞きまして? 九尾商会がローグの地から大量の魔石を仕入れてきたとか…」
「まあなんと、それではティアナさんとちゃんと仲良くした方がいいのかしら?」
魔石は都市部ではライフラインのひとつだ。都市の発展や有事の際の代替地としても産地とは仲良くしておきたい。
「でも…ねぇ?」
「…そうですわよね…?」
アーニエルとまともな価格交渉ができるとは思えない。
「大丈夫ですわ。たしかローグの地は三男のマルコさんに譲られ、マルコさんはアーニエルから勘当されたという話ですから。」
「あらあら…」
「それは…」
またクスクスと笑い声が響く。
「でもローグの地はアーニエルからの独立を王家に承認されていませんでしたよね?」
「ええ、きっとまだダンジョンの攻略などがお済みではないのでしょう。」
いつ滅びるともわからない、税収もなく上納金もあげられない、そんな現状なのでマルコはまだ王家に認可を求める段階に無かった。
「すみません、遅くなりました。あら? 皆様何をお話で?」
男の子たちの相手を済ませてきたのだろう。少し疲れたような、それでもちやほやされて満足気なティアナがやって来た。
「あら、ティアナさんごきげんよう。」
「マダムビオラのお店に大変珍しい宝石が入荷したことについて話しておりましたの。」
「まあそれは、どんな宝石ですの??」
ティアナが来たことで令嬢たちは当たり障りのない話を始め、巧みにティアナを誘導するのだった。
ブクマ、評価、いいね、ありがとうございます




