21
ミャアの案内で森を進む。
いったい誰なんだ?
モンスターではなく人間という話だがマルコには心当たりがない。
敵意はないというが正体不明の集団にマルコは少し恐怖混じりの緊張を覚えていた。
「マルコ様、もう少しです。」
「ありがとう。」
ミャアの言葉にマルコは前を見る。
かすかにガサガサと枯れ葉を踏み締める音が聞こえた。
マルコは念のため、腰の剣に手を伸ばす。
その時、ガサッと一際大きな音を立てて目の前の枝が払われ、遂にその正体が顕になった。
…獣人?
頭の上にはピンと立った猫耳、腰から伸びる長い尻尾。そこにいたのはミャアと同じ猫人族の集団だった。
「っ!!本当に…本当にいた……」
「聖獣様だっ!!」
「聖獣様っ!!」
しかし彼らの目線の先にはクウガしか映っておらず、喜びむせび泣く者、抱き合う者、安堵に崩れ落ちる者… 皆とりどりにしかし一様に歓喜が溢れていた。
…えっと……??
「あの……?」
マルコは声をかける。
「なっ!?人間種だと!!」
「くっ!!」
「貴様っ!どうしてここに!!」
その声で初めてマルコの存在に気づいたのか、猫人族たちは跳び跳ねるように武器を構えて敵意を顕にした。
「ちょっ!待って待って!!」
彼らがこんな反応を見せた理由にマルコは想像がつく。
現状ここローグの地と接続しているのはアーニエルかバルドルだが、アーニエルに猫人族の集落はなかった。だとすると彼らはバルドルから来たわけで、そうなるとマルコのような人間種を恨んでいないわけがない。
そのためマルコは害を与える意思がないことを示すために少し大袈裟に両手を上げたが… 彼らは武器を構えたままジリジリとにじり寄ってくる。
「待ってください! マルコ様はバルドルの悪い人じゃありません!!」
「そうだぞ、こやつは我の契約者だ。」
そんなマルコを庇うようにミャアとクウガが間に入ってくれる。
「バルドルの人間じゃない…?」
「聖獣様の契約者だと!?」
2人の言葉に猫人族たちに動揺が走った。
バルドルの隣、ギルスール王国の人間は獣人族に対して友好的であることは彼らも聞いたことがあった。そして他ならぬ聖獣様の契約者でもある。マルコのことは信用してもいいのかもしれない。
だがしかし、彼らが知っている人間種はバルドルの人間だけだった。彼らから大切なものを奪い、奴隷化し、死ぬまでいたぶった存在だ。信用なんて出来ない。
困惑と葛藤…
それでも、ゆっくりと少しずつ…1本、また1本とマルコに向けられていた武器は下ろされていった。
…ふぅ
マルコは安堵する。これならゆっくり話ができそうだ。
とはいえここだとな…
「ここだといつ野良モンスターが出るかわからないし、家の方に案内するよ。」
マルコの言葉に猫人族たちは緊張の面持ちで頷くのだった。
「とりあえずテントは好きに立てて。っと、そういえば食料は足りてる?」
家の周りの平原へと案内したマルコは近くの猫人族に訪ねる。
「えっと、それがその…あまり……」
「麦と野菜なら大量にあるから好きに使っていいよ。ミャア、案内したげて。」
「はい。こちらですよ~。」
戸惑う猫人族をミャアが連れていった。
「それじゃあ我は鹿でも狩ってこよう。」
「ああ、大物期待しているぞ。」
「ふっ、任せておけ。」
さすがにこの人数分の夕食で魚釣りは厳しいのでクウガはさっさと狩りに向かった。
…さて……
見たところ怪我人が少なからずいる。
バルドルの追手か野良モンスターか、理由は定かではないが、手持ちの傷薬では足りなさそうなのはわかる。
マルコは手に入れたばかりのスライム核と育てていた薬草を集め、鍋を用意し、錬金術の準備をした。
「なにやってるんすか?」
「ん?」
声の方を見れば猫人族の青年が立っていた。
年齢は10代後半くらい、剣を腰に履き簡素な鎧を身につけており、どうやら戦士のようだ。
「怪我人が多いみたいだから、傷薬でも用意しようと思ってね。」
「そうっすか、ありがとうございます。ちょっと見ててもいいっすか?」
ん? ああ、そうか。配慮が足りなかったな。
「どうぞ、好きに監視してくれ。」
「いやいや、そういうのじゃないっす。単なる好奇心っす。」
そういって少年はマルコの横から鍋を見る。
なんだか初めて錬金術を使ったときのミャアを思い出すな。
「そういえばお兄さんの名前はマルコさんでいいんすか?」
「ああ、ところで君は?」
「タイガっす。タイガでいいっすよ。」
そういってタイガはニカッと笑った。
「よろしくタイガ。」
「よろしくっと言いたいところっすけどその前に聞かせてください。あの子とはどういう関係っすか、マルコさん?」
タイガの目が鋭く光る。
あの子とはミャアのことだろう。
マルコはミャアと出会い保護した時のことを説明した。
「そうだったんすか、同族を保護してくれてありがとうございました。そして疑ってすんませんっす。」
タイガはガバッと頭を下げた。
「いや、別に気にしてないよ。」
現状マルコはとても領主には見えないし、それなのに『様』付けで呼ばれていれば奴隷扱いされていないか不安になるだろう。
「それよりできた。…ってそういや忘れてたけどタイガたちは錬金術に対してどう思っているんだ?」
「ん?ああ、そういうことっすか! 別にそこまで詐欺とは思ってないっすよ。詐欺られる金もなかったっすから。それに神官に頼ることも出来なかったっすから、病気の時薬草噛るのはいつもだったんで発展系だなって感じっす。
と、言うわけで…」
タイガは早速自身の肘にあったかすり傷に薬を塗った。
「ちょっ!?おにいっ!!?」
少し離れたところでマルコたちの様子を伺っていたのか、タイガより少し年下の猫人族の少女が慌てて飛び出してきた。
「うおっ!? すげぇ、一瞬で治ったっす!!」
「そんなのいいから早く洗い流して…って…… えっ!?」
元々小さなかすり傷だったこともあるが、傷跡すら消えてタイガの肘にはスライム核でネバネバの傷薬し残っていない。
「ほらリオ、見るっす。傷が消えたっすよ!すげぇー!!」
「え、ええ…すごい……」
タイガは得意気にその事を少女に見せているようだが、彼女もその事は見ていたようで困惑している。
えっと、…誰?
「っと。すんませんマルコさん。妹のリオっす。」
「えっと、よろしく。」
「……ふんっ!」
こちらも困惑していたマルコにタイガは少女を紹介してくれるが… 当のリオはつれない態度だ。
「こ、こらっ! すんませんマルコさん。」
「いや、いいよ。」
ある意味、タイガが例外なのだ。マルコも猫人族からすぐに受け入れられるとは思っていない。
「それよりその薬だけど、深い傷はすぐには治らないから、たっぷり塗った後に上から包帯とか清潔な布を巻いてね。」
「了解っす。ありがとうございました!」
怪我人の元をまわるつもりなのだろうか。タイガはお礼を言った後、傷薬を持って離れていった。
「……べぇ~だっ。」
リオもまた小さく舌を出してからタイガに着いていく。
ははっ、嫌われてるなぁ。
どさっ
「ん?」
苦笑いするマルコの横に大きな鹿が置かれた。
「捕ってきたぞ。……どうかしたのか?」
狩りから帰ってきたクウガが不思議そうにマルコを見ていた。
「…いや、 それよりさっさと解体して焼くぞ。」
「うむ。」
たっぷりの野菜にスープ、鹿の丸焼き。
バルドルからの脱出を果たした猫人族にとってそのささやかなパーティーは忘れられないものとなったのだった。
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