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ダンジョンの中も相変わらず森の中であった。
「…気を付けろ。入り口近くは外からモンスターの嫌う光や聖属性の魔力が流れ込んで来るためあまりいないが… このダンジョンには大量のモンスターがいるぞ。」
確かにモンスターズナイトのことを思い返せばこのダンジョンに大量のモンスターがいると思って間違いないだろう。
というか、すでに周囲からビリビリと気配を感じる。
「…ミャア、どう?」
「ごめんなさい。三桁?ううん、ひょっとしたらもっと… 近くにいそうだなって感じですけど…… すみません、多すぎてよくわからないです。」
索敵能力の高いミャアは多すぎる敵にバグってしまっているようだ。
「…どうする?」
「…行こう。」
隠れて進むのは不可能。なのでいっそ堂々と今いる場所の安全を確かめつつ、マルコたちは先に進み出した。
「グガギャャャーッ!!」
ザシュッ
剣閃煌めき、マルコの一撃でゴブリンは倒れる。
「グギャッ!」
「ギギギッ!」
しかしすぐに新手のゴブリンたちが行く手を阻む。
…ちっ
ダンジョンを進んで数時間、しかし移動できた距離は1kmを少し超えるかどうか。
ダンジョンに入ったマルコたちはおびただしい数のモンスターによりまともに進めていなかった。
剣を重く感じ、思考が疲労でぼやける。
「ははっ、どうした?もうバテたのか?」
「うるさいっ!荒事は専門じゃないんだよっ!!」
茶化すようなクウガの言葉に余裕のなくなってきたマルコは思わず声を荒らげる。
「なんだ、まだまだ元気そうじゃないか?」
「…すまん、少し余裕をなくしてたようだ。」
別にクウガは嫌みを言うつもりではなかった。マルコを奮起させるためにわざと挑発するようなことを言ったのだ。
その事がわかるからマルコはすぐに冷静さを取り戻し素直に謝る。
「気にするな。…それよりどうする?」
「こうも敵が多いとな… なんとか少し休んで仕切り直したいが……」
クウガと会話をしている今も敵と戦いながらだが、それでも無限のように敵がわいてきてキリがない。
「あのっ!」
マルコとクウガの背に守られて魔石を集めていたミャアが声をかけた。
「あそこの、あの木の裏に洞窟があります。」
「えっ本当?」
「はい、冷たい風が流れ出てますし音も反響しています。」
「モンスターの気配は?」
「ありませんっ!」
マルコがクウガに目をやると、クウガも静かに頷いた。
「エアロ・ブラスト!」
マルコは無詠唱スキルを持っていないので呪文を詠唱しないと威力も落ちるし消費魔力も増える。だがあいにくしっかり詠唱する余裕はない。
強烈な風が邪魔なモンスターたちを吹き飛ばし、土埃が舞う。
「よし、今だ!」
土埃を煙幕にマルコたちは洞窟へと駆け込んだ。
「…どうやらあっさり見失ってくれたようだな。」
洞窟の入り口から外を眺めていたクウガが言った。
「はーつっかれた。少しゆっくりしよう。」
マルコは大きく息を吐き、どさっと座る。
「あの…?」
「ん?」
「マルコ様もクウガ様もどうして魔法をあまり使わないのでしょうか?」
ミャアが不思議そうに訪ねてきた。
「ああ、それはね……」
マルコは説明する。
確かに雑魚モンスターが数の暴力で襲ってきているので広範囲魔法が良く刺さると思ってしまう。
だがここのような森のダンジョンなら木々、迷宮型のダンジョンなら壁といった障害物の多くは、聖光木のように闇や邪属性の魔力を大量に内包しており傷つけるとそれを放出してしまう。
そのため、広範囲魔法をぶっぱしてしまうと一発で穢れるリスクがあるのだ。
「なるほど。」
そう言いつつミャアがブルッと震えた。
先程までの戦闘で汗をかいたこともあり、洞窟内は涼しいを通り越して肌寒く感じられた。
「寒い? 火でもつけよっか。」
「じゃあミャアが薪を拾って……あっ!」
気づいたようだ。聖光木同様闇や邪の魔力を持つダンジョン内の木々は薪にならない。
「どうしましょう…」
「だからね、こうするんだよ。」
マルコはナイフで魔石に火のルーンを刻む。
すると魔石はボッと火をあげ燃え出した。
「ほう、面白いことをするな。」
「だろ? 冒険者の知恵ってやつだ。」
その様子を見ていたクウガが興味深げによってくる。
初めてこの事を聞いたときは乱暴というか豪快というか… とにかくマルコも驚いたものだ。
「っと、火もついたついでだしお茶でも入れようかっ…てっ!!」
火がつき明るくなったことで洞窟の端に蠢くものが見え、マルコは慌てて剣を抜く。
じっくり見ればそれは緑色のジェル状のなにかであった。
「…なんだスライムか。」
マルコは剣を鞘に納める。
「ご、ごめんなさい。」
「ん?」
ミャアが耳も尻尾もペタンと畳んで謝ってきた。
「私がモンスターはいないって言ったのに…」
なんだそんなことか。
「気にしないで、動きも遅いし体温もない、鳴き声もないし音も立てないスライムはまず探知出来ないものだから。」
「でも…」
「それにスライムはモンスターじゃないから。」
モンスターとはダンジョンで発生し、体内に魔石を持つものの総称だ。
しかしスライムには魔石はなく、闇や邪の魔力が溜まっていれば地上でも発生する。
「じゃあスライムって何ですか?」
「…魔物、かな?」
マルコは誤魔化すように答える。
魔物とはスライムやモンスターなど闇や邪の魔力を好むものたちの総称だ。だがこの魔物という言葉自体とある偉い学者が、とある国王にスライムとはなにかと聞かれた際に誤魔化すために作った言葉と言われている。
そのくらいスライムとはよくわかっていない生き物(?)なのだ。
「とりあえず、スライムには核と呼ばれる軟体の体にひとつだけ固いなにかがあって、それが錬金術の素材になるから集めようか?」
さらに誤魔化すようにマルコはミャアにいう。
「スライムの核? なんに使えるのですか?」
「スライムの種類によって異なるけど、こいつみたいな一般的なスライムなら液体に粘度を与えることが出来るんだ。」
「ねばねばになるんですか?」
ミャアはそれがなんの役に立つのかわからない様子だ。
「例えばそのままだったら傷口にかけても流れ落ちてしまう傷薬も、粘性を持たせれば傷口に塗ることが出来るようになるんだ。」
「なるほどっ!」
ミャアは納得したようにスライム核を集め出す。
「…で、どうするんだ?」
今度はクウガが訪ねてきた。
どうするとは、今後のことだろう。
「…このまま一度撤退、だな。」
マルコは洞窟の外を見つつ答える。
モンスターたちはこちらを完全に見失ったようだが… 出ればすぐに見つかるだろう。
また無限とも思えるモンスター地獄が…
そう思うと気が重い。
「マルコ様見てください!」
そうこうしている間にスライム核を集め終えたミャアが得意気に戻ってきた。
「おっ、さすがミャアだな。ありがとう。」
「えへへっ。」
軽く頭を撫でてやるとミャアの顔が花開くように綻んだ。
よしっ!頑張るか!!
その笑顔に気合いを入れ直したマルコだったが…
「よし、ならば乗れ。」
クウガが少し身体を巨大化させて待っていた。
「えっと…」
「あのっさすがにそれは畏れ多いといいますか…」
「構わん、強行突破するならこのほうが楽だ。乗れ!」
「「はい。」」
そうしてマルコたちはクウガに跨がり、ダンジョンの外へ逃げ帰るのだった。
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