15
アーニエルの街を騎士の一団が進む。
「きゃーっアラン様よっ!!」
民衆の黄色い声が大通りに響いた。
先頭で馬を進めるアランがそれに答え軽く手を上げると歓声はいっそう大きくなった。
その様子に、アランは得意気な笑みを浮かべる。
無理もない。一応名目は新月の夜を越えた領内の視察であるが、その実は新設した『銀翼騎士団』のお披露目である。
その銀翼騎士団がアランに次いで表れる。
「…すげぇ……」
そのあまりの凄さに民衆が感嘆の声をこぼして固まる。
翼の意匠の施された白銀の鎧。煌びやかなだけでなく、ダンジョンで取れる希少な金属ミスリルで作られた逸品だ。ミスリルは鋼鉄以上の硬度を持ちながら、使用者の魔力によって鋼鉄の四分の一程まで軽くなる性質がある。
当然、その希少性と優秀な性質、さらには宝飾品としての美しさが合わさってミスリルは、アーニエルの人々は目にしたことがないほど非常に高価であった。
もちろんそんなミスリルの鎧を着ているのは選ばれた精鋭たちであり、一糸乱れぬ整然とした行進は息を飲むほど美しく、民衆は言葉をなくして見惚れていた。
「パパー、みてみて! きしさまかっこいい!!」
とある子供の声に民衆の時間はまた動き出す。
「さすがはアラン様だ!」「すげぇ!銀翼騎士団マジすげぇよ!!」「きゃー抱いてーっ!!」
我に返った民衆が歓声に沸く。
圧倒的なほどの銀翼騎士団の頼もしさに、もはや何人たりとも脅かすことのできない平和な生活が待っている、民衆はそう信じて疑わなかった。
そんな民衆の様子に、アランはさぞご満悦だろう。
エリート部隊である銀翼騎士団の計画は前々からあった。アランが鍛え上げた騎士たちにはミスリルを装備するのに十分な実力を備えた者はいたし、アラン自身も騎士団1つ増やす統率力は余裕であった。
しかしこれまではマルコがその予算を承認しなかったのだ。
民衆の歓声を背に領内各地を巡る銀翼騎士団。
誰もがその姿に輝かしい未来だけを見ていた。
「…はぁ~っ……」
領主の館にあるとある執務室で1人の男が大きくため息をつく。
ここは少し前までマルコの部屋だった場所であり、男はマルコの後任だった。
ため息の原因は机に積まれた請求書の山だ。アランの銀翼騎士団だけではない。ロレンソも学者仲間を招き食客としたため、その生活費などの請求書も積まれている。
「…はぁ~っ……」
男は頭を抱える。
これまでのマルコへの扱いでもわかっていたが、アーニエルの人々は無限の財源があるとでも思っているのか、財政にまるで理解がない。マルコがいなくなったことでそれはさらにひどくなり、予算承認すら取らなくなり支払いだけすればいいと思われている。
こんなことでは早晩に金庫が底をつく。
男はその事がわかっていた。
わかってはいたが身内のマルコですら追放されたのだ、口を挟もうとは思わない。
コンコン
扉をノックしてメイドが入ってきた。
「…追加です。支払っておいてください。」
請求書を渡し、それだけ言ってメイドは去っていく。
「…はぁ~っ……」
今度はティアナからだ。
今は王都にある学園に通っているのだが、真面目に勉学に励んではいない。毎週のようにパーティー三昧でその度にドレスだのアクセサリーだのと請求書がドサッと届く。
父である領主から叱って貰いたいのだが… まぁ無理だろう。
学園に通うティアナを心配してか、なんと領主の仕事を放り出して両親とも王都にある別宅で生活しているのだ。
しかもティアナと共にパーティーに繰り出しては請求書を送りつけてくる。さらには自分でもパーティーを開きたくなったのか、別宅の改築費までも請求してくる有り様だ。
「…はぁ~っ……」
ため息が止まらない。
そろそろ病気を理由に職を辞した方がいいだろう。
…と、その前に……
男は請求書の金額を水増しし、差額を懐に納める。
なんの問題もない。これくらい、みんなやっている。
男に罪悪感はない。事実マルコが居なくなって以降、アーニエルでは不正のオンパレードだ。
別にマルコが数字を見ただけで不正が暴けるような特別優秀であったわけではない。ただ寝る間を惜しんで帳簿や請求書、領収書を確認して不正を監視していただけだ。
だから後任の男にも同じことは出来た。しかしこんな扱いを受けている男に寝る間を惜しむようなやる気も忠誠心もなかった。
数日後、男は病気を理由に田舎へと帰っていった。
そしてその後任もさらにその後任も… アーニエルの財務官はコロコロ替わることになるのだが然したる話題にもならなかった。
アランの騎士団、ロレンソの研究所、そしてティアナの社交界。
アーニエルを賑わす華々しい話題の裏で、この地にさす影は確かに色濃く伸びていった。
ブクマ、評価、いいね、ありがとうございます。