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穢れとは高濃度の魔力にさらされることで起こる現象だ。穢れたものは強大な力を得る代わりに理性を失い、凶暴化する。
穢れる主な原因としては魔石の誤飲や、長期に渡るダンジョンへの滞在があるのだが、一般に流通している魔石はモンスターの素材であり、ダンジョンもモンスターの巣窟であり、その魔力は闇や邪の属性となっている。そのため反する属性である光や聖属性の魔法や聖水が治療に用いられていた。
マルコたちは急いで家に戻り、聖水を用意し、また畑へ走り戻る。
「マルコ様、これで足りるでしょうか?」
「わからんっ!!」
もし聖獣が目覚めていたら… たったそれだけのことでマルコたちはもうどうすることも出来なくなる。そのためマルコは取り繕う余裕がないほど焦っていた。
聖獣が穢れる、その前例を聞いたことがないわけではないが… くそっ!
神の御使いである聖獣が穢れるなど宗教的に大きなタブーであり、なによりその時はこんなことになるとは思ってもおらず真面目に調べようとも考えなかった。
いたっ!
相変わらず聖獣は折れた枝葉をベッドに寝ている。
「…それじゃあミャア、作戦を説明するね。まず俺が魔法で聖獣の動きを封じるから、ミャアは聖水を少しずつかけて清めてあげて。」
「はいっ、任せてください。」
ミャアは小さくガッツポーズをしてやる気を見せた。
…よしっ……
「いと麗しき聖なる神よ。我が前に立ちはだかる悪しきものを封じたまえ、悪しき力を封じたまえ。そは鎖、此岸に繋ぎ止める希望の鎖。そは鎖、彼岸に送り届ける葬送の鎖。…ホーリー・チェイン!!」
マルコが呪文を唱えると光で出来た無数の鎖が聖獣の巨体を拘束する。
「ガァッアアア!!」
目を覚ました聖獣が悲鳴をあげた。
聖魔法で作られたこの鎖はそれに耐性を持つ地上で生きる者たちにはダメージを与えることができない。しかしモンスターや穢れたものには焼きゴテを押し付けたような痛みと熱を与える。
「今だっ早くっ!!」
「は、はいっ!!」
ミャアが聖水を柄杓ですくい、聖獣の身体にかける。
シュウゥゥゥと音を立てて聖水が蒸発し、それに伴い聖獣の身体にまとわりついた瘴気もまた揺らいで消えた。
だが…
「グアァァァッ!!」
聖獣は叫び声をあげて激しく暴れる。
穢れたものにとって聖水をかけられるのは熱した油をかけられているのと同じほどの苦痛と聞くし無理もない。
「ガアッッッ!!」
雄叫び1つ。
少しは消えたかと思った瘴気が再び聖獣の身体から沸き立つ。
くっ!!
ピシッビシッと鎖が悲鳴をあげてヒビが入る。
まずいっ!!
マルコは聖獣の首に腕を巻いてしがみつき、押さえ込むように体重をかけ、両手を口に突っ込む。
「無理矢理飲ますぞっ!!」
「はいっ!!」
ミャアが聖獣の口に聖水を柄杓で流し込む。
「ガァッゴアッ!!」
当然聖獣はむせかえし、口を閉じようとする。
鋭い牙がザクリと押し付けられ、両手の指から血が溢れた。
「マルコ様っ!!」
「いいから!とにかく流し込んでっ!!」
「ゴホッ!ガボッ!ゴボアッ!!」
聖獣の口からどす黒いヘドロのような瘴気の塊が吐き出される。
「瘴気に触れないように気を付けてっ!どんどん飲ませてっ!!」
「はいっ!!」
「ゴボアッ!!ガボァッ!!ちょっ…まっ……」
ん?
吐き出される瘴気と共に声が聞こえた。
気が付くと口を閉じようとする力も弱まり、暴れてもいない。なにより身体を覆っていた瘴気がかなり薄くなっている。
それに気づいたのか、ミャアの柄杓を運ぶ手も止まった。
「ゴホッゴホッ、助かったよ、ありがとう。あとは自分で飲むから、放してくれないか?」
どうやら聖獣は正気に戻ったようだ。
マルコもミャアもひとまずほっと胸を撫で下ろす。
って、手ヤバっ!!
ダラダラ流れる血もさることながら、傷口から瘴気が染み込んだのか、マルコの両手は腐ったような黒紫色に変色していた。
「ミャア、ちょっと聖水をかけて。」
「ひぇっ…」
小さく悲鳴をあげたミャアが慌ててザバっと聖水をかける。
いっっっっっっっってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!
声にならないほどの激痛がマルコを襲った。
「マルコ様っ!マルコ様っ!!大丈夫ですかっ!マルコ様ぁぁぁっ!!」
ザバァっ!!ザバァっ!!ザバァっ!!
「痛いっ!痛いっ!!ごっ、ごめんミャア。ちょっとずつ、ちょっとずつ…」
パニックになったミャアが落ち着いた頃には、無事マルコも聖獣も穢れを払いきれたのだった。
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