12
目の前にはひどく荒らされた畑が広がっている。
収穫の間に合わなかったものは根こそぎ奪われ、踏み荒らされ、土は掘り返され、地面はめくれ… ほんの1日前は青々と繁り、丸々実っていたのが嘘のような惨状であった。
「…ひどい……」
肩を落としたミャアがぽつりとこぼし、小さく震えている。
覚悟はしていたはずのマルコも憤りを通り越して無力感を覚える光景であった。
「どうして… どうしてですか……?」
力なく震えるミャアの声。
考えろ… 考えろ……
こんな時だからこそ、自分がしっかりしなくてはいけない。
ミャアの手前、折れかけた心を何とか繋ぎ止めたマルコは1つの仮説を導き出す。
「…たぶん、聖水のせいじゃないかな?」
「聖水? でも聖なる魔力はモンスターを遠ざけてくれるんじゃ…?」
確かに今回までは聖水を撒いていたお陰でモンスターの被害に遭うことはなかった。
「濃度の問題だと思う。」
聖属性の魔力は魔物であるモンスターはダメージを与える。そのため平時であればモンスターは聖水を撒いた畑を避けていた。
しかしマルコが作った聖水にはモンスターを死に至らしめたり重症を負わせるほどの効果はなかった。いや、むしろ逆効果だった。
モンスターズナイトで興奮したモンスターたちは気にせず畑に侵入し、中途半端にダメージを与えたことでかえって怒らせ暴れさせたのだ。
「じゃあもっと濃く作ればいいんですね!」
「そうだね。」
確かにミャアが言うように生命の危機を感じるレベルに濃くしてやれば問題ないだろう。聖光木の家が無事であったように、興奮状態であっても避けるものは避ける程度の判断はあるようだ。
「…いや、ダメだな。」
「えっ!?」
一度は喜び尻尾を振っていたミャアがまたしゅんとする。
「残念だけど材料になる聖光木がそんなには無い。それに聖属性とはいえ魔力は魔力。高濃度になれば作物にもよくないよ。」
「…ごめんなさい。」
ミャアは耳と尻尾をぺたんとたたむ。
「謝ることじゃないよ。考え自体は間違ったことじゃないし… そうだね、俺たちの護身用には高濃度の聖水を作っておいた方が良さそうだよね。手伝って……」
「マルコ様っ!!」
ミャアが突然唇の前に指を立てて静かにするようジェスチャーをした。耳を立て、視線を巡らせ、明らかに何かに警戒している様子だ。
「っ!! マルコ様、あそこに……」
マルコはミャアが指差した方を見る。
元は果樹を植えていた辺りだ。引っこ抜かれへし折られ、植物魔法を使えば回復させることも挿し木でむしろ増やすことも出来るとはいえ、気分のいいものではない。
「…?」
「気をつけてください。」
ミャアに言われ、マルコは腰の剣に手を掛けつつ近づく。
「っ!?」
「…zzz」
遠目には折れた枝の山にしか見えなかったが近づくと馬車ほどはある巨大な灰色のヒョウのモンスターが枝をベッドに寝ていた。
…そういえばあの辺りはキウイを植えていたな。キウイはマタタビ科の植物で猫はマタタビに酔うんだっけ… ってことはこいつ、酔って寝てるのか??
だとすればかなり間抜けな話だが、マルコにとっては好都合だ。
どう見ても目の前のヒョウのモンスターはボスクラスの強さがあり、マルコでは太刀打ちできない相手だ。
シャキンとマルコは剣を抜く。
「まっ待ってくださいっ!」
「…ミャア?」
しかし剣を抜いたマルコをミャアが止めた。
マルコのやろうとすることにミャアが口を挟んだのはこれがはじめてのことだった。
「あっ、えっと、その…… ごめんなさい……」
ミャア自身もその事に戸惑い焦り、最後は心も身体も声も小さくなった。
「大丈夫だよ。落ち着いて… どうしたの?」
マルコは剣を鞘に戻し、ミャアの前にしゃがんで視線を合わせる。
「えっと、あの、その…… …聖獣様です。」
「…聖獣?」
聖獣とは聖属性や光属性を持つ特別な獣だ。モンスターと敵対し、人を助ける。知能が高く人語を話すため、神を信仰する人間種では神の御使い、獣人種では神そのものとして扱われている。
だが確か、聖獣は金や銀系統の体色をしているという話だが……?
改めてヒョウのモンスターをよく見てみる。すると身体全体をまとわりつくようにどす黒い瘴気が揺らめくのが見えた。
なるほど、穢されているのか…
「ありがとうミャア。」
「っ! マルコ様…」
「急いで聖水を用意しよう。助けるぞ、手伝ってくれるか?」
「はいっ!!」
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