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アーニエル領の実際の広さを男爵領より少し広いくらいから子爵領より少し広いくらいに変更しました。
いいわけをすると、子爵と男爵の爵位の順番を勘違いしていたのではなく、そもそも子爵の存在を忘れていました。
さすがに伯爵と男爵だと差がありすぎでした。ごめんなさい。
青々と繁る菜っ葉、丸々実った野菜たち。
幸いなことに初収穫は大豊作という結果でマルコたちは大量の野菜の収穫に追われていた。
…やり過ぎたな……
マルコは内心反省する。魔法で成長を速めたことではない。元々今日までに収穫することが目標だった
め、そこは目的通りだ。
問題は単純に畑を広く作りすぎたことだ。
足りなくなるよりかは良いと思ったのだが、結果的には明らかに広すぎた。ミャアと2人だけだと思うといったい何年分の食料だというほどの量が既に収穫できている。
間違いなく、傷むよなぁ……
収穫物を保管している貯蔵庫は家の地下室で涼しく、さらには長期保存が出来るよう魔法もかけてあるのだが… さすがにこの量は間違いなく腐る。
…そろそろ塩の確保も考えないと……
「マルコ様~!」
ちょうどその貯蔵庫に納めてきたミャアが水筒を持って戻ってきた。
「ありがとミャア。少し休憩しようか?」
「はいっ!」
2人は木陰に移動する。以前植えた果樹だ。
「大きくなりましたねぇ~。」
毎日グリーン・グリーンの魔法をかけたおかげで大きなものは2人が十分休める木陰が出来るほど大きく成長していた。
もっとも、成長優先で魔法を使っていたのでまだ身はつけていないし、つけていたとしても収穫に至るほど成長していない。
「今回は無理だったけど、次はこっちも収穫できるかもね。」
マルコも大きく成長していた木々を眺めつつ言う。
「そういえばマルコ様? 収穫を今日までってすごく気にしていましたけど… 今日ってなにかありますか??」
「ああ、今日は新月の夜だろ? 新月の夜にはモンスターズナイトって呼ばれる現象が起こることがあるんだ。」
「モンスターズナイト??」
ミャアが聞いたこと無さそうに不思議がる。
無理もない。モンスターズナイトとは古い文献で見られる現象で、新天地を求めた大規模な開拓が行われない現在では滅多に聞かない現象だ。
「モンスターズナイトってのはダンジョンから大量のモンスターが溢れだし、破壊と略奪の限りを尽くす現象だよ。」
「えっ!?」
ミャアが驚き声をこぼす。
おそらく過去の開拓団が失敗したのはこのためだろう。騎士団も同行していたはずだし、さすがにただの野良モンスターにやられたとは考えがたい。
「だだだ大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だよ。そのために聖光木で家を作ったしね。」
慌てるミャアをなだめつつマルコは言う。
山菜を取りに森に入った時に確認しておいたが、他の樹木はなぎ倒されたり傷つけられたりなどの痕跡は確認できたが、聖光木は被害にあっていなかった。本にあったモンスターが聖光木を忌避するという情報はかなり信頼していいだろう。
「ほっ。それでそのモンスターズナイトはそんなに危険なのですか?」
「ん~ん… 現代だと百年に一回起こるかどうか、起こったとしても十数とか数十匹のモンスターが出てきて対処が余裕で話題にもならないね。
とはいえそれはダンジョンがきちんと管理されている上での話だよ。まったく管理されていないここローグの地だと年に数回レベルでいつ起こってもおかしくないし、出てくるモンスターが千を超えることだって考えられるよ。それどころかひょっとしたら万に上るかもしれないし……」
いかんせん、きちんと管理される前の時代の話は伝聞や伝承がほとんどで、新月の夜に起こるということ以外は正確なことはまったくわからない。
「それなら急いで収穫しないとっ!」
家は聖光木なので大丈夫かもしれないが、畑はそうもいかない。聖水を撒いて育てはしたが、そうは言っても想定している規模が違いすぎる。被害にあうのは確実だろう。
その事に思い至ったのか、ミャアはあわてて立ち上がる。
「落ち着いて。食料はもう十分すぎるほど集まったし、何より今晩絶対に起こるってわけでもないから。」
「でも……」
ミャアはちらりと畑を見た。
マルコもその気持ちがわかる。
既に腐るかもしれないほど収穫してあるのに、マルコたちは収穫を続けている。
はじめての収穫ということもあるだろうが、せっかく頑張って育てたのにそのままダメにするのはもったいないというか、悔しいというか、ともかくなにもせずにはいられなかったのだ。
しかしながら日も傾きだし、そろそろ折り合いをつける頃合いだ。
「よしっ、じゃああとは食べたいものを籠いっぱい収穫して今日は終わりに…」
ゾクゥッ!!!
突然、森の奥から嫌な気配を強烈に感じて血の気が引く。
見ればミャアも顔を青白く染め、耳も尾も小さく畳み、ガタガタ大きく震えていた。
あいにく過去の大規模なモンスターズナイトを生き残った話は聞いたことがなく、予兆があるかなんて知らない。だがこれは間違いなくそういうことだろう。
「ミャア、家に逃げるぞっ!」
「でもっ…」
「いいから早くっ!!」
渋るミャアの手を取りに、マルコたちは家へ駆け込むのだった。
日が沈むとローグの地は地獄の様相を呈していた。
森は揺れて獣や木々の悲鳴がこだまする。窓の外の平原では、月明かりもなく正確な数はわからないが、いにしえの人々が何万何十万と読んだのがわかるほどおびただしい数のモンスターがうごめいている。
…これは、想定が甘かったな……
唇を噛み、窓の外を眺めていたマルコは部屋へ戻る。するとミャアが部屋の隅で小さくなっていた。
「どうしたの?」
「……ごめんなさい。」
カタカタ震えているミャアは力なく謝ってくる。
「?」
「ミャアが… ミャアが役立たずだから、全部収穫できませんでした……」
恐怖からだろうか? ミャアのメンタルはかなりネガティブな方に傾いてしまっているようだ。
「そんなことないよ。ミャアにはものすごく助けられた。今回は畑を大きく作りすぎた俺のミス。無理させちゃってごめんね。」
「そんなことないです!マルコ様は悪くないです!! ミャアが、ミャアがもっとちゃんとしていれば… はっ!!」
「ミャア?」
いいことを思い付いたというより、追い詰められておかしくなってしまったような表情をミャアは浮かべる。
「ミャア、聖光木の松明で畑のモンスター追い払って来ますっ!!」
そういって飛び出そうとするミャアの手をマルコはパシッと捕まえる。
「それはダメ。」
「でも、でも… 役にたたないと、役にたたないと……」
「大丈夫。ミャアにはすごく助けられているよ。いつものありがとね。」
逃げ出さないようマルコは優しくミャアを抱きしめる。
「マルコ様ぁ……」
そのまましばらくミャアの髪を撫でる。すると安心したのかやがてミャアは小さな寝息をたてた。
…こっちも認識が甘かったな……
バルドルでミャアたち獣人の奴隷がどんな生活を送らされていたのか、マルコは詳しく知らない。だが『役にたたなければいけない』そんな強迫観念はマルコが思っている以上にミャアを縛り付けている。
……
ただ、ミャアたち獣人族も笑顔で暮らせる街にしたい。それだけなのに答えのでない問題に頭を悩ませつつ、マルコはミャアをベッドに運ぶのだった。
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