70 苦悩
ルイが去った後の部屋は酷く静まり返っていた。ナルヤもユノも、地面を見つめ考え込んでいる。
あまりにも衝撃的すぎて、未だに感情が整理し切れない。
本当は神なんて存在せず、もうすぐ世界から魔力が消え、それを防ぐ為にミユキが犠牲になる。そんな真実を突きつけられ、何をしろと言うのか。
もし魔力が無くなれば、多大な被害が出るのは間違いない。特に医療。今の医療は回復魔法に頼り切っている。もしそれが使えなくなったなら、今いる重症患者のほとんどは完治不能になるだろう。
それ以外にも、無数の被害が想定出来る。文明が、ほとんど千年前まで引き戻されるのだ。これを良しとする人間がいるだろうか。
だがそれを阻止するという事は、ミユキを犠牲にするという事。ミユキと世界の両方を救うという選択肢も残されていない。
「どうすればいいんだ……」
「あたしだって分かんねぇよ。……けどよ、ミユキならどうするかは分かるぜ」
「ミユキなら……か」
ミユキなら、間違いなく自分を犠牲にする事を選ぶ。ナルヤの為、ユノの為、そして世界の為に。
『いよいよだね。今まで色々な事があったけど、私、すっごく楽しかった。だから、その……ありがと。絶対に優勝してね』
あれは別れのメッセージ。ナルヤへの遺言だったのだろう。世界から魔力が消えれば、大会どころの騒ぎではない。あの言葉を言ったという事が、彼女の決意の表れ。
「ユノが控え室を出る時、あたしも似たような事を言われた。ミユキは、とっくに覚悟を決めてたんだよな」
あの時もこの時もその時も、当時は分からなかった彼女の行動がよく分かる。
彼女は過酷な運命を背負いながらも、限りある命を享受しようとしていた。
「ナルヤ。あたしは決めたぜ」
言ってユノが立ち上がる。
「ミユキ残した希望を、あたしは引き継ぐ。必ずユウの病気を治して、ミユキの分まで世界を見て回る。それが、あたしがあいつに出来る事だ!」
「ユノ……」
「そうと決まれば特訓だ! 明日もまだ休みだろ? 今日の内にビシバシやって、絶対に優勝してやろうぜ!」
明るく振る舞ってはいるが、その表情は全く笑っていない。彼女もまだ気持ちの整理が出来ていないのだ。だが、ミユキの想いに応えるべく、無理矢理にでも体を動かそうとしている。
「気持ちの整理がついてからでいい。修練所で待ってる」
それから部屋を出たユノはそう言い残し、ナルヤの元を去っていった。
カウントダウン
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