61 決戦前夜
結局丸一日かけても良い案が浮かばず、気分を変える為に屋根上へと登った。宿主からの許可は取ってある。落ちても知らんと言われたが。
空には一面に綺麗な星が広がっている。その輝きを見ると、少し心が落ち着いた気がした。
「ここにいたんだね」
下からミユキに声をかけられ、屋根へと登ってきた。服装は寝巻きに変わっており、彼女の長い髪が、柔らかく吹く風になびいている。
「許可は取った?」
「取ってないよ。でもナルヤがいるし良いかなって」
「相変わらずだね」
「えへへ……あれ? それって褒めてる?」
「横、座っても良い?」
「勿論」
それを聞いたミユキは、ナルヤの横に腰掛けた。
「なんでここに?」
「今日はユノちゃんと沢山話したし、ナルヤとも話したくなって」
「なんだそれ」
話なんて今しなくてもいつでも出来る。わざわざここまで来る必要はないような……。いつまで経っても、彼女の思考は読めない。
「どう? 王都に来た感想は」
「まだ来たばっかだから分からない。ただ、凄いとは思うよ」
「だよね。あっ知ってる? あそこにある王城って、中に巨大な魔法陣が組み込まれてて、どんな災害が来ても崩れないように出来てるんだって」
母親に自慢する子供のようにミユキは言う。その光景を見ただけで凄く肩に乗っかっていた重圧のようなものが溶けていく気がした。。
「魔力って凄いよね」
「ああ、凄い」
魔力の重要さというのはナルヤが一番理解している。勿論努力によって成し得た部分もあるが、スキルがなければ今自分はここには立っていないかったのだ。
「そうか。そうだった」
「……何か分かったの?」
「ああ、大切な事を思い出した」
少し前までのナルヤは何の力も持たない存在だった。そんな彼が今、勇者を賭けた戦いに挑もうとしている。
それだけでも大きな進歩なのだ。小賢しい事を考える必要はない。優勝出来なければ次に優勝すれば良い、今はただ全力でぶつかるだけだ。今までがそうだったように。
「吹っ切れたんだね」
「ああ、君のお陰だ」
思えばいつも彼女に助けられている。旅をさせてくれているのも、ヘルイスで心を救ったのも、今回大切な事を思い出させてくれたのも、全て彼女である。
「君には感謝しても仕切れないな」
「褒め過ぎー。私だってナルヤに沢山感謝してるんだよ」
「残念だけど僕の方がしている」
「いーや、私の方がしてるよ」
二人同時に吹き出し、笑い声を上げる。夜中なので迷惑かもとは思ったものの、止められそうもなかった。
そこである事を思いつく。ミユキはナルヤの夢を手伝ってくれた。ならば、次はミユキの夢を手伝う番ではないかと。
「ねえ、ミユキの夢って何?」
「夢?」
落ち着いたトーンで聞く。ミユキは少し真剣に考える素振りを見せ、「まいっか」と零した。
「私、『白馬の勇者』って物語が大好きなんだ」
『白馬の勇者』は、白馬に乗った勇者が、襲われている少女を助けた事から始まるボーイミーツ作品だ。その後少女は勇者に恋をし、二人で様々な地を巡ることになる。
「いつかはそんな白馬の勇者に助けてもらって、一緒に旅をしたいって思ってた」
「思ってた?」
「その夢は叶ったからね。どこかの誰かさんのお陰で」
どこかの誰かさん。恐らくナルヤの事だろう。なるほど、だから旅をしようなど。今更ながら、あの時の行動の意味を理解した。
だが、聞きたいのは過去の夢ではない。
「今は?」
「今か……」
少し顔を俯け、何かに耽るようにほんの少しだけ笑みを浮かべる。その後、顔を上げた。
「今の夢は、もっとこの世界を旅する事。勿論ナルヤと、ユノと、他にももっと沢山の仲間と一緒に」
「ミユキらしい夢だね」
「恥ずかしいよ〜。お願いナルヤ、この夢は誰にも言わないでね。言ったら怒るからね」
「分かったよ。誰にも言わない」
ミユキにも羞恥心があるようだ。しかしそんなに夢を聞かれるのが嫌とは、よく言ってくれたものだ。
「でも良かった。それくらいなら全然叶えられそう」
「別に叶えなくてもいいよ。勇者になったらナルヤは大忙しでしょ?」
「なんとかするよ。まあ勇者になれたらの話なんだけど……」
「なれるよ。ナルヤなら」
「ああ、なって僕の夢も、君の夢も両方叶える」
そう宣言した後、お互い部屋へと戻った。そして運命の日が訪れる。
カウントダウン
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