44 守ったもの
「ザイさん! これは一体どういう事なんですか!」
ナルヤは舞台から降りたザイに駆け寄り、問いをぶつける。
「おお、ナルヤ君。昨日ぶりだね」
「とぼけてないで答えてください!」
「とぼけていないさ。挨拶は大事だろう?」
煽りとも取れるその言葉に、ナルヤの疑念と怒りは更に強まった。
「ザイさん!」
「おっと怖い怖い、仕方がない。教えてあげようか、わたしの計画を」
そう言ったザイは、ナルヤの周りをゆっくりと周りながら語り始めた。
「わたしの目的はただ一つ、この力を世界に知らしめす事だ。君の仲間の……何だったかー」
「ユノです」
「そう、そんな名前だったー。ユノ君にはその踏み台になって貰った」
「踏み台……ですか⁉︎」
一応敬語は保っているが、その言葉には怒気が篭っている。しかし、ザイはそんな言葉に表情一つ変えず、悠長に話を続けた。
「そうさ。今回配布された魔道具はわたしが作成したものでね。このスイッチ一つで自由に切り替えが出来るんだよ。盛大な負けっぷりは観客の頭にも残りやすい。アピールとしてはこれ程有効な手もないだろう」
「そんな事の為にユノを!」
「そんな事とは失礼な。わたしとしては重要な事だ。これはわたしの復讐だ。スキルが発動出来ないからとわたしを蔑んだこの世界へのね」
ザイは周るのを止め、ナルヤの前に戻った。そして語り始める。
「わたしは昔から病を患っていた。そのせいで、スキルを発動させるが出来なかった。それ故、若い頃から迫害されていてね。思ったよ。スキルを使えるのがどれだけ偉いのかってね」
その心には少し共感出来る。ナルヤがスキルを得る前も、同じ事を考えた事があるからだ。
「そして決めたのさ。スキルなんて要らないと証明してすると。だからこそまずは、力を見せつける事が必要だった。そこでこの魔道具を作ったのさ」
「……その機械は魔道具だったんですね」
「ああ、ある技術を応用して、コアの必要ない魔道具を作り出した。これを使いグランドマジックで暴れれば、嫌でも注目されるからねー。力を証明する第一歩としては十分だろう?」
ザイがナルヤに問いかける。その問いに、ナルヤは真っ向から否定した。
「理由は分かりました。でも、それはユノを、誰かを傷つけていい理由にはならない!」
ナルヤにはスキルがない事による苦しみは良く分かった。だが、だからといって何をしてもいい訳じゃない。
そんなナルヤの意見を聞いたザイはため息を吐き、がっかりとする素振りを見せた。
「君はそういう意見なのか。残念だよ。これからも協力者として、研究を手伝ってくれると思ったんだけどねー」
「誰かの役に立つ為の研究なら力を貸します。でも今回の様に誰かを傷つける研究には、協力出来ません」
そうナルヤが言った途端、ザイが高らかに笑い出した。さっきまでとの落差に、恐怖を覚える。
「何かおかしな事でも?」
「いやいや、君はいつまで無関係のつもりでいるんだろうと思ってね」
無関係? 少なくともナルヤはこの計画に参加した覚えはない。ハッタリだろうか? だが、そんな事する必要がない。
「この魔道具にはある技術が利用されていると言っただろう。それが何なのか心当たりがあるんじゃないのかい?」
コアがなくとも起動可能な魔道具。そんな物を作り出せる程の技術なんてナルヤは……まさか
「聖……剣……」
「正解だー。そう、この魔道具を作る為には、聖剣を解析する必要があった。でもルイ君は中々協力してくれなくてね。そんな時に、ユノ君と戦っていた君を見つけたんだ」
「じゃあ初めて会った時から……」
「利用する気満々だったさー。君が馬鹿正直に信じてくれたお陰で、わたしはこの魔道具を完成させる事に成功した。いやー君には感謝してもしきれないなー」
(僕はただ、皆を守る為の道具だと思って……利用されるなんて考えもせずに……)
ナルヤは崩れ落ち、地面に手をついた。それを見たザイが、更に言葉を強める。
「君が無責任に! 聖剣を解析させてくれたおかげで! ユノ君は傷つく事になった。こんな事態になったのは、君の愚かさのせいなんだよ!」
言って笑い出すザイ。ナルヤの脳内では、ルイに言われた言葉が思い出された。
『大きな力を持つ者にはそれだけ責任が付き纏う。君の行動で、とんでもない事態を引き起こす事だってあるかもしれない。だから力の振るい方だけはしっかり考えてくれ』
ナルヤは分かっていなかった。力を持つとはどういう事なのか。あの時、ルイが言ってくれたと言うのに……
「君には英雄なんて無理だったという事さ。スキルを得ても心までは変わりはしない。君は弱く愚かな、マジックロスのまま」
「うるさぁぁぁぁい!」
耳元で囁くザイを振り解き、ナルヤは声を上げた。反論でもなんでもない、ただの叫びである。
『準決勝第二試合を開始します。出場者は、舞台上まで移動して下さい』
「ほら、君の番だ。続きは決勝でしようか。もっとも、君にその気があればの話だがね」
そう言い残し、ザイは去っていった。
◆◆◆◆◆
セントラルステージに立ったナルヤは、鋭い視線で対戦相手を睨みつけた。彼に罪はない。ただ、今は早急に倒さなければならないだけである。
「準決勝第二試合。よーい……始め!」
「シャイニングスラッシュ」
試合開始と共に、ナルヤは光の斬撃を放つ。しかし、それはあっさり避けられ、今度は相手がナルヤへと攻撃を仕掛ける。
「ウォーターランス」
水流を乗せた一閃がこちらへやってくる。それをナルヤは剣で受け止めた。相手の魔法はAランク。ナルヤのランクであれば、受け止める事は容易い。
そしてナルヤは素早くボディーブローを入れると、背中に膝打ちし、バランスを崩した所を剣で舞台から突き落とした。
「勝負あり。勝者ナルヤ!」
あまりにもあっさりとした終わり方に、観客のテンションも乗り切らない。湧き上がる歓声も、準決勝とは思えない程少なかった。
だが、これで良い。ナルヤが求めていたのは最速の決着。出来るだけ早くザイを倒す事。それだけである。
しかし、残念な事に、これから決勝まで少しだけ時間がある。ナルヤはユノの安否を確認すべく、医務室へと向かった。
◆◆◆◆◆
医務室の前まで行くと、ミユキの姿が見えた。きっと、試合の終わったナルヤを待っていたのだろう。
「ミユキ、ユノの容態は?」
「傷は酷いけど、それだけみたい。暫く安泰にしておけばすぐに回復するって」
その結果を聞き、ナルヤは安堵した。良かった。これが命に関わる重傷だったならば、彼女に顔見せ出来ない。
「ミユキ。もし僕が帰ってくる前にユノが目覚めたら、ごめんって伝えておいて」
「ごめんって、どうしてナルヤが?」
ユノを運び込んでいたので、ローブの男がザイであった事すら知らない可能性がある。ナルヤは今までの事を話し始めた。
普段は合いの手を入れるミユキも、ナルヤの表情を読み取ったのか、黙って話を聞いていた。
「僕があの時協力なんてしなかったら、ユノが傷を負う事もなかったんだ。だからこれは僕の責任だ。ザイさんは必ず倒す。そして、僕はもう英雄を目指さない。本戦にも出ないつもりだよ」
「どうして?」
そこまで聞いた所で、ミユキが問うた。
「言っただろう。僕の無責任さが、分不相応な夢が、多くの人を傷付けたんだ。スキルを得た所で根幹は変わらない。僕には最初から、英雄になる資格なんてなかったんだよ」
『決勝戦を開始します。出場者は舞台上まで移動して下さい』
「もう行かなきゃ。これが終わるまでユノを頼むよ」
ナルヤは振り向き、セントラルステージへと向かい歩き始める。が、その時……
「ナールヤ」
後ろから声をかけられ、地面を蹴る音が聞こえた。背中に柔らかい感覚を覚える共に、ミユキの重量がのし掛かる。
突然の事にバランスを崩したナルヤは、地面にしゃがみ込み、ミユキが後ろから抱きしめる形となった。
「……どうしたの?」
今からナルヤは大事な試合がある。遊んでいる暇がないのはミユキも分かっている筈である。何が目的か理解出来ないまま、彼女は話し始めた。
「風龍を倒して町に戻った時、私が言った事覚えてる?」
「覚えてるよ」
風龍から全ての人を守りきれなかったのを悔やんでいた時、ナルヤはミユキに励まされた。その時の話だろう。
「私言ったよね。守れなかったものだけじゃなくて、守れたものも見てって。ナルヤが守ってくれたから、私は今ここにいる。ナルヤが頑張ってくれたから、守れた命が沢山ある。今回はちょっと失敗しちゃったかもしれないけど、ナルヤはそれ以上に多くのものを守ってるんだよ」
そして肩を掴んだミユキは、くるりとナルヤを半回転させ、その瞳を力強く見つめた。
「そんな君に英雄の資格がないなんて、私が許さない。だから責任を取る為じゃなくて、ナルヤの為に戦ってきて。私達の旅の目標は、ナルヤが英雄になる事なんだから」
そんな姿を見たナルヤの心に、暖かいものが流れ込んできた気がした。
曇が晴れ、広大な空を見た感覚。ナルヤが抱えてた負の感情の一切合切がその空の青さに溶けていった。
「それじゃあナルヤ、もう一度私と一緒に……」
手を差し出したミユキ。その姿が、初めて彼女にあった時と重なる。言葉の続きを悟ったナルヤは、それをしっかりと掴んだ。
「ああ、僕は絶対に勝って旅を続ける。そして、英雄になってみせる!」
「それでこそナルヤだ」
そう微笑んだ彼女の姿を背に、ナルヤはザイとの決戦に向かった。責任を取る為じゃない、大会で優勝し、英雄になる為に。
カウントダウン
17day




