2 諦めきれないもの
「どうしましたか?」
「お前、クビにされたのか?」
その言葉にナルヤは頷く。
「はい。どうやらもうここに、僕の居場所はないみたいです」
「そうだな。まあ、マジックロスには冒険者なんて無理だったってことだ。これからは分を弁えて、酒場のウェイトレスでもやってろ。お前にはその方がお似合いだぜ」
マルクスはそれだけ言ってギルドの中へと戻っていった。
「分を弁えろか……」
誰しもが夢を叶えられる訳じゃない。切り替えて自分に合った職に就くのが正解なのだろう。だが……
『僕、英雄になりたい』
勇者ルイに助けられたあの時の顔は忘れていない。鬼気迫る表情で、モンスターを睨んでいたあの顔を。
絶対に守り抜くという意志を感じ、その姿に憧れを抱いたのだ。
そして、その夢を叶える為に今まで努力を重ねてきた。例えその夢が無謀だと分かっていても、ナルヤにはそれが出来ない。それは彼の全てなのだから。
しかし、冒険者ギルドをクビにされたのはかなりの痛手だ。僅かな額ではあるが、ナルヤが働きながら自らを鍛えられる場所はあそこしかない。
騎士団になれば同じ生活は出来そうではあるが、マジックロスだ。今は努力の末鎖一本なら出すことが出来るようになったが、この程度では騎士団どころか村の守護兵にすらなれないだろう。
もうすぐ新しい勇者を決める大会グランドマジックが開催されるが、新しい働き口が決まるまでは自重するしかない。
(とりあえず就職先探さないとなー)
◆◆◆
〜次の日〜
「お願いします!」
「ごめんね。今そんなに余裕がなくて」
◆◆◆
〜また次の日〜
「お願いします!」
「すまんね。内にはそんな余裕は」
◆◆◆
〜またまた次の日〜
「お願いします! ここしか……」
「すまんが今は雇ってる場合じゃねぇんだ!」
◆◆◆
この町の人間はどれだけ余裕がないのだろうか。これまでナルヤが受けた全ての店が、財政難を理由に彼を拒んできた。一瞬ギルドが嫌がらせでもしているのかとも考えたが、昨日共に面接を受けた人の話によればそうでもないらしい。
全ては数ヶ月前突如として発生しだした謎の災害〈ホワイトパニッシュ〉の仕業らしい。この災害は前触れもなく突然起こり、一定の範囲で魔力が消滅するとのことだ。
暫くすれば消えた魔力も帰ってくるのだが、その間魔法は勿論、魔道具すら起動しなくなるため、トラブルが絶えないのだと。
それが最近相次いで発生しているのだから、今この国の経済状況は大混乱なのだという。
そんな状態なのであれば、これだけ門前払いを受けるのも納得である。有能な新人ならともかく、魔法も大して使えない上に戦闘訓練しか積んでこなかった人物を雇う余裕などないだろう。
しかし、理由が分かったからといって割り切れる問題でもない。このまま収入のない日々が続けば、間違いなくナルヤは破産する。
今までもかなりギリギリだったのだ。少しずつ貯めた貯金も底を尽きかけており、親も小さい頃に死んでしまったため頼れる人間もいない。
冒険者だった頃は冒険者ギルドから少量であればお金を借りることも出来たのだが、もう冒険者ではないのでそれも不可能である。
(明後日までに働き口が見つからないと本当にまずい。なんとかし……)
「キャァァァァァ!」
「⁉︎」
路地裏の方から、悲鳴が聞こえた。
(何があった? とりあえず行かないと!)
ナルヤは声の聞こえた方向に向かい駆け出す。この辺りは人通りが少ないので、何人がこの声に気づいているか分からない。自分が行かなければ、声の主が何か大変な目に遭うかもしれないのだ。
ならば、例え魔法が全く使えなくても、明日の命があるか分からなくても、助けに行かないという選択肢はない。
辿り着いたのは、サイドストリートにある細い奥道だった。そこには、縦長の袋を持ち大きな鞄を背負った少女に、大男が迫っているのが見えた。
カウントダウン
29day