血の受け入れ
部屋に残されたランドルフは、亨に向かって優しく微笑んだが、亨は落ち着かない様子で服の袖を触ったり、髪の毛をいじったりしている。
「亨くん、今いくつなの?」
「十七歳です」
「十七歳って事は、高校生だね!部活とか入ってる?」
「サッカー部に、所属してます」
「そうなんだ、なんかわかるかも!日焼けして、肌が良い感じの色だね!」
ランドルフの肌は、亨とはまるで違う、透き通ったような白い肌をしている。それを見て、亨は改めて吸血鬼が日を嫌うという言葉を思い出した。
「あの、ランドールさんは…悩みましたか?吸血鬼として生きるか、人間に戻るか…」
「うーん、僕は悩まなかったかな。僕、人間だった頃、あまり良い境遇じゃなかったから。ルゥちゃんと一緒に生きたいって思ったんだ」
その返答は亨にとって予想外の物だった。
「全然、悩まなかったんですね。すごいです…僕は…全てが怖いです」
亨の声は微かに震えていた。泣きたいのを我慢しているんだろう。
「亨くん、怖いのは当たり前だよ。僕だって、悩みはしなかったけれど、吸血鬼になるのが全く怖くないと言えばウソだ。でも、それ以上にルゥちゃんと離れたくない気持ちが強かったんだ。僕はそれだけだよよ」
ランドルフはふふっと笑った。
「僕は…母さんに、傷の事謝りたい…初めは、家族や友人に忘れられるのが怖いと思っていたんだ…でも一番怖いのは…死ぬことだ…だから…死ぬかもしれないと言われて、そのリスクがあるのに人間に戻るのは僕には無理だよ…」
「あのね、実はルゥちゃんの話には続きがあるの」
「え、続き?」
「きっと、ルゥちゃんは、君が人間として生きたいって言うと思てったのかも。もし、失敗すれば、死ぬって話だったでしょ?」
「うん、そう言われたよ」
「実はね、人間としての君は死ぬかもしれない。でも、その後に僕たちが手助けをすれば、吸血鬼としてなら生きていくこともできるんだ。でも、亨くんが吸血鬼になることを、恐れているとしたら、その方法は使わないで、人間として最期を迎えさせようとしたんじゃないかな」
「そ、そうなの?失敗しても最終的には吸血鬼として生きていける…の?」
「うふふ、そうだよ?吸血鬼として生きるのも悪くないよ。例えばね、身体能力が上がるから、身体が軽く感じたり、重たい荷物を軽々運べたり。あとね、見た目がかっこよくなるよ!わけてもらう吸血鬼の血の影響でね!ほら、ルゥちゃんってとても綺麗な顔してるでしょ?」
まぁ、僕の場合はもともと可愛かったから、そんな変化はなかったんだけど。と心の中でランドルフは付け足しておく。
「わかった。僕、生きたいって言うよ。それが人間としてでも、吸血鬼としてでも。それが僕の答えだ」
そう言った亨の顔は、とても晴れ晴れとしていた。
◇◇◇◇◇
「あのね、亨ちゃん、生きたいって。それが彼の答えだよ」
二人でリビングのソファに座りながら、ランドルフは亨との会話をルーファスに伝える。手には、お気に入りのハート型のクッションを持って。勿論、これはランドルフの私物である。我が家のように、自分の物をルーファスの家に持ち来み、自分の住みやすいように改造しているのだ。
「そうだったのか。その先の話は、ランドルフが伝えてくれたんだな?」
「うん、そうだよ。亨くん、最初は何かに怯えてる感じだったんだけど、もし吸血鬼になったとしても、大丈夫そうだよ」
「そうか。俺はどっちでも構わないけど」
「もぅ、ルゥちゃんは素直じゃないんだから!あと、ランドルフって呼ばないでって言ってるでしょ!僕はランドールの方が良いの!!」
「今更だろ、じゃあなんでそんな名前にしたんだよ」
「えー、あの頃は西洋のお名前なんてよくわからなかったんだもん。ルゥちゃんもルゥちゃんだよ、候補として出してた名前、全部男の子のだったじゃん」
「いや、お前男じゃねぇか。あんな渋い名前だったくせに何言ってんだよ」
「むぅぅ!!その名前を言ったら怒るからね!」
言ってるそばから、ランドルフは頬を目いっぱい膨らまして顔を赤くしている。もぉ怒ってるじゃねえか。ソファの上に立ち上がり、今にもルーファスを踏みつけようとしている。
「はいはい、悪かったって」
ルーファスは、踏まれないように急いで立ち上がり、ひょいとランドルフを抱き上げた。すると、腹のあたりのぷにっとした感触に驚いて思わず落としそうになった。あれ、こいつ…ひょっとして太った?床に下して、まじまじと見てみると、心なしかほっぺにもお肉がついてきた気がする。
「ルゥちゃん、甘い物食べたい」
「あ、あぁ。食いに行くか」
機嫌を損ねたので、とりあえず甘い物を与えることにした。あれ?こいつが太った原因ってもしかして…そう思った直後、視界の隅にお菓子の山が目に入った。確実に俺だわ…すまん、ランドルフ。
深夜三時過ぎ、近所のファミレスにやって来た。ルーファスはもご飯がまだだったので、そこで食事をすることにした。
「ねえ、ルゥちゃん今って便利だよね」
「急にどうした」
「えー、だってさ。こんな風に夜中でもやってるお店が沢山あるんだよ?」
ランドルフは、パフェのイチゴを頬張りながら話している。続いてクリームとアイスを口いっぱいに詰め込んだ。そんな甘い物、よく食えるな…見てるだけで胸やけしそうだ。ルーファスは、サバの味噌煮定食を食べながら、感心していた。
「まぁ、確かに。昔に比べたら随分と暮らしやすくなったな」
「でしょー?食べ物も、本当に美味しくなったよね。僕、これ食べ終わったら次はモンブランパフェ食べようかな!!」
目をキラキラと輝かせながら、ランドルフが再びデザートのページを見ている。言いにくい…けど言うべきだろうか。ランドルフのほっぺのお肉を見つめながら、悩むこと数分。やつが店員を呼ぶため、ボタンに手を伸ばしたが、ぱしっとその手を掴んで口を開いた。
「ランドルフ、お前最近太ったぞ」
その瞬間、ランドルフの顔色がみるみる悪くなっていく。
「ルゥちゃん、それ本気で言ってるの?」
今までにない程、落ち着いた声が店内に響く。ごくり…ここで負けてはこいつの為にならない。心を鬼にして、再び現実を突きつける。
「本気だ。さっきお前を抱き上げたときに、その…とても柔らかかったんだ。腹の肉が…」
ランドルフはプルプル震えながら言った。
「ぼ、僕この前体重計に久々に乗ったら、重くなってて。でも、それって成長期が来たから、身長が伸びたと思って喜んでたのに…ルゥちゃん酷いよ!!」
ランドルフは、ぽてぽてとその場から走ってどこかに行ってしまった。いや、走る姿からぽてぽてしてるじゃねえか。気付けよ…ルーファスは、事実を伝えられたので満足した。ランドルフが残していったパフェを、口に運んでみる。
「あまっ」
やっぱり、これが一番だろ。残りの定食を全て平らげた。
食後、コーヒーを飲みながらのんびりしていると、汗だくのランドルフが戻ってきた。
「ランドルフ、何してきたんだ?」
「はぁ、はぁ、あのね…42.195km走ってきたの」
いやいや、マラソンかよ。更に、驚くことに先ほどまで丸みのあった顔は、太る前の状態に戻っていた。恐る恐る、お腹にも触れてみる。肉をつまもうとしたが、その肉はすっかり姿を消していた。
「それにしたって…一瞬で痩せすぎじゃないか?ランドルフ、お前の身体どうなってんの?」
「え?ヴァンパイアなら普通じゃないの?それに、一瞬って言ったって、僕結構な量の運動してきたんだよ?」
ランドルフは、水を一気に飲み干して、ボタンを押した。店員が注文を取りに来ると笑顔で言った。
「モンブランパフェ一つください!」
思わず飲んでいるコーヒーを吹き出しそうになるのを堪えた。パフェが運ばれてくると、ランドルフは笑顔で頬張り始める。その様子をコーヒーを飲みながら眺める。
「ランドルフ、今日はそれで最後だからな」
「うん、わかってるよ!パンケーキは今度来た時に食べるね!!」
家に着くと、いつも通りランドルフが一緒にうちに入ってきた。
「今日も泊ってくのか?」
「うん、そうだよ!僕、運動して汗かいたから先にお風呂入って来るね」
そんな調子でランドルフが風呂場に向かってから、一時間が経過していた。いつもそんな長風呂だったか?疑問に思い、風呂場へと向かう。静かで、物音ひとつ聞こえない。不安になり、ドアを開けると、ランドルフが優雅に泡風呂を楽しみながら、漫画を読んでいた。
「あれ、ルゥちゃん、どうしたの?今日は泡風呂だよー。もしかして一緒に入りたかった?」
「遅いから、何かあったのかと思っただろ。風邪ひくから、そろそろあがりなさい」
思わずお母さんのような口調になってしまった。
「はーい、すぐ出ます!!」
そう言って、浴槽から勢いよく出てきた為、泡がルーファスの方にも跳ねてきた。
「おい、こっちに飛ばすなよ」
「ごめん…わわっ!!」
ランドルフは泡で足を滑らせた。危ない!!とっさにルーファスが身体を支えた。
「気を付けろよな。お前、子どもじゃないんだから。俺まで泡まみれになっちまった」
「うっふふー、ルゥちゃんもせっかくなら、お風呂に入っちゃいなさい!!」
ランドルフはいたずらな笑みを浮かべて、ルーファスのシャツのボタンを上から外していく。
「なっ、お前マジやめろって」
ルーファスは顔を赤くして慌て始めた。
「遠慮すんなって、俺に任せておけよ」
耳元で囁きながら、ボタンを全て外してシャツを脱がせた。ふいの男言葉に、ルーファスは一瞬驚いてランドルフの腕を思わず掴んだ。
「おい、兵四郎の時に戻ってんぞ!」
「むぅぅ!!その名前は止めてって言ってるでしょう?もぅ、これからが楽しかったのに」
ちぇっと舌打ちしながら、ルーファスから手を離した。
「俺はこはのまま入るから、お前はもう出ろ」
シャワーのお湯でランドルフの身体の泡を流して、脱衣所に追い出した。そのまま服を脱ぎ、ルーファスはゆっくりと泡風呂に浸かった。
「はぁ、気持ちいい…」
ルーファスは、日ごろの疲れを落とすかのように、ゆっくりと入浴を堪能した。
リビングに戻ると、ランドルフがテレビを観ている。すると、突然報道に切り替わり、殺伐とした現場の様子が映し出された。
どうやら、立てこもり事件が起こっているようだ。現場はコンビニだった。
「物騒な世の中だな」
ルーファスはそう呟いたが、ランドルフは事件に興味がないようで、チャンネルを切り替えた。その後は二人で今流行っているアクション物の映画を鑑賞をして、眠りについた。勿論、一つのベッドで…。
◇◇◇◇◇
光の当たらない地下室に、二人の吸血鬼と一人の人間、そして半分だけ吸血鬼となった者、この四人が集まっていた。地下室には大きな水槽があり、それを照らす光がぼおっと輝いている。その光に照らされて、不気味な機材が浮かび上がった。
「あの、これが僕を人間に戻す為に用意された物でしょうか?」
亨は、複雑な気持ちでそれらを見て問いかける。心なしか声は震えていた。
「勿論です、まずは服を脱いでこの台の上に仰向けになってください」
「は、裸になるんですか?」
「あぁ、もしかして裸になるのに抵抗がおありですか?では、これを着てください」
ルーファスが差し出したのは、手術するときに患者さんが着るような簡易的なものだった。それを差し出された亨は、素早く受け取り着替えに取り掛かる。ジーンズを脱ぎ、パンツを脱ぎかけたその瞬間、重昭が声を上げた。
「亨くん、その腰にある痣は?」
皆がその腰に視線を移した。ルーファスは、その痣を見るために亨のパンツを下まで下してまじまじと見つめる。傍から見たら、やけに顔の整ったイケメンが、年下男子を襲っているように見えるだろう。重昭は額に汗を浮かべながらそんな事を考えていた。
「加納さん、この模様に見覚えは?」
「は、はい!昨日話していた烙印と似ています」
その痣は人の目のようにも見える、痣としては異様な形であった。
「亨くん、この痣はいつから?」
「これは、生まれたときからある痣です」
皆の視線に耐えられず、亨は渡された服に身を包みながら答えた。
「生まれた時から…そうですか」
ルーファスは何か考え込むようにした後、モ帳を取り出し何やら書き込んでいる。ランドルフは指示があったのだろう。棚から何か持ってきて、次々にそれらを台の脇にある机の上に並べて行った。
「亨くん、ここに仰向けになって。そして、手をここに、足はここ」
亨は仰向けになり、ランドルフに言われた通りの場所へ手足を持っていく。身体は大の字を描いていた。
「今から、この状態で固定していくね」
手足、胴を台に固定されたベルトで縛っていく。なんとなく、ランドルフの様子が楽しそうな気がしたが、亨は気付かぬ振りをして、身体が固定されていく様子を見ていた。
「ルゥちゃん、準備できたよ!」
「あぁ、ありがとう。ランドルフ」
ルーファスは、台に固定された亨の元に近寄り、その胸元に軽く歯を立てた。
「んっ…」
亨の口から、吐息のような声が漏れた。ルーファスはそんな様子に気を留めることなく、さらに力を込めた。すると、少しずつ血が溢れてきた。そしてそこから滲み出た血を吸っていく。
「大丈夫そうだな」
そう言って、歯を立てた首筋をそっと舐める。その瞬間、傷口が塞がった。
「口を開けて、これを咥えてください」
「んぐっ」
亨が口を開けるより先に、ルーファスが漏斗のようなものを口にねじ込んだ。そしてそこに、瓶から取り出した液体を数的垂らす。すると、亨は意識を失ったように眠りについた。
「ルゥちゃん、今のは?」
「強烈な睡眠薬だ。どんだけいたぶっても、今なら起きることはないぞ」
「怖い事言わないでよ。僕の時は、そんな物使わなかったよね?」
「お前が痛みで暴れたせいで大変だったから、今回はこれを使ったんだよ」
「え、じゃあ亨くんは痛い思いしないの?いいなぁ」
チェッと言いながらランドルフは口を尖らせた。そして、何かを思いついたのか、ニヤッと笑い亨の足元へと周った。こちょこちょこちょっ…くすぐっても、なんの反応もない。
「本当だ、この薬凄いね!」
「当然だろう。俺が作ったんだから。てか、もう遊ぶんじゃねえぞ。始める」
ルーファスは注射器を持ってきて、注射針を血管に穿刺して血液を抜き始めた。下に置かれたタンクに、血が溜まっていく。
「知ってるか、昔まだ医学がここまで発達する前の話だ。瀉血すれば病気が治ると信じられていた時代があったんだ。闇雲に血を抜くなんて、人間は恐ろしい事を考えるよな」
「人間も、血を抜いたりしてたの?」
「あぁ、恐らくどこかで俺たちの、この方法を耳にしただか、見ただか知らないが、意味もわからず真似したんだろう。普通の人間が何も知らずに血なんて抜いたら、まず死ぬだろうな」
話しながらも、ルーファスはてきぱきと次の準備をしていく。点滴スタンドに血液のパックを吊り下げる姿はまるでナースのようだ。
「なんだか、病院のようですね。もっと、違う感じのやり方だと思っていました」
重昭は感心したような声で言った。
「生贄になってくれるような人間がいれば、もっと楽にできるんですけどね。そうもいかないでしょう?」
ルーファスはにっこりと笑顔で重昭の顔を見た。
「生贄ですか!?それは…困ります」
「加納さんのおかげで、この方法が使えるんです。ありがとうございます」
この大量の血液は、重昭が科捜研に所属している倉田に頼み込んで用意したものだった。倉田には、後日事情を説明するように言われている。
「いえ、亨くんの事は私がお願いしたので当然です」
暫くすると、亨の顔は真っ青になり、肌に張りもなくなっていった。その様子をルーファスは暫く眺めてから、大きな布を持ってきて、亨に被せた。
「これは?」
「この後、さらに血液を抜いていくと、見た目が凄い事になるので。一応目隠しの意を込めて」
「そ、そうなんですね」
重昭は思わずさっと一歩その場から下がった。
「そろそろです。今から少しだけ彼に私の血を分け与えます」
手首に数センチの切り傷を付けると、ルーファスの腕から真っ赤な血が滴り落ちる。それを亨の口を開けて数的含ませた。その傷口を塞ぐためにに、ルーファスは腕をランドルフの眼前に差し出す。ランドルフは、まず滴る血をペロリと舐めてから、丁寧に傷口を舐めていった。
「ん、ルゥちゃんの血って甘いよね」
「知らん。もう傷口は塞がったぞ、離せ」
腕をがっちりと掴み、尚も舐め続けるランドルフをルーファスはペイっと引き離した。重昭はその光景を黙ってい見ていたが、その後二人は何事もなかったかのように、作業を再開した。
睡眠薬のおかげか、何事もなく輸血まで終えた。亨はすやすやと眠り続けている。
「成功、したんですか?」
「はい、彼は何事もなく私の血を受け入れてくれましたからね。血を完全に抜いた時、吸血鬼の血を少量含ませることによって、命を繋ぐことができるのです。もし、私の血を含ませた時、拒絶反応が出ていたら彼はそのまま死んでしまうところでしたが。まぁ、そうなったとしたら、無理やりにでも私の血を彼の仲に淹れて、吸血鬼にしよう考えていたのですが。仲間が増えると思ったのに残念です」
「え、仲間?吸血鬼?」
重昭の反応を見てから、そのことを話していないことに気が付いた。
「済んだ話ですので、お気になさらず。彼が目覚めるまで、私たちはティータイムでも楽しみましょう」
そうして、一休みした後、夜明けを迎える前に重昭は署に戻っていった。ルーファス達も、すぐに眠りについたのだった。
真面目な話しばかり書いてると、中々執筆が進みません。
そこで間にお風呂シーンとダイエットを挟んでしまいました。