研究と調査
「ルゥちゃーん、遊びに来たよぉー」
訪問時間、深夜零時。普通ならば、こんな時間の来訪は非常識に思われるが、彼らは別だ。何故なら、吸血鬼なのだから。
ランドルフは、まるで我が家かのように、ルーファスの家を闊歩して全ての部屋を見て回った。
「あれ、おかしいな。ルゥちゃんお出掛け中?」
一人呟きながら、ソファに座りお菓子に手を伸ばす。
「ルゥちゃんってば、僕の事大好きすぎるよね」
ルーファスは、普段全く菓子類を口にしない。本人曰く、「よくもそんな甘ったるいもんや、油ギトギトなものんが食えるよな」だそうだ。けれど、こんなにも普段から沢山お菓子を常備しているのだから、ランドルフはの独り言も、あながち間違いではないだろう。
「そういえば、地下室だけ見てないなぁ。僕入った事ない…」
ランドルフは、にやりと悪そうな笑みを浮かべた。そして、履いていたスリッパをぽいっと脱ぎ捨て、そろりそろりと地下室へ続くドアへと近づいていった。ドアノブを回してみると、ガチャリと音を立ててドアが開いた。ここのドアは、大抵鍵がかかっているのだが、今日は開けっ放しのようだ。
「うふふ、ルゥちゃんたら開けっ放しだよ。開いてるってことは…入っていいってことだよね」
そおっと音を立てないようにドアを開く。階段を下りていくと、そこには本でできた壁が聳え立っていた。ランドルフは、本の山を崩さないように、その間を慎重に潜り抜けていく。少し開けた場所にたどり着くと、次は水槽の壁にぶつかった。水槽はライトアップされ、色とりどりの熱帯魚が優雅に泳ぎ回っている。
「うわぁ、綺麗」
ランドルフは思わず声を出してしまった。ハッと急いで口を両手で押える。水槽の奥を覗き込むと、ルーファスの姿があった。こちらには気付いてないようだ。何やら、真黒な大きな箱の前で真剣な表情をしている。考え込んでいるのか、時折うなり声のようなものも聞こえてくる。
何をしているんだろう?少しずつ、ルーファスの元へと近づいていく。そろり、そろり、目標まであと一メートル。しゃがみこんでさらに近づいていく。とうとう、ルーファスの真後ろまで近づくことに成功した。そっと立ち上がり、両手を広げた。そして一気にがばっと背後から抱き着いた。
「うわっ!!」
ビクッと大きくルーファスの身体が揺れると同時にルーファスは珍しく大きな声を出した。
驚いた顔のルーファスと目が合う。
「ルゥちゃん!!あっそびに来たよー!!」
抱き着いた腕に、さらに力を込める。
「痛い痛い、ランドルフ、脅かすなよ。危険な薬品でも扱ってたら危ないだろ」
そう言いながらランドルフの腕を引きはがす。
「えぇ!それは危ないね。ごめん」
しゅんとしていると、ルーファスの手が優しく頭に触れた。どうやらなぐさめてくれているらしい。
「ルゥちゃんところで、何してたの?僕の声と足音にも気付かないくらい集中してたでしょ」
「あぁ、それがさ。こいつを見てみろ」
指をさされた通り、例の黒い箱を覗きこんでみる。よく見てみると、箱の中には土がめいっぱい詰め込まれていた。どうやら、その土の中には小さな生き物が住んでいるようだ。
「ルゥちゃん、何飼ってるの?」
「何って、お前も知ってるだろ。この前の土竜だよ」
そう言われて、ランドルフはその土の中の生物を改めて見てみる。
「えー、この前の土竜はもっと大きかったよ?この子なんてせいぜい僕の両掌に乗っかるくらいの大きさじゃない」
「そうなんだよ、おかしいだろ。こいつ、昨日まではあのデカいサイズだったのに、今日見たらサイズが縮んでたんだ」
そういって、ルーファスは土の中から土竜を取り出した。
「毛の色は赤いままだろ。だから、ヴコドラク化した奴で間違いないんだ」
手のひらに乗せられた土竜はルーファスの血を求めて噛みつこうと牙をむき出しにした。
「な?ヴコドラクだろ?」
再び土の中に土竜を戻しながら、ルーファスは言った。
「巨大化させる力は、永続するわけではない。恐らく、人を襲う為に一時的に巨大化させられていたってことだ。そうだとすると、俺たちの真の目的のヴコドラクも、そう遠くには居ないはずだ。人を襲わせる度に、巨大化させていただろうからな」
「うんうん、そういう事かぁ。なんか、難しいね?でもおかしいよ。ヴコドラクは知性を持たないはずでしょ?そんな高度なことができるのかなぁ?」
「そうなんだよ。ヴコドラクが単独でできるような事じゃない。この前も思ったんだが、まさか、俺たちと同じヴァンパイアが絡んでるなんてないよな…」
その言葉を聞いて、ランドルフの顔が険しくなった。
「そんなはずないよ!!だって、ヴァンパイアの生き残りって、僕たちの一族だけなんじゃないの?みんなはそんな事しないよ!!」」
「俺だってそう思うよ。ただ、もしかしたらだぞ。俺たち以外にも生き残りが居たとしたらどうだ?」
ランドルフはハッとしたように顔を上げた。
「僕たち以外の…生き残り…?仲間がいるって事?僕、会ってみたい!!」
「良いのか?何かとんでもない事企んでるかもしれない奴らだぞ?」
「…わからないけど、何か企んでいるのだとしても、きっと理由があるはずだよ。話せばわかり合えるんじゃないかな?だって、仲間でしょ?」
ランドルフは泣きそうな顔でそう言った。
「悪かったよ、別にお前を泣かせたいわけじゃない。会いたいって思うなら、こいつの研究と事件現場全部調べて行こうぜ。そしたら、そいつらの手がかりくらい出てくんだろ」
「うん、ありがとう!!ルゥちゃんは僕の事大好きすぎるね。うふふ」
ぎゅっと腕にしがみつくと、ルーファスは困ったように肩を竦めた。
「そういえば、ルゥちゃん、この地下室って何なの?僕初めて入ったけど、不思議なものがいっぱい!あ、でもね、水槽のお魚はとっても綺麗!!」
そういって、再び水槽の前へと歩いて行った。
「あ!!この魚知ってるよ!カクレクマノミ!可愛いなぁ」
先ほどまでの緊張感のある空気はすっかり消えて、ランドルフは完全に水族館に遊びに来た子どものようにはしゃぎ始めた。
「これ!!なんだっけ?見たことある!」
全体が青く、尻尾の部分が黄色い魚を指さした。
「それは、ナンヨウハギだよ」
「へぇ、そういう名前なんだね。あれ、もしかして、ルゥちゃんもあの映画見たの?僕、二人の再会の瞬間泣いちゃったよ」
ルーファスはプイッとそっぽを向いてぶっきらぼうに言った。
「見たけど、俺は泣いてねぇからな」
あ、ルゥちゃん、本当は泣いたんだね。意外と涙もろいところあるからなぁ。
ランドルフは、思う存分水槽を楽しんでから、土竜の元へと戻った。
「ルゥちゃん、この土竜どうするの?」
ルーファスは少し困ったような表情で、頭をぽりぽりかきながら、土竜の箱へと手を伸ばした。
「こいつ、どうしような。調べるっていっても、俺も生き物は専門外だからよくわからんのだ。俺ができるのは、簡単な血液検査くらいだな」
そう言いながら、土竜を睡眠剤で眠らせて土竜の採血を始めた。そして、その後自分にも針をさして、血を抜いていく。
一枚のガラスの板を取り出して、そこに数滴土竜の血を垂らした。その上に自分の血液を数滴垂らしていく。暫くすると、血液は固まった。
「それで、何がわかるの??」
「うーんと、抗原抗体反応が起こるか確認したかったんだ」
そう言いながら、今度は別の血液が詰められた瓶を持ってきた。瓶の表面には“重”と書かれたシールが貼ってある。瓶の中の血液を、新たなガラスの板に数的垂らしていく。その上に、ルーファスの血液を垂らす。
「あれ、今度は固まらないよ」
「当然。これが、抗原抗体反応の調べ方だ。ようは、同じ血液型同士だと固まらないけど、違う血液型同士だと固まるんだ。俺たちヴァンパイアは、身体の構造上、どんな血液でも固まらないけどな。ただ唯一固まる血液がある。それがヴコドラクの血液だ」
「ふーん、それじゃあ僕の血を垂らしたら、土竜の血は固まるってことだね?」
「そういうこと。で、その後に垂らしたのは加納さんの血液だ。勿論、加納さんは人間だから固まってないだろ?」
「あれ、いつの間に加納さんの血貰ってたの?二人がそんな仲良しだなんて知らなかったなぁ」
ランドルフは、つまらなそうに口を尖らせた。機嫌を損なうと面倒なので、ルーファスは無視して作業を続ける。
「それは何してるの?」
「あの土竜の血液も保存する為に袋に詰めてんの。貴重なヴコドラクの血液だ。暇なときに実験しようと思って」
そう言って笑うルーファスは、とても不気味に見えた。
「あ、それと明日の晩、また加納さん来るから」
「え?どうして?」
「言っただろ、あの人にはまだ他にも協力してほしい事があるんだ」
「ふーん、そうなんだ」
実験に飽きたランドルフは、再び水槽を眺めていた。
◇◇◇◇◇
「加納さん!!」
珍しく、ルーファスが高いテンションで客人を迎えた。
「こんばんは、ルーファスさんからの呼び出しなので、何事かと思いましたよ。今日はどんな要件ですか?」
「あの連続殺人事件現場、全て回りましょう!!」
とびっきりの笑顔でルーファスが答えた。
「わかりました、けれど、先に理由をお願いします。この前みたく、何の相談もなく睡眠剤とか撒かれちゃ、驚きますからね」
「いやぁ、すみません。自分では頭の中で考えてから動いてるんで、その情報を誰に共有したかとか、すぐに忘れちゃうんですよ。今回は、全ての現場に残っている血痕を調べたいのです。それと、現場の周辺の散策が目的です」
そう言って、ルーファスは一枚の地図を広げた。事故現場には大きく印をつけている。それと、もう一つ、その事故現場の近くに小さな丸印を付けていた。
「これ、ご覧になってください。今までの現場と、その周辺にある学校に印を付けたものです」
今まで重昭は気付かなかったが、確かに必ずと言っていいほど事故現場の近くには学校が存在していた。
「学校なんて、どこにでもあるので気が付きませんでした。それも、高等学校ばかりですね」
「そうなんです、どんな意図があって、学校の近くで事件が起こるのかはわかりませんが。何か共通点があるはずなんです。加納さん、私たちは、昼間活動することができません。この学校の生徒たちに関して、調べていただけますか?」
今までの被害の数と照らしても、調べなければならない学校の数は十を超えている。
「わ、わかりました。時間はかかると思いますが、調べてみます」
「よろしくお願いします」
ルーファスはとびきりの笑顔を浮かべながら、重昭の肩をぽんっと叩いた。
◇◇◇◇◇
「ここが一番初めの現場ですね」
前回と同様にビニールシートで覆われている。ルーファスは慣れた手つきでその場の血痕のついた土を回収していく。
ランドルフは、散策に出掛けた。その後を重昭も追っていく。
「ランドルフくん、待ってくれ」
くるっと呼びかけに答えるように振り返る。
「加納さん、僕の事はランドールって呼んでください」
「わかった、ランドールくん、何か目印でもあるのかい?どんどん進んでいくけれど」
「くんも付けなくて良いよぉ。あのね、ルゥちゃんから、ある物を探すように言われてるの」
そう答えながらも、先を歩いていく。すると、先ほど印のついていた学校へと辿り着いた。
「ランドール、まさか…」
「うん、そのまさかだよ。今から学校に入りまーす!!」
「ま、待って!そんな事したら警察沙汰だよ!」
「えー、そうしたら、加納さんはここで待ってて!すぐに戻って来るから!」
そう言うと、ランドルフはジャンプをして軽々と門を超えて行った。
「ハハッ、さすがの身体能力だ」
五分も経たないうちに、ランドルフは戻ってきた。
「終わったよん。ルゥちゃんの所に戻ろうか」
ルーファスはさっさとお目当ての回収を終えて、先に車内へと戻っていた。
「ルゥちゃんの言った通りだったよ」
ランドルフはデジカメを取り出して、ルーファスと重昭に見せた。
「ここは!殺人現場が一望できるじゃないか」
「うん、そうだよ。学校の屋上からだと、殺人現場がよく見えるんだ。ほら、ルゥちゃんの姿も映ってるでしょ?」
「え?ルーファスさんの姿なんてどこに?」
重昭は不思議そうに言った。
「あ、忘れてた。吸血鬼は、写真や鏡に映らないって言われてるんだけど、吸血鬼同士だと見えるんだよ。だから加納さんには見えないのかも」
えへへとランドルフはおどけて見せるが、重昭は不思議なものでも見るかのように、写真とルーファスを交互に見ていた。
「それと、これ!屋上のフェンスの上にかすかに誰かが昇ったような跡があったよ」
ランドルフはフェンス周辺の写真を数枚二人に見せた。
「なるほど、犯人は余程の変態らしい。毎回殺人現場を屋上から覗いているようだぞ」
重昭は、その言葉に背筋が凍って思わず身震いした。
時間が許す限り、他の現場も順に巡っていく。やはり、どの現場も最初の現場と同様に、全てが屋上から一望できるようになっていた。
「それじゃあ、加納さん。今日はこの辺で失礼いたします。先ほど回収した分の血液分析、よろしくお願いします」
そういって、皆は早々と帰路についた。
「ただいまぁ!!」
ランドルフが元気よく靴を脱いだ。
「あれ、なんでお前またうちに来てんの?」
「えー、おうちに一人じゃ寂しいでしょ?僕、お風呂入ってこよー」
そう言って、ランドルフはクローゼットから下着やパジャマを取り出した。
「おい、いつの間にそんな物用意してたんだよ。しかもご丁寧にしまってるし」
「えぇー?ルゥちゃんが地下に籠っている隙にだよ」
ランドルフは鼻歌を歌いながら、風呂場へと向かっていった。
「今日も布団が狭いのかよ」
ルーファスは、がくりと肩を落とした。
ルーファスとランドルフの無駄がらみを書いている時が一番楽しいです。
次回は、加納さんがちょっぴり頑張ります。