犯人捜索とその正体
実際の殺人現場へと向かう為に準備を行う。
「これから向かうのですか?」
重昭は驚いたような声をあげた。
「早いに越したことはないだろう?」
今までの事件の起きた頻度を考えると、恐らくすぐに次の被害が出るだろう。初めの頃は一週間に一人程のペースだったのだが、近ごろでは三日置きに事件が起こっている。段々と事件の起きる間隔が短くなっているのだ。
「ありがとうございます。ただ、上司に相談せず独断でこちらに赴いたため、職場に応援を要請することは出来ないのですが、我々だけで可能でしょうか?」
「問題ありません、むしろ、警察が介入したんじゃこちらが動けなくなります」
「わかしました」
「私は今から少々準備するものがありますので、ここでお待ちになってください」
「いえ、私もお手伝いさせていただきます」
「そしたら、着いて来て下さい」
ルーファスは、物置にしている部屋へと向かった。
「こいつを下の車庫まで運んでもらえますか?」
物置部屋から、以前購入した除草剤散布機を取り出した。以前アマゾネスの通販で買ったはいいが、一度も使う機会がなくて捨てるか迷っていた品だった。それを重昭へと渡し、ルーファスは再び物置部屋へと戻る。積み上げられていた段ボールを次々と開けていく。すると、お目当ての物が中から顔を出した。灯油タンクである。勿論、中身は灯油なんかじゃない。
「こいつを使える日が来るとはな」
そういってルーファスは怪しげな笑みを浮かべた。車庫へと向かうと、ランドルフと重昭が準備を終えて待っていた。
「ランドルフ、言っておいたものは持ってきたか?」
「ルゥちゃん、もちろんだよ。ばっちり!!」
「それにしても。お前そんな格好のまま行くのか?」
ランドルフの服装は、黒のタートルネックセーターに膝上のツウィードワンピースを着ていて、足元はブーツといったものだった。
「大丈夫だよ、これ、ワンピースに見えるけどパンツなの。動きやすいし、可愛いでしょ?それに、ブーツもヒールじゃなくて、ぺったんこにしたから。ね?」
そう言って、ランドルフはパンツの裾を少しつまんで広げて見せた。だけど忘れてはいけない。こんな可愛い顔で、こんな可愛い服を着ているが、こいつはじじいだ。思わず顔をゆがめてしまいたくなったが、俺はそんな様子はおくびにも出さない。
「あ、あぁ。可愛いんじゃねえか?似合ってると思うぞ」
この手の話題になると、ランドルフは褒めないと後々面倒になるので、この対応が百点満点だ。満足そうにしているランドルフの横で、重昭がなんとも言えない表情をしていたが、それもあえてスルーだ。このやり取りに慣れてもらうしかない。今度、こっそりランドルフの年齢だけ伝えておこう。
三人は車に乗り込んで、現場へと向かう。
「ねぇねぇ、ルゥちゃん、僕たち今から何をしに行くの?」
「え、お前わかっててついてきたんじゃねぇのかよ?」
「えー。わかんないよ。満送ってきてすぐに出発することになったし」
「そういやそうだったな。加納さんに、お前が居ない間に、俺たちの正体話したんだ。今回の事件、おそらくヴコドラクが絡んでる。そいつに吸血された何かの生物が、怪物みたく力と吸血の能力を引き継いだんだろう。あのひっかき傷みたいに、えぐれてる地面を見ただろ?」
「ルゥちゃん、加納さんに言っちゃって大丈夫なの?まぁ、満のお父さんなら悪い人ではないと思うんだけど…」
ランドルフは、チラリと横目で重昭を見た。その視線を感じた重昭もランドルフへと顔を向けた。
「ランドルフくん、君たちの秘密は決して口外しないと約束する。この事件を解決するために、力を貸してほしいんだ。私はこれ以上誰かが犠牲になるのを見たくない」
ランドルフは、目を瞑って深呼吸した。目を空けて、もう一度重昭へと向き合う。
「わかった。加納さんならきっとルゥちゃんを傷つけないよね。加納さん、この事件早く解決しようね」
重昭の手を取って握った。その手に、ぎゅっと力を込める。
「加納さん、まだヴコドラクの仕業と断定できるわけではないんだが、奴らの特徴だけ伝えておく。ヴコドラクは赤毛で青い目をしているんだ。吸血されたものにはその特徴が現れる。瞳の色は青くなり、毛の色は赤くなる。それが人間でなくとも」
「なるほど、吸血する対象が人間とは限らないのか…」
重昭は考え込むように目を伏せた。そして何かを思い出したかのように、先ほどの現場の写真を取り出した。一枚ずつ順番に見ていく。そしてある一枚の写真を抜き出した。
「この、地面に残っている跡は、もしかして動物の仕業という事か?」
その様子に満足げにルーファスは笑みを浮かべる。
「ええ、おそらくはヴコドラクに嚙まれたのは動物です。ヴコドラクの力が加われば、コンクリートだって削れるようになるでしょう」
「コンクリートを削るって…私たちは今からそんな怪物を捕まえに行くんですか?」
「捕まえる?違いますよ、殺しに行くんです。我々にとっても、奴の存在が世に広がるのは避けたいですから。それに、変な言いがかりを付けられても困ります。人間は無知だから、ヴァンパイアとヴコドラクの違いだってわからないでしょうからね」
「確かに、そうですね。私たちには、その知識がない。我々で処分してしまうのが一番でしょう」
重昭の言葉に、ルーファスは満足そうに笑みを深めた。そして、彼に自分たちの正体を明かして正解だったと改めて感じていた。真面目で融通の利く人間を仲間にしたいと考えていたところだったからだ。重昭の訪問と、この事件はルーファスにとって最高のタイミングだった。ルーファスは吸血鬼一族の因縁に、終止符を打ちたかった。重昭はきっと、彼らに脅威を齎すであろう…。
◇◇◇◇◇
一番最近事件が起こった現場へと辿り着いた。そこには立ち入り禁止を示す為にテープが張めぐされていて、青いビニールシートで覆われている。そのビニールシートを潜り抜けて、ランドルフが周辺を散策に向かった。その場に残ったルーファス達も、中へと進んでいく。ルーファスは鞄をゴソゴソとあさって、小さなガラス瓶とピンセットを取り出した。その場を照らすためのライトを重昭へと渡す。ルーファスの指示通り、現場の一番ひどく荒れている部分を明かりで照らしながら重昭は問いかけた。
「それは一体何をしているのでしょう?」
ルーファスは現場にまだ残る血痕のこびりついた土を、器用にピンセットで掴み瓶に詰めていく。
「ヴコドラクに繋がる手掛かりがないか、周辺を調べてみようと思いまして。今回、加納さんたちが追いかけているのは、殺人を犯した犯人だ。しかし、私たちが知りたいのはその犯人を怪物にしてしまったヴコドラク本体の居場所です。そいつを捕まえない限り、今後も形は違えど似たような事件は起こるでしょう。けれども、それを私は警察方に任せられない。彼らは、事件が起きてからじゃないと、動かないのでしょう?」
「確かに、根本の原因がヴコドラクだとしたら、それをどうにかしないと、また事件が起こりますね」
重昭はライトを掴む手にグッと力を込めた。
「ルゥちゃーん、加納さーん、こっちに来てもらえますか?」
ランドルフが、何かを見つけたようだ。急いで声のする方へと向かう。現場から少し離れると、土が少しぬかるんでいる。足を取られつつ、ランドルフの元へと急いだ。
「二人とも、こっちこち!」
ランドルフの指さす方に目をやると、そこは巨大な穴がいくつも空いていた。
「シッ、静かに」
ルーファスが耳に手を当てる。すると、険しい顔になりその穴からはなれるように指示を出した。
「何かが、土の中を突き進んでいる。この音、聞こえないか?」
二人も耳を澄ましてみる。するとランドルフが反応した。
「本当だ、微かにだけど聞こえる。しかも、段々とこっちに近づいてきてるよ!!」
三人は急いで、来た道を戻り車内へと転がり込んだ。
「二人にはどんな音が聞こえていたんだい?」
重昭には何も聞こえていなかったようで、呆気に取られている。
「土の中を掘り進むような音です。恐らく、人間の耳では聞き取ることは難しいでしょう。我々は、人間よりもかなり遠くの音でも聞き取れるのです」
「そうだったんですね。それにしても、土の中を突き進むなんて、まるで土竜みたいですね」
「そうですよ、おそらく今回の事件の犯人は土竜です。ただ、明らかにサイズがおかしい。写真を見た時にもそう思っていたのですが、あの穴を見て確信しました。今回の事件は、ヴコドラク化した上にその土竜は巨大化しています。しかし、今までヴコドラクに嚙まれて巨大化した話なんて聞いたことがない。何が起こっているんだ」
「まぁまぁ、今考えても難しい事はわからないよ。とにかく、その土竜をどうにかしなくちゃ!」
「そうだな、そしたらさっき車に運んでおいた除草剤散布機を取ってくれ」
ルーファスは鞄から取り出した防毒マスクを口に装着し始めた。そして二人にもそれを渡す。
「準備するから早くつけて」
二人が防毒マスクを装着したことを確認すると、ルーファスは車の外へと出た。そしてなにやら液体をとぷとぷと除草剤散布機に注ぎ始めた。
「ルゥちゃん、それ何?」
「これは、対土竜武器だ」
そう言って、注ぎ終えると現場の方へと戻っていく。そして除草剤散布機から、先ほどの液体を地面一帯に撒き始めた。
そうしている間にも、土を掘り進む音が大きくなっていく。
「わ、私にも聞こえました。かなり近くにいるのでは?大丈夫でしょうか?」
ゴオオォと地響きにも似たような音が、段々と近づいてくる。そして、気が付くと音はすぐそこまで来ていた。来ていたのだが、不意にピタリとその音が止んだ。訳がわからず、ランドルフと重昭は顔を見合わせた。
「よし、掘り起こすぞ」
一人だけ、さも当然かのようにルーファスは少し先まで歩いていき、穴を掘り始めた。すると、巨大な赤色の手がにょきっと現れたのだ。
「わぁぁ!!ルゥちゃん危ないよ、逃げてぇー!!」
「いや、問題ない。見てみろ」
身体まで掘り起こすと、なんと巨大土竜はいびきをかいて爆睡していた。
「ルゥちゃん、何したの?」
「ん、大量の睡眠薬剤をここら一体にばらまいた。最近暇すぎて、薬品づくりが趣味になってたんだけど。この睡眠剤が役に立つときが来るなんてな」
そう言ってルーファスは豪快に笑った。それにしても、毛並みが赤く染まっている土竜はなんとも奇妙に見えた。眠っていてわからないけれど、おそらく瞳も青くなっているだろう。
「ルーファスさん、この土竜はここで殺すのでしょうか?」
「うーん、普通のサイズでヴコドラク化してたなら、殺すだけで良かったのですが。巨大化した謎が残ります。少し調べたいことがあるので、こいつは連れて帰ろうと思います」
そういって、ルーファスは車から大きなビニールシートを取り出してその巨大土竜をぐるりと包み込んだ。
「加納さん、今回の殺人事件はもう起こらないと思います。なので、とりあえずは解決という事でよろしいでしょうか?」
「そうですね、解決ではありますが、ただこの土竜を我々に渡してはくださらないでしょう?犯人を捕まえた事にはなりません。上にはなんと報告しましょう」
重昭は助けを求めるような目でルーファスを見つめた。
「未解決のままで良いのでは?この土竜を拘束した事で、これ以上事件の被害者を出したくないという貴方の当初の目的は達成している。何か問題でもあるのでしょうか?世間や、上層部が、この事件に飽きるまで付き合ってやればいいじゃないですか」
重昭はばつが悪そうな顔で頷いた。
「ただ、貴方は真実を知っている。加納さんにはまだまだ私たちのお手伝いをしていただきたいのです。付き合っていただけますか?」
重昭はルーファスはの表情を見てから、順にランドルフの方へと視線を移した。二人の真剣な表情を見て、決心したようにこくりと頷いた。
「はい、私も人間を脅かす存在がいるとわかっていて、このまま引き下がれません。お手伝いさせていただきます」
ルーファスは妖艶な笑みを浮かべた。
「では、まずはこの巨大土竜を車に運ぶ事からお願いします」
ランドルフと重昭が二人で土竜を担ぎ上げる。
「お。重たいですね。一体何キロくらいあるんでしょうか?」
「百キロくらいですかね?」
「ひゃ、百キロ!?」
その言葉に驚いたと同時に、重昭は泥に足を取られてつまずいた。勿論、その拍子に土竜からは手が離れてしまったので、ランドルフが、下敷きになったのではないかと急いで駆け寄る。すると、ランドルフは何てこともないといった表情で一人で土竜を抱えていた。
「ら、ランドルフくん!?嘘だ、百キロ近くあるんだぞ?」
「うふふ、加納さん。ヴァンパイアは人間よりも力持ちなんですよ。これくらい一人でも全然運べます」
そういって、笑顔のまま車まで運びこんだ。
優れた知能と身体能力を持つ吸血鬼、そして理性を持たないヴコドラク。私たち人間には知る術もない、この種族には何か因果関係がありそうだな…。
重昭はこれから起こるであろう未来の出来事を考えると、憂鬱な気分になった。
◇◇◇◇◇
「なぁ、ランドルフ。今回の事件どう思う?」
ランドルフはテーブルに山積みにされたお菓子へと手を運びながら答えた。
「そうだねぇ、ヴコドラクは理性も知性も持たない生き物でしょ。誰かが裏で手を引いているのかなぁ、なんて考えちゃったり…」
「うん、俺もそう思ったよ。でもさ、ヴコドラクを操れる奴なんて、俺たち以外でそう沢山いるわけじゃない…」
ルーファスは、その先を話そうとして口を噤んだ。外を見ると、夜明けが近づいている事がわかった。
「ランドルフ、もうそろそろ日が昇るぞ」
「本当だ、カーテン閉めなきゃね。今日はルゥちゃんのお布団で一緒に寝る~」
「止めてくれ、何が虚しくて野郎二人で寝なきゃならんのだ」
「だって、僕ソファでは寝たくないもん!身体痛くなっちゃうよ」
ランドルフはぎゅっとルーファスの腕にしがみつきながら駄々をこね始めた。
「わかったから、騒ぐなよ。あと、しっかり歯磨きしてこい」
「はーい、ルゥちゃん、お母さんみたいだね?」
「お前がガキくさいだけだ!!」
二人が深い眠りに着いた頃には、外はすっかり明るくなっていた。
作中ではヴァンパイアと吸血鬼二つの表記がありますが、ルーファスたちが身内で話すときなどは自分たちをヴァンパイアと言いますが、第三者が介入している時や一族の説明の際には吸血鬼と言っています。