便利屋ルーファス
ふぁーぁ……腕を体の真上に持っていき、思い切り伸びをする。
長時間パソコンと睨めっこしていた為、身体が凝り固まっていた。もちろん、仕事の為…ではなく、今ハマっているゲームをプレイしていたからだ。最近流行っている、RPGだ。初めは順調に進んでいたのに、途中から全く進まなくなしまった。どのキャラに話しかけても、それらしい情報は出てこないし、出されたクエストも全て終えているのだ。一体どこで間違えたのか。お手上げ状態になり、一旦休憩を挟んだのだった。
ぼやっとしながら、机に出しっぱなしにしていた今月こなした仕事のリストを眺めてみる。近所で迷子になった猫の捜索、ごみ屋敷の掃除、空き巣の犯人捜し、深夜の浮気張り込み代行、害虫駆除、、、
「退屈な仕事ばかりだ…」
そう呟きながら、コーヒーを淹れにキッチンへと向かう。戸棚からコーヒー豆を出し、ゴリゴリと豆を挽く。最近のマイブームだ。すぐにいい香りがしてきた。ドリッパーをセットしてゆっくりとお湯を注いでいく。淹れたてのコーヒーの香りに満足して、マグカップを片手にソファへと腰を落とした。
外を眺めると、遠くの空がうっすらと明るくなっているのがわかった。
「しまった、もう明け方か。せっかく淹れたのに飲めないなんて……」
マグカップをテーブルへと置いた。窓際まで行き、分厚いカーテンをサッと閉める。光が入ってくるのを防ぐためだ。この瞬間は、自分がヴァンパイアである事が、ひどく面倒に感じる。古来からヴァンパイアは最強の種族と言われてるが、それは間違いだろう。俺たちはまず日の光を浴びることができない。少しでも日に当たれば、身体は灰となり消滅する。それでも、科学が進み、夜でも明かりが灯るようになった世の中は、今まで暗闇でしか生きてきたことのないヴァンパイアにとって、かなり暮らしやすい。それでも、この身体が不便な事には変わりないが。そんな事を考えながら、ゆっくりとベッドへと潜り込む。軽く目を閉じると、すぐに眠気が襲ってきた。
◇◇◇◇◇
パチッ
目が覚めて、枕もとの時計へチラリと目をやる。指針は8時を指していた。二度寝を決意して、布団を頭まで被る。再び睡魔がやってきてうとうとしてきた頃、突然ドアの開く音が聞こえてきた。
ドドドドッド!!ドスン!
……ぐえっ!!足音と共に何かが凄い勢いでお腹にぶつかったてきた。その衝撃で起き上がる。
「いってえな、何しやがる!」
お腹の上で丸くなった生き物を摘まみ上げた。
「おい、ランドルフ!タックルは止めろっつってんだろ!」
すると、その生き物はうるうるとした瞳で、手を両頬に添えて俺を見上げながら言った。
「タックルじゃないよ。優しく起こしたんだよ?それと、ランドルフって呼ばないでぇ!ランドールって呼んでくれなきゃヤダー!!」
こいつはランドルフ。見た目はちっこくて、女みたいな顔をしてる。おまけに、似合うからと言う理由で女性ものの洋服も平気で着る、少し変わった奴だ。ランドルフって名前が気に入らないのか、ランドールって呼ばないと不機嫌になる。実に面倒くさい。
「で、ランドール。何の用だ?」
ランドール呼びに満足したようで、笑顔でこちらを見ている。
「ルゥちゃん、褒めて!僕、お仕事とってきたの!!」
そう言いながら、鞄から一枚の紙きれを取り出した。それを受け取り、紙を覗き込む。しかし、そこには何も書かれていない。俺にはただの白紙に見える。
「なんだ、これ?お前、この以来の内容ちゃんと理解してる?」
「もっちろん、してないよん!」
威張っていう事じゃない。思わず深いため息をついた。
「ランドール、依頼主は誰だ?」
「えっとねー、僕の友達の満!!」
そんな奴知らない。もう一度その紙を手に取ると、ほのかに匂った。
「ランドルフ、この紙受け取った時、なんか香りがしなかったか?」
「もおぉ!ランドールだってば。そういえば、なんだか甘い香りがした気がする。なんだろう、キャラメルみたいな?」
「なるほどな」
枕もとに置いてあるライターに手を伸ばす。紙を広げてライターを近づけた。
「ルゥちゃん!?こんなところで紙なんて燃やしたら危ないよ!!」
慌てた様子でランドルフが騒ぎ出した。
「阿保か。こんなところで燃やさねえよ。よく見てろ」
そう言って、紙の下にライターを持ってきて、少し離してから火をつけた。
すると、そこに文字が浮かんできた。
「ル、ルゥちゃん!!」
ランドルフが、目を見開いて大きな声を出した。
「だから言ったろ、見てろって」
少し得意げにフンっと鼻を鳴らした。
「ルゥちゃん、紙が裏っ返しで、なんて書てあるか読めない。」
くっ、俺はそれには返事をせず、無言で紙をひっくり返した。
「カッコつけても、イマイチ決まらないところがルゥちゃんの良いところだよ!」
お前、マジで黙ってろよ……
「それで、なんて書いてあるんだ?」
“明日15時、事務所に伺います”
ふんふん、なるほど。俺はその文字を見て、二度寝し直すことに決めた。
「ランドルフ、俺寝るわ。12時頃起こして」
そう言ってベッドに潜り込もうとすると、ランドルフが全力で腰にしがみ付いてきた。
「なんでよー!!ルゥちゃん~!!」
俺はそれをペイっと引きはがしながら言った。
「阿保か、時間見てみろよ。15時なんて、もろ日が出てる時間じゃねえか!俺が行けるわけねえだろ。お前が行ってこい」
「あ、そうか。15時じゃ無理だね。って、僕も無理じゃーん!!」
そう。こいつも俺と同じヴァンパイアだ。チビの頃にヴァンパイアなったせいで、未だにこいつはこの幼い容姿のままだが、こう見えて500歳を超えてるクソじじいだ。かくいう俺も、見た目は二十歳前後だろうが、長く行き過ぎている為、歳などは覚えていない。
「そうだ、満に連絡してみるね」
そう言ってランドルフはスマホを取り出した。おい。連絡先知ってるなら、最初からそれで良いじゃねえか。意味わからん紙なんて受け取って来てんじゃねえよ。思わず心の中で突っ込んだ。
「りょ!今夜22時で。だってさ」
随分と軽いやり取りだった。
◇◇◇◇◇
仕事なら仕方ない。二度寝を諦めて身支度を整えた。
「なぁ、ランドルフ」
その呼びかけに対して、不服そうにぷくっと頬を膨らましたランドルフが俺を見上げる。
……そんな顔で見てくんな。お前、じじいなんだぞ。
「だから、ランドールだってばぁ!!」
「あー、ごめん。ランドール、この満ってやつは、俺たちの事わかってんのか?」
「うん、夜にしか働かない、便利屋さんだよって伝えてたはず。僕たちがヴァンパイアだって事は話してないよ」
「阿保か、ヴァンパイアだって話さないのは当たり前だ!!」
ランドルフの頭をがしっと掴んだ。
「痛い~ルゥちゃんのドS!!」
「何言ってんだよ、それはお前だろ」
「え、何のことかな?」
……こいつ、すっとぼけやがった。俺が知らないとでも思ってんのか?数々のランドルフに関する逸話が俺の脳裏を過った。ぶるっと思わず身震いする。そっとランドルフの頭から手を離した。
22時ちょうどに、事務所のインターンフォンが鳴った。ボタンを押してモニターを確認すると、二人の人物が見える。
「二人いるぞ、聞いてたか?」
声を潜めてランドルフに確認する。ランドルフはモニターを覗き込み、口を開いた。
「もしかしたら、この依頼、満のお父さんからなのかも。彼女のお父さんは、確か警察官だったはず。なんだっけ、偉い人!!」
「警察?何か事件でも絡んでやがるのか。意外と厄介そうだな」
とりあえず、ロックを解除して事務所へと招き入れる。気難しそうな顔をした男と、何やらこちらの様子を伺うように見ている少女がやってきた。応接室に案内する。まず最初に口を開いたのはその少女だった。
「初めまして。加納 満です。今日は私の父が仕事を依頼したいという事で、ランドールづてにご連絡させていただきました」
娘の紹介を聞いて、今度は男が口を開いた。
「満の父、加納 重昭と申します。本日はお時間いただきありがとうございます」
そう言って重昭がこちらに向かって綺麗なお辞儀をした。
「初めまして。私はルーファスです。所謂、便利屋ってやつをさせていただいてます。どうぞ、そちらにおかけください」
ソファへ座るように声をかける。ランドルフが、すぐに人数分のお茶を持ってきて並べていく。最後にど真ん中に、せんべいが積まれたお皿を置いた。それは、今必要なのだろうか…。
ひとまず、お茶を飲んで一息ついた。前を見ると二人は緊張した面持ちで静かにこちらを見ている。
バリっボリボリ!!
物凄い音が隣から聞こえてきた。俺の横を見ると、ランドルフが大きな口を開けて豪快にせんべいを頬張っている。…こいつは、空気が読めないのだろうか。一人だけ、友達同士でお喋りしながらお菓子を食べているような雰囲気だ。俺の視線に気づいたのか目が合う。嫌な予感がした。
「ほうひたの?うーふぁふもぱべなよ」
そう言って、俺の口にせんべいを突っ込んできた。こいつ、ふざけすぎじゃないか?仕方なく、パリンっと一口だけ食べる。
「うちのがすみません。どうぞ、加納さんたちも迷惑でなければ召し上がってください」
空気も張りつめていたので、二人にもせんべいを勧めた。満は一瞬迷ったようだが、ランドルフにも勧められてせんべいを一枚手に取った。重昭もお茶を口に運んでいる。少し空気が和らいだところで、本題へと入る。
「それでは加納さん、本日の依頼について話していただけますか?内容によっては、ご期待に沿えるかわかりませんが」
「私は刑事という職に就いています」
重昭はゆっくりと話し始めた。
彼は今携わっている事件がなんとも不可解な点が多く、お手上げ状態らしい。相次いで見つかる死体は損傷が激しく、身元の判明までに時間のかかるものも少なくないとか。ここ数日、テレビやニュースで大騒ぎしている、連続殺人事件の事だったのでルーファスもすぐにわかった。どうやら報道出来ない情報が多く、ニュースで流れているものはほんの一部でしかないようだ。その現場はコンクリートや、地面がえぐれていたり、大量の血液が散乱していたらしい。人間の力で、コンクリートをえぐり取るなんて事は可能なのだろうか。会議室では現場の状況が語られたが、不可解なことが多すぎて、事件は一向に解決へと向かないようだ。そして昨日、新たに死体が発見されたのだ。世間では、警察は役に立たない、無能だと批判の声が上がり始めていた。
実際に、現場の写真を見せてもらうと、確かに地面がえぐられていた。5本の線が引かれたようにえぐられているものは、指で引っ掻いたようにも見える。しかし、実際に硬い地面やコンクリートを引っ掻く事は人間の力では不可能である。そして、そこに残された大量の血痕。そして、どの死体からも血液が抜かれているらしい。ルーファスは、明らかに人外ではない何かの犯行であると理解した。
「加納さん、私たちの事、どこまでご存じなんですか?」
ルーファスの瞳が重昭を捉える。重昭は娘の満に目をやり、口を噤んだ。
「ランドルフ、もう遅い。そちらのお嬢さんを家まで送って差し上げろ。」
「満、帰ろう。送っていくから支度をして」
ランドルフは、満に手を伸ばす。すると満はその手を振り払った。
「私帰らないから」
「満、先に帰りなさい」
「お父さん!!私も一緒に話を聞くって言ったよね?だから、ランドルフの事紹介したのに…」
満はキッと重昭を睨みつける。
「お二人の約束と言いましても、今からする話はあなたのよつな子どもに聞かせるものではありません。どうか、お帰りください」
ルーファスに言われて、満は口を噤んだ。
ランドルフが、再び満に手を差し出す。満は一瞬躊躇ったが、その手を取って二人で応接室を出て行った。二人が事務所を後にした事を確認し、ルーファスは重昭へと向き直す。
「加納さん、私たちの正体はご存じですか?なぜ、夜にならないと活動ができないのか…」
重昭はごくりと唾をのみ込んだ。
「昔から、警察が解決できない事件において、警察の代わりに動いてくれる何でも屋がいるという話は聞いたことがある。警察の上層部と繋がっていてるとか…そしてその者の正体は、人ではない何か…だとか。なんて、ただの噂ですよ。実際は凄腕の探偵を雇っているなんて話もありますし」
そう言って、重昭はハハッと笑った。
「なるほど、、実に興味深いお話しですね。一体どこから漏れたのしょうか」
ルーファスはすうっと目を細めて、重昭の瞳を捉える。確かに数十年前までは、警察と組んで仕事をしていた時期があった。その上で正体を知っている者も数名いたが、警察を離れる時に全員の記憶は消したはずだった。もしかしたら、まだ自分たちの存在を知っている者がいるのかもしれない。
「加納さん、今回の事件ご協力いたします。その代わり、今から話すことは口外しないとを約束してください」
重昭は怯えたような顔つきでこくりと頷いた。
「加納さん、吸血鬼という存在の名前くらいは聞いたことがありますよね?おそらく、普通の人々は架空の怪物か何かだと思っているでしょう。でも、彼らは実在します。なんてったって、私も吸血鬼なんですから」
そう言って、ニコリと微笑んだ。重昭は、瞬きした後にハッと息をのんだ。
「上層部が、人ではない何かと手を組んでいたって…まさか…」
「ええ、そのまさかですよ。私たちは人間よりも遙かに身体能力が優れているからね。おまけに知能も高い。味方につけてさえいれば、人間にとってかなり都合が良い存在だ。しかし、私は当の昔にその者たちとは関係を切っている。本来ならば、手伝う義理はないんだ。ただ、今回の事件は、少々我々にも関係しているようでして…
吸血鬼に血を吸われた者は吸血鬼になるなんて話を聞いたことはありませんか?吸血鬼には、純粋なヴァンパイアとヴコドラクという、理性を持たないヴァンパイアが存在します。そのヴコドラクは理性なき故に吸血方法が残酷で、吸血した相手にも、その力を宿してしまうことがあります。今回の事件ですが、もしかしたら、そのヴコドラクに血を吸われた者の犯行ではないかと私は睨んでいます」
「吸血されたら…自分も?そんな事って…じゃあ犯人も吸血鬼って事なのか?」
重昭は同様のあまり口調が普段通りに戻っていた。信じられないといった表情で、私の事を見つめて呆然としている。重昭を落ち着かせるために、コップいっぱいに汲んできた水を差し出す。重昭はそれを一気に飲み干した。呼吸を整えようと、大きく深呼吸をしている。
「ルーファスさん、お願いします。私はこれ以上被害者を出したくない。相手がなんであろうと、立ち向かいます」
重昭はすっと立ち上がり、ルーファスに向かって頭を下げた。
そこに、満を送ったランドルフが帰ってきた。その姿を見て、ルーファスがニヤリと口角をあげた。
「この事件を解決するのに私たち以上の適任がいると思うか?ランドルフ」
「いないよね。だって、僕たち最強だもん」