8.勇者の未来
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「……学園を卒業した後?」
リディアールからの質問にセフィは目を瞬く。不思議そうなセフィにリディアールは少し曖昧に頷く。
「その……別に特別知りたいという訳ではないんですが…………学園を卒業した後、セフィがどこに行くのか気になりまして……」
自分でも苦い言い訳だと思いながらリディアールが口を開けば、セフィは“ああ”と気のないように苦笑する。
「別にお前に危害を加えようとは思ってないから安心しろ」
入学したての自分を知って、離れたらまた襲撃するのだと勘違いしたセフィがそう口にするのにリディは慌てて首を振る。
「べ、別にそんな事を心配してません!…………ただ、貴方が…セフィはどうするのかと純粋に気になったんです」
慌てて弁解する相手に“おかしいやつ”と笑ったセフィは優しく目を細めた。
「俺はてっきりお前が知ってるものだと思ったよ」
その言葉に1人で百面相をしていたリディは動きを止めて首を傾げる。
「………私がですか?」
そう訝しげに問いかければセフィが呆れたように肩を竦める。
「なんだ?本当に知らないんだな」
その言葉にリディアールは目を瞬く。魔王はこの学園を卒業すれば空席となっている玉座に就く。そして、自分を支える為の役割を持つ側近達とこの世界をよりよくする為に働く予定だ。しかし、魔王のように国を持たない勇者がどうしているのかは長い年月生きているが聞いた事がなかった。キョトンとするリディを前にどうやら本気で知らないのだと理解したセフィは読んでいた本を閉じるとわざとらしく肩を竦める。
「勇者は魔王と違って必要とされてないから、この学園を出たらどこか辺境の教会で死ぬまで神に仕えるんだよ」
「え?」
全くの予想外の言葉にリディが言葉を失う中、セフィは全てを受け入れた穏やかな瞳をで遠くを見やる。
「勇者と魔王が敵対していた時代は終わった。俺に出来るのは今後も昔みたいに勇者が必要となる世の中が来ない事を願うだけだしな」
そう言いながら、驚愕の表情を浮かべたリディを見てセフィは困ったように笑う。
「そんな顔をするなって。これも魔王が居るから平穏にみんな暮らせるんだ」
そう語るセフィは穏やかで魔王を責める様子はない。その事にリディの胸を絶望が占める。
“……魔王の存在がセフィを苦しめるの?”
何も言葉に出来ず、凍りつく自分の前でその名の通りに優しい勇者は穏やかに自分を見つめる。
「安心しろ。俺が勇者の間はお前の事を殺したりしないよ」
そう言ってリディに笑いかけるとセフィは覚悟を決めたように空を見上げる。
「それから、お前が寂しくならないように誰のものにもならないよ」
そう言って優しく自分に笑いかける勇者にリディは何も言えなかった。
ーパタン
扉が閉まる音が部屋に響き渡る。セフィと別れて、寮の自分の部屋に戻ったリディアールは足早に部屋を横切るとそのまま無言で寝室に行き、ベッドに体を投げ出した。暫く、そのまま身動ぎもせず過ごし、口からため息を吐く。
「はぁ………………」
枕に伏せた顔を上げ、リディアールは唇を噛む。
“どうして……勇者なのかしら”
セフィから聞いたのは自分が想像もしなかった将来。平和な世の中に勇者は必要ない。その事実に打ちのめされる自分とは裏腹にセフィが気にしたのは自分のこと。
ーあの後…
「リディ、大丈夫か?」
残酷な真実を目の当たりにして黙り込んでしまった自分を気にしたセフィが優しく問いかける度に胸が痛んだ。
「………大丈夫よ」
セフィを心配させたくないと思うのに胸に込み上げる悲しみと絶望から浮かべる笑みはいびつ。なによりこんなに優しい勇者を苦しめる人間と自分という存在に怒りが込み上げた。そんな自分が何かを言える訳もなく、唇を噛み締めて俯いてしまえば困ったようにセフィが笑った。
「そんな顔するなよ」
どんな表情をしているのか分からない自分に向かって伸ばされた手がゆっくりと頬に当てられる。じんわりと伝わるセフィの熱に自分の涙腺が緩んだ。
「悪かった……お前にそんな顔をさせたかった訳じゃないんだ」
そう紡ぐセフィの方がよほど困った顔をしているのに自分を気遣う優しさにリディアールの唇が震える。
「…………ごめんなさいっ!」
「リディ?」
突然、謝った自分にセフィが驚いた顔をしても止められない涙が自分の頬を伝っていく。
「ごめんなさい、ごめんなさい、セフィ。本当にごめんなさい」
何に謝っているのかも分からずにそう繰り返し、目の前にいるセフィのシャツを握る。
「私達は勇者になんて酷い事をしていたの………」
謝った所で魔王を殺すという役目を失って、この世界での存在意義を失った勇者達の無念が晴らされる訳ではないと分かっていても自分には謝ることしか出来なかった。
「ごめんなさい…………セフィ……」
不当に扱われても優しさを忘れない勇者に漬け込んで自分達の幸せを欲するおぞましさに身震いする。狂った人形のように懺悔を繰り返す自分に目を見開いたセフィは困ったように笑うと自分の頭を撫でた。
「リディ…………いや……俺の魔王がお前で良かったよ。ありがとう」
その言葉にまた泣きじゃくってしまう自分をどうする事も出来ず、何とか泣き止んで部屋に戻った。本当に辛いのは家族からも引き離されたセフィの方だろうに自分が泣いてしまったのが恥ずかしい。その事にまたため息を吐くもリディアールは脳裏に過ったセフィの様子に嘆息する。
「………なのに勇者は魔王の心配ばっかりするから困っちゃった………」
勇者の魔王も含んだ無償の優しさに目を細め、リディアールは顔からゆっくりと表情を消す。
「でも、これではっきりと分かったわ。私達は勇者の優しさに甘えていたのね」
そう口にしたリディアールはまさしく人類の敵である魔王らしい酷薄な笑みを浮かべた。