7.魔王の悩みは尽きない
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「はぁ…………」
リディアールの口からはため息が漏れる。
「はぁ……」
ついでのようにもう1つリディアールがため息を追加した所で、ジュリアが呆れたように肩を竦めた。
「リディ、一体何があったのかは分からないけど食事中にため息を吐くのは止めてくれない?」
そう、注意されて初めて自分がため息を吐いていた事に気付いたリディアールは“ハッ”と我に返る。
「ごめんなさい。私ったら」
親友の指摘に慌ててリディアールが謝れば親友が目の前で苦笑する。
「ま、いいわよ。別に。ただ、リディがそんなに悩むって珍しいわね」
その言葉にリディアールは目を瞬く。
「あら……私ってそんなに分かりやすかった?」
そう、聞き返せばジュリアが“ええ”と肩を竦める。
「さっきから何度も話しかけてるけと上の空だしね」
「……ごめんなさい」
再度の指摘にリディアールが首を竦めればジュリアが呆れたように口を開く。
「どうせ勇者の事でも考えたんでしょうけど」
その鋭い指摘に曖昧に笑ったリディアールは親友に勇者と会うことを教えた日のことを思い出す。
「ジュリア、聞いて欲しい事があるの」
それはセフィと会い初めてから半年ぐらいがたった頃だった。
「なぁに?」
最近では珍しく2人で勉強をしていた最中に切り出せば親友は勉強の手を止めて聞き返してきた。その姿にリディアールは覚悟を決めて口を開く。
「実は……私、勇者と会うことにしたの」
「は?」
自分の言葉が理解出来なかったのか、聡明な親友が目を丸くするのにリディアールは慌てて言葉を重ねた。
「も、もちろん私が誰かは隠してるし、大丈夫よ」
次期魔王として学園中の生徒達からその一挙一動を注視されている自分が時折、何も言わずにいなくなる事を知っていても何も聞かずに居てくれる親友にぐらい話しておくべきだと考えたのもあった。
「あのね勇者、セフィって言うらしいのよ」
目の前で目を丸くする親友にそう話しかけるも驚きから立ち直った相手は険しい顔をする。
「……ジュリア?」
その表情の意味が分からなくて困惑する自分にジュリアは“ドン”と机を叩く。
「貴方、何してるの!そもそも勇者は魔王を殺す事の出来る唯一の相手なのよ!」
そのあまりの勢いに驚いたリディアールは小首を傾げる。
「もちろん分かってるわ。でも、大丈夫よ。セフィは急に私を殺すような人間じゃないもの」
勇者が何者であるかは自分が1番分かっている。そう、淡々と口にすれば怒りの形相を崩し、ジュリアが“はぁ……”とため息を吐く。
「…………私にはわざわざ自分の生殺与奪を持つ相手に会いに行く意味が分からないわ」
そのため息混じりの突っ込みにリディアールは柔らかく微笑む。
「あら、だって勇者はただの優しい男の子だもの」
自分の言葉に鳩が豆鉄砲を食らった時のような顔をして目を瞬いたジュリアが呆れたように肩を竦める。
「あっそ…………私はリディが怪我さえしなければどうでもいいわ」
自分の頑固な性格を知るジュリアが呆れたようにそう言うのにリディアールは笑みを深くする。
「ありがとう。ジュリアならきっとそう言ってくれると思ったわ」
そう、口にすれば何か言いたげな顔をした親友が真剣な表情を向けてくる。
「とにかく………リディ、貴方は抜けた所があるんだから気をつけるねよ」
「ありがとう」
そう、親友に笑いかけたのはもう2年も前の事だ。
「…………そもそも、自分の生殺与奪権を持つ相手に恋するなんて並の神経じゃないわよね」
その言葉に過去の記憶を思い出していたリディアールは目の前に視線を戻す。そこに今だに“納得していない”という顔をした親友を見つけて思わず、笑ってしまう。
「何?」
思わず、笑ってしまった自分に眉を潜めるジュリアにリディアールは首を振る。
「何でもないわ」
そう言うも自分を見つめて訝しげな顔をするジュリアに肩を竦めるとリディアールは食事を再開するがその手をすぐに止めて目を伏せる。
“でも、私がセフィの側に居られるのはあと半年しかないのは事実よね”
その事が自分の頭を悩ませる。この鳥籠のような学園を卒業すれば自分は魔王として即位する事が決まっている。先代の魔王が亡くなってから少し間があいているからきっとすることは山のようにあるだろう。
ーーなのに
“どうしてセフィがいなくなると思ったら胸が張り裂けそうになるのかしら……”
その事がリディアールは唇を噛み締める。ちなみに一度だけ、親友であるジュリアに自分とセフィがそういう関係になったらどうなるかと相談した事もある。
ーーが
「あのねぇ、これはそういう問題をはるかに越えた問題よ」
自分の迷いをジュリアは冷静に諭した。
「魔王と勇者なんて認められる訳ないわ。それにそもそも魔族と人間では種族も違えば、寿命も違う生き物なんだから」
そう言うジュリアに自分は何も言えなかった。そのやり取りを思い出してリディアールは再びため息を吐く。
“一緒に居たい……と言ったらセフィは嫌がるかしら……”
生き物にとって添い遂げる寿命の違いは種族の違いよりも問題だ。生きる時間の長い伴侶と共に生きることを選べば、自分を取り囲む他の相手がいなくなる。その内、自分の事を知るのは伴侶だけという状況で孤独から気が狂う人間も少なくない。だから、魔族と人間が種族を越えて愛し合っても結婚し、家庭を作る数は少ない。時たま、人間とあまり寿命の変わらない魔族の一部が結婚するぐらいだ。ジュリアに指摘されるまですっかりその事を忘れるほど自分にとってセフィは特別だった。
“家族が大事だと言う貴方はどう言うかしら”
伝える事の出来ない思いを抱えたリディアールの唇からはまた1つため息が溢れ落ちた。