6.秘密の時間
いつもお読み頂きましてありがとうございます。
「……本当にリディは何でも知ってる」
「そうかしら?」
感心したように自分を見つめるセフィにリディは首を傾げる。だいたい60年以上も生きてきて、いまだ17歳の若造よりも馬鹿だったら問題がある。そうリディが考えてるとも知らず、セフィは笑顔を浮かべる。
「ああ。今日だって俺にこうして分かりやすく教えてくれてる」
向けられた笑顔に言葉を失っていたリディは初めて魔王としてひいては魔族として生まれた事に感謝する。
“魔王で良かった……”
自分が魔王でなければ勇者であるセフィに出会えてもいなかっただろうし、勤勉なセフィに勉強を教える事なんて出来なかっただろう。あまり表情の変わらないリディアールがしんみりとこの世の神に感謝を捧げている中でセフィは目を細める。
ーーこの2人きりの秘密の共有が始まってもう2年になる。
最初こそ、ぎこちなかったがいつしかこうして肩を並べて話をするようになった。話をすると言っても見識の広いリディアールの話をセフィが聞いているだけなのだが。同族に嫌われて授業内容で分からない所があっても教師に聞けずに困っている事を相談したのが始まりだ。
“それにしてもリディアールが魔王だなんて思わなかったしな”
リディアールが自分の隠れ家にやってくるようになった当初はからなんとなくその正体は薄々察していた。ただ、同族である人間にすら嫌われる自分に話しかけても特に利益なんてないだろうにと思ったぐらい。初めて出会ったその日以降、毎日ではなかったが通ってくる少女はいつも自分と木を挟んで座った。何かを話す訳でもなく、近くに居るだけで満たされていた。そんな日々がどれぐらい続いただろう。
「…………あなたの事を教えてくれませんか?」
ある日、少女そう口にした。その事に最初は戸惑ったが自分が何も口にしない間も待ち続ける少女にため息を吐いた。
「……別に聞いてもなんら楽しくないぞ」
別に意地悪でもなく、語れるような人生ではないと思ったセフィがそう答えると木を挟んで反対側に座る少女は“いいえ”と口にしたのだ。
「私は貴方が……セフィがどんな人生を歩んで来たのか知りたいのです」
その揺るぎない言葉から見えた覚悟に肩を竦めてポツポツと自分の生い立ちを語った。自分の人生なんて何の楽しみもなく、短くて1日で終わると思った話は少女が時折、挟む質問により数日間という時間を要した。その質問はひどく他愛もない事で、“どんな花が好きなのか?”“どんな食べ物が好きなのか?”“家族の中で一番誰に似ているか?”と言った事ばかり。
その中でも一番嬉しかったのはこの言葉。
「セフィは家族が大好きなんですね」
その言葉を言われた時にはふいに泣きそうになったぐらいだ。そう、自分が勇者であっても変わらずに家族は大好きだった。石を投げられる度に自分を庇って、怒ってくれたのは大事な家族。
“……行かなくてもいい”
国から迎えが来た時も父は自分にそう言ってくれた。その事が変わっていく周囲の裏腹な態度とはよそに唯一、変わらなかった事。泣き崩れる母親で、悔しげに俯いていた父親に自分は感謝した。
ーーこんな自分を愛してくれてありがとう……と
遊び友達もいなくなった自分と常に一緒に遊んでくれたのは兄弟。誰もが自分を勇者ではなく、別れの瞬間まで家族として大事にしてくれた。自分が居る事で迷惑をかけたくないと国からの迎えを受け入れたが、自分は短い時間でも幸せだった。
「…………ああ……今でも大好きだ」
それは紛れもなく家族への愛だった。迷いなく答える自分にリディが何も言わずに寄り添ってくれるのが嬉しかった。それからリディとセフィは互いの事を話すことが増えた。
ーーそんなある日
その日もいつもと変わらず、他愛もない事を話していた時だった。
「きゃあ!」
突然の強い風にリディのローブがはためく。
「大丈夫か?」
珍しいリディの悲鳴に振り返ったセフィは目に飛び込んで来た姿に息を呑んだ。心の片隅でどこか“そうではないか”と考えていた相手の姿に言葉が出なかった。
「…………あ…」
リディもフードがとれて顕になった自分の姿に硬直した。どれぐらい見つめあっていたのかは分からない。それからは互いに一言も話すことなく、その日は別れた。
「セフィ」
声をかけられてセフィは“ハッ”と我に返る。いきなり黙り込んでしまった自分を心配したのかリディアールが下から自分を覗き込んでいる。その心配そうな表情にセフィは笑って、頭に手を伸ばす。
「何でもないよ……」
別れたその日から数日後、顔を隠すことなく現れたリディの姿にセフィはいつも通りの態度を貫いた。
「リディ」
そう呼びかければ緊張していた少女が花が綻ぶように笑った。
「なぁに?セフィ」
その言葉にセフィは“ああ”と頷きながら、諦めを受け入れる。
「今日は何の話をするんだ?」
いつしか“憎いはずの存在”が 自分にとって大事な相手となっていたことをセフィはようやく理解したのだった。