5.貴方と話がしたい
いつもお読み頂きましてありがとうございます。
「………これでバレないかしら」
顔が見えないように深くローブを被ったリディアールは自分の姿を鏡で確認し、苦笑する。
“ここまでしてまで勇者と話したいなんて私はおかしいのかもしれないわ”
魔王を殺そうとする相手にわざわざ近寄ろうとするなんて馬鹿のする事かもしれない。わざわざ自分から殺されに行くようなものだ。
「…………でも、どうしても私は貴方の言葉を聞いてみたいの」
そう呟くと心配症な友人にバレる前にリディアールは足早に寮の部屋を後にする。こんな無謀にも近い行動にリディアールが出た理由はたった1つ。
ーどうしても勇者と話したいと思ったから
勇者と出会ってから魔王はどこかおかしい。唯一、自分の命を刈り取る事が出来る筈の相手から目を離せないのだ。姿が見えれば、その背が消えるまで見送ってしまう。その事をジュリアに話せば、友は可愛い顔に似合わないほど眉を寄せてこう言い放った。
「まるで、勇者の事が好きみたいじゃない」
その言葉に息が止まるかもしれないと思ったのは自分の感情を言い当てられたような気がしたから。驚きのあまりに動きを止めた自分を他所に友は肩を竦めた。
「そんな訳ないわよね。忘れてちょうだい」
そう言って、違う話題を話し始めた友に曖昧に頷きながらもリディアールは動揺を押されられなかった。それからと言うものリディアールの頭を占めるのはいかに勇者と言葉を交わすかということだけ。教室の自分の席から見える木の下に寝転ぶ勇者の姿を見てはずっと考え込んでいた。自分とお近づきになりたい人々からお茶会や買い物や勉強会など様々な誘いを受けても“勉強したい”からと全て断っていた。その度に残念そうな顔をされるのには罪悪感はなかった。何をしても頭を占めるのは勇者の事。そうして考えついたのがローブを被って顔を隠すという原始的な方法。彼が自分を騙したのかと激昂すれば自分の命は簡単に奪われてしまうかもしれない。
ーそれでも
死ぬ前に勇者と言葉を交わせればそれで自分は充分。最初は普通に歩いていたのにどんどんと小走りになる自分にリディアールは苦笑する
“最初のうちは眺めているだけで満足していた筈だったのに”
いつの間にか勇者の言葉を聞きたいと思う気持ちが止められなくなった。次に考えたの勇者がどんな風に笑うかということ。自分には絶望の表情しか見せてくれない勇者が自分以外に笑う姿を想像したら心が嫉妬で張り裂けそうになった。
“居た……”
最後の方は息を切らして走っていたリディアールはずっと望んだ姿がそこにある事に安堵の笑みを溢す。今日も勇者がただ1人で大木の下で寝転んでいるのに安心するとリディアールは息を整え、足を一歩を踏み出す。わざとサクサクと芝生を踏む音を鳴らしながら近づけば、勇者がこちらを見る
「……………何のようだ?」
その警戒したような声音にリディアールは緊張に手が震えそうになるのを抑えながら、困ったように口を開く。
「申し訳ありません。誰かいらっしゃるとは思っておらず。少し人気のない所で1人になりたいと思って歩いておりましたら偶然……」
本当は勇者に近づくために来たとは悟られないように慎重に言葉を紡ぐ。
「……少しの間だけでいいのでお側に座ってはいけませんか?」
相手から返らない反応に不安になっていると“ふん”と鼻を鳴らす音が彼から聞こえる。
「好きにすればいいだろ。この学園で学生が使っていけない場所なんてないからな。俺に許可をとる必要なんてない」
その言葉にリディアールは嬉しさのあまり、笑み崩れる。
「ありがとうございます!凄く助かります」
ローブに隠れて表情は分からないだろうが勇者にこの嬉しさが伝わればいいのに。
「……別に俺は構わない」
そんな自分の想いを他所にこちらから目を逸らすと体勢を変えてしまう。そんな態度を気にする事なく、近づいたリディアールは勇者とは木を挟んだ反対側に腰を下ろす。
“私は今、勇者の傍にいる”
誰の傍にいるよりも感じる安堵にリディアールの心は満たされる。その事に泣きたい気持ちになりながら、リディアールは震える喉から言葉を絞り出す。
「その…………差し支えなければ貴方のお名前を聞いてもいいですか?」
ずっと聴きたいと熱望していた質問を投げ掛ければ少しの間を置いて言葉が返る。
「…………セフィ」
「!!」
泣き崩れなかったのが救いだと思うほどの幸福にリディアールは勇者から告げられた名前を口にする。
「……セフィ」
その一音、一音が宝物のようだ。
“なんて………綺麗なのかしら”
うっとりとして何度も壊れたようにセフィの名前を呟いていたリディアールの耳に再び、彼の声が届く。
「……お前の名前は?」
その問いかけに背筋に緊張が走る。ここで自分が魔王だとバレたら一貫の終わりだ。
“……大丈夫。大丈夫だわ”
自分に言い聞かせるように心の中で呟きながら、リディアールは覚悟を決める。
“だってまだ、彼から聖剣は突き付けられてないもの”
出会ってから今まで顔を見せてから聖剣を突き付けられ続けたリディアールはそう判断すると勇気を振り絞って口を開く。
「……リディ」
緊張から囁くような声になってしまった事に密かに落ち込んでいると木の向こうから声が返る。
「リディか……」
甘やかな声音で呼ばれた名前にリディアールは泣くのを堪えるために空を見上げる。
「そう」
そして、彼から初めて名前を呼ばれる幸福を噛みしめているとセフィから話しかけられる。
「……放課後、だいたい俺はここに居る。1人になりたい時があればいつでも来たらいい」
彼の不器用な優しさにリディアールはこの上なく、幸せを感じながら口を開く。
「…………ありがとう」
それが自分に出来る最大限の感謝だった。