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4.木の下で出会ったセフィとリディ

いつもお読み頂きましてありがとうございます。










この大木の下で横になる事がこの世の全ての生き物から嫌われた勇者の唯一の楽しみだった。


“ああ…………静かだ”


近くに自分以外の人の目がないことを確認し、俺は“ごろり”と土の上に寝転ぶと目を閉じる。誰もいないこの場所だけが唯一、自分を取り巻く様々な声から逃れられる場所だった。時折、聞こえる風が葉を揺らす音と鳥が飛び回る羽ばたきの音にホッとする。


『あんなのが居るから魔王様は不愉快になるんだ』


『聞きまして?勇者の癖にダンス1つまともに踊れないそうよ。あんなのが魔王様の勇者だなんて魔王様が不憫ですわ』


この世界を豊かにする魔王とその魔王を殺すしか能のない勇者を比べればどちらがこの世界に必要てされているのかは一目瞭然。そう分かっていながらも憂鬱になるのは自分ですら自分を必要としていないから。


“本や紙は何も言わないから勉強出来るけど……ダンスは相手がいるからな”


今日の授業で受けた令嬢からの嫌味を思いだし、ため息を吐く。せめて、邪魔な存在である自分に教育を施してくれる人々の手を煩わせたくなくて王都にある教会に引き取られてから頑張ったが、ダンスだけは苦手なままだ。魔王の敵として忌み嫌う自分の相手役を務める奇異な奴などおらず、知識しかないのだから当然だ。その事にため息を吐きながら、勇者は“うとうと”と微睡む。


“このまま消えていけたらな”


この世界に溶けるように消えていけたらどれだけ幸せだろう。そう考えて、口元を緩めた次の瞬間。


「…………何のようだ?」


目を開き、鋭く誰何の声を投げつる。自分の声が届いたのか深くローブを被った相手がこちらに向かっていた歩みを止めて、申し訳なさそうに頭を下げる。


「申し訳ありません。誰かいらっしゃるとは思っておらず。少し人気のない所で1人になりたいと思って歩いておりましたら偶然……」


柔らかい声の高さからに相手が自分よりもか弱い少女だと気づいたセフィは肩の力を抜く。自分が嫌われたものの勇者だと知らないのか顔の見えない少女は困ったように首を傾げる。


「……少しの間だけでいいのでお側に座ってはいけませんか?」


その心底困ったような声音にセフィは少女から視線を剃らし、“ふんっ”と鼻を鳴らす。


「好きにすればいいだろ。この学園で学生が使っていけない場所なんてないからな。俺に許可をとる必要なんてない」


久しぶりに人間相手に言葉を放てば、ローブを被った少女が嬉しげに顔を綻ばせたのが空気で伝わる。


「ありがとうございます!凄く助かります」


「……別に俺は構わない」


少女の反応から目を剃らすと“ごろり”と体勢を変え、背を向けた。そんな自分に怯むことなく、“サクサク”と芝生を踏んで近づいてきた少女が自分と木を挟んだ反対側に腰を下ろすのが気配で分かる。


“………不思議だな”


まるで、少女が側にいる事が当たり前のように安堵する。誰か近づいて来ても粟立つように嫌悪を感じていたのにただ静かに存在する彼女だけは自分を受け入れてくれると直感する。そう感じる自分に戸惑いを感じて、胸が高鳴る自分をセフィが持て余していた時。


「その…………差し支えなければ貴方のお名前を聞いてもいいですか?」


耳さわりが良い声が自分の耳を叩く。その声に胸からこみ上げけるものを感じながらセフィは慎重に口を開く。


「…………セフィ」


泣き崩れた母親から呼ばれたのが最後となった名前を口にすれば木を挟んで座った少女が深く息を吐くのが分かる。


「セフィ……」


まるで大切な宝物のように呟かれた言葉にセフィは泣きたくなる。それは『勇者』となってからこの世の全ての生き物から嫌われた勇者(自分)にとっては母親以外から初めて受けた優しさだった。何度も自分の名前を呟く少女にセフィは大きく息を吸って口を開く。


「……お前の名前は?」


そう問いかけると少女がピタリと自分の名前を呟くのを止めた。その事を少し残念に思っていると少女が緊張したのが伝わってくる。


ーそして


「……リディ」


囁くように告げられた名前にセフィは泣きたくなる。


“ああ…………そうか”


自分に届けられた名前が自分の欠けていた心のピースに嵌まったのを感じて少女の正体を察するが………。


「リディか……」


口から溢れたのはこの世で最も欲する相手の名前。


「そう」


自分の囁きにも近い言葉を聞き取った少女が深く息を吐くのを感じてセフィは目を閉じる。


「……放課後、だいたい俺はここに居る。1人になりたい時があればいつでも来たらいい」


そう声をかけると少女が頷いたのが目を閉じていても気配で分かった。


「…………ありがとう」


その言葉がただのセフィとただのリディの交流の始まりだった。

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