3.世界で望むのは貴方だけ
いつもお読み頂きましてありがとうございます。
書きたかったネタから離れていくため、題名を改題しました。ご迷惑をおかけしまして申し訳ありません
“はぁ……ようやく静かになったわ”
朝から自分と仲を深めたい人々や魔族に囲まれて騒がしい1日を過ごしていたリディアールは放課後になってようやく自分の周りから誰もいなくなったことに“ホッ”と息を吐く。魔王になってから自分をちやほやとする周りの面々には困ったものだ。
『魔王様』
自分をそう呼ぶ面々の中には純粋に自分を慕っていたり、憧れを抱くだけの者もいる。
ーだが
『魔王様』
自分に気に入られようようと笑顔の下に様々な思惑を隠して近づいてくる存在の多さには辟易としている。彼らが自分に向ける期待の重さを思いだし、憂鬱気にため息を吐く。
“私はあくまで魔王だけど、まだ何も成していないのに”
魔族と人間が共存共栄の道を選んで数千年。短命な人間の王が一代ではなし得ない事も長命種である魔王なら一代で成す事も可能。
“……でもそれを誉められも全然嬉しくない”
命の長さによって成せた事であれば優秀な人間な王にも成せた事だろうから。そして今、自分を『魔王様』と呼ぶ人々が抱く期待はこれまで魔王として生きてきた同胞の手柄だ。
「はぁ…………」
深いため息を吐いたリディアールはいつも通り窓の外に目を向けて目尻を下げる。
“……今日も居る”
授業が終わり、寮に戻るまでの時間を彼はいつもそこで過ごすのだ。大木の木の下に横になり、ぼんやりとしている。
「ここから見る分には勇者も気づかないわね……」
彼と話したいのに目があえば、常に自分を睨み付ける瞳に体中の血が沸騰し、彼に見つめられば動くことも出来なくなる。
「どうしたら、貴方と話せるようになるかしら……」
近寄れば自分を殺すかもしれない相手なのに姿を見れば相手の全てが欲しいと心が叫ぶ。そんな勇者とどうすれば仲良く出来るのかを考えながら眺めるのが今、1番の楽しみだ。
“どんな事を話すのかしら”
いつも自分に向かって吐き出される言葉は全てを捻り潰すほどの絶望に満ちていて彼の悲しみしか感じない。彼がどんな風に笑って、どんな事が好きで、どんな人々に囲まれて生きてきたのかを知りたいと思う。
「ねぇ、勇者である貴方はどんな人生を歩んできたの……」
そう問いかけても見ていることに気づかない勇者が答える事はない。こんなに近くに居るのに触れる事も近づく事も出来ない存在に魔王の心は奪われる。
「貴方と話せることが出来たなら……」
そこまで呟いて、リディアールはほの暗く笑う。勇者と話すことが出来たら自分は何を望むと言うのだ。
「リディ、まだここに居たの?」
誰にも見せた事もない深い深い渇望に堕ちていきそうになっていたリディアールは自分を呼ぶ声に“ハッ”と我に返る。
「ジュリア……」
目にも鮮やかな色彩を持つ友が人気のない教室の中に居た自分を覗き込んでいる姿に暗い感情が遠のく。
「遅いから探してたの」
そう言いながら自分に近づいてくる姿に私の顔には笑みが浮かぶ。
「ごめんなさい。騒がしくて落ち着かないからここで休んでたの」
そう心配させてしまった事を弁解すれば唯一、自分を名前で呼んでくれる友が肩を竦める。
「まぁ、入学からこっち。こちらの都合もお構い無しに引っ付かれたら流石の魔王様も疲れるわよね」
幼い頃から魔王として生きる事を定められた私を彼女だけが“リディアール”という1人の魔族として認めてくれる。その事に喜びを感じながら私は頷く。
「……そう……ね。迷惑とは言わないけれどもう少し抑えてもらえれば助かるわね」
本音の溢せる友は私の言葉に“当たり前よ”と胸を張る。
「魔王だからって何でも押し付けられたらいい迷惑よ。ほら、もう人も少ないから囲まれる事もないだろうし、寮に帰りましょう」
そう促す友の気遣いに頷いた私は椅子から立ち上がる。
「ええ」
わざわざ自分を探して、迎えに来てくれたジュリアと共に帰るべく腰を浮かせたリディアールは自分と同じように1人っきりだった勇者の姿を探して窓に視線を移す。
「リディ?」
「……何でもないわ」
窓の外を見て動きを止めた自分に呼び掛ける友に首を振って笑いかける。
「待たせてごめんなさい。さ、帰りましょう」
教科書を入れた鞄を持って立ち上がり、ジュリアを促せば何か言いたげな表情はしたものの、諦めたように嘆息する。
「はいはい。ほら、帰るわよ」
自分を促す声に背を押され、教室を後にしながらも魔王の頭を占めるのは勇者の事ばかり。
“一瞬だったね”
少し目を離しただけなのに視線を戻した時に彼の姿は消えていた。
“彼にも迎えに来てくれる人はいるのかしら”
いつも目にする時は1人の彼を思いながら、リディアールは思いを募らせる。
“ああ……彼と話しがしたい”
その思いだけが日々、募る。いつの時代にも魔王が生まれれば勇者も生まれ落ちるが出会えるかどうかは時の運。勇者と言葉を交わす事は愚か、姿を見る事すら出来なかった魔王は多い。そんな魔王達の中で勇者と同じ時間を過ごせる奇跡を前にして高ぶる自分は何らおかしくない筈だ。自分を探していた間のジュリアの話に相づちを打ちながらもリディアールが考えていたのは勇者とどうしたら話せるかということばかりだった。