2.俺だけの魔王
いつもお読み頂きましてありがとうございます。
ギャグの筈が超、シリアス回です。
今日も魔王を殺す為に聖剣を呼び出して突きつけた俺は果たせなかった使命に顔を歪める。ざわめく感情のままに荒々しく歩けば自分を避けようと廊下に居た人々が慌てて道を開けるのが視界に入る。
「また……魔王様に無礼を働いたそうよ」
「本当になんであんな奴が勇者なんだ」
道の脇に避けた人々がひそひそと囁く声がすれ違い様に聞こえ、俺は悔しさに拳を力の限り握りしめる。
“本当なら、俺はアイツを殺しても許される筈なのに……”
勇者の役割は混沌とする世の中でさ迷う人々に希望を与えること。なのに自分は勇者と言うだけでこの世に生きる全ての生き物から嫌われている。
『はぁ…………外れだな』
ーそう、神父が呟いたその日から自分は人間の敵となったのだ。
辺境の名前もないような貧乏の村に生まれた自分は何も知らない馬鹿で貧乏でお腹いっぱい食べた記憶はないがそれでも勇者と呼ばれるまでは普通の子供だった。父親に母親、そして兄弟達。貧乏でも誰もがいつもニコニコと笑っていた。そんな家族に包まれて幸せだった。
ーーあの日もこの日常がずっと続くのだと信じていた。
「ねぇ、お母さん。僕は何かな?」
5歳になればこの世に生まれた全ての生き物に与えられる役割を知る為に協会に行くのは貧乏な村でも決められた行事だった。その日は名前もないような辺境の貧乏な村も例外ではなく、村はお祭りになる。その日が子供心に楽しみで仕方なかった。はしゃぐ自分に母親は呆れたように笑っていた。
「あらあら、あなたもお父さんやお兄ちゃんと一緒で“農民”よ。きっと」
そう言って頭をなぜる母親に唇を尖らせた自分は何と愚かだっただろう。
「え~、そんなのやだよ。カッコいい騎士様がいいなぁ」
本も学校もないような辺境でそんな役割を与えられても幸せになどなれないと母親は知っていたのだろう。
「そうね。そうだといいわね。全ては魔王様のお蔭ね」
「うん」
はしゃぐ自分の頭を撫でてそう言う母親の笑顔を見たのはそれが最後。年端もいかない子供も例外はなくこんな辺境でも『神の祝福』を受けられるようになったのは長命な魔王様のお蔭だと言うのは幼い子供でも知っていた。
ーだから
「……ゆ……うしゃ?」
自分が手を翳した宝球に刻まれた文字にその魔王を殺す為に生きる役割が刻まれた時、自分はこの世で最も憎まれる存在に成り代わった。
「はぁ…………外れだな」
呆然とする自分の傍らに立った神父の呟きが静寂に満ちた教会に響き渡り、自分の耳に届いた。凍りついたまま周りに居た人々を見回せば、それまでとは全く違う表情をして自分を見つめていた。儀式をずっと見守っていた長老がそんな自分を見つめて叫んだ。
「慈悲深い魔王様に仇なす天敵め!」
その言葉に“違う”と口を開こうとした自分を止めたのは今まで慈しんでくれた人々が自分に向ける蔑むような眼差しを向けたから。視界の端では自分の役割に泣き崩れる母親の姿だけが妙に記憶に残っている。
ーそれから自分を取り巻く世界は変わった。
「やい!勇者め!」
村を歩けば、今まで一緒な遊んでいた友が石を投げるようになり。
「勇者はこの村から出ていけ!」
母親に頼まれたお使いで知り合いの家を訪れればそう罵られるようになった。その度に自分の心が切り刻まれていくのが分かった。
“どうして……どうして何だよ!”
自分は何も変わっていないのに外を歩けば石を投げられ、出ていけと言葉を投げつけられる。逃げるように部屋にとじ込もっていた自分の扱いに両親が困っていたのも知っている。
「魔王様に仇なす勇者なんてまともな人生が歩める筈がない」
他の兄弟が寝静まった夜、父親と母親が深刻な表情で話しているのを扉越しに聞いた日は悔しさで涙が止まらなかった。そんな自分の運命に泣きつかれて感情も磨り減った頃、国からの迎えが寄越された。
「魔王様に危害を加えるかもしれない勇者は国で管理する」
その言葉に最早、何も感じる心の余裕はなくて生きた屍のようになっていた自分は国から寄越された迎えに躊躇いなく、その手をとった。どこにいても疎まれるならせめて、家族に迷惑をかけない場所に行くのがせめてもの自分の恩返しだと思ったから。国から寄越された迎えの人間に促されるままに馬車に乗り込もうとした時、母親の声が自分を呼び止めた。
「セフィ」
その言葉にゆっくりと振り返れば、こちらに来ようとして止められている母親の姿が目に入る。
「……お母さん……」
そう呟いて、呼べば母親が泣き崩れて自分に手を伸ばす。
「セフィ!セフィ!」
その姿に耐えられなくて駆け出そうとした自分を大人が抱き上げた。
「離して!」
泣いている母親に泣かないでとたった一言。それだけ伝えたいと伸ばす手は空を切る。
「あの子は優しい子なの!」
そう叫ぶ母の言葉を自分は一生忘れない。
ーそれから10年が経ち……
平穏な世界では不必要な存在である勇者にもようやく諦めがついた頃、自分は魔王と出会う。
「魔王様」
そう呼び掛ける言葉に何気なく視線を移した自分の目の前に居たのは全てを塗り潰す漆黒の色を持つ少女。
“あれが…………魔王……”
枯れ果てた心は彼女の存在を目にしても何も感じなかった。なのに、少女がまるで何かに惹かれるように瞬いて自分を射ぬいた瞬間。自分の血が沸騰するような激しい感情が自分を揺さぶった。
ーそれは俺のものだ
その思いにかられた時、自分は激しく動揺した。枯れていた筈の感情が動き出すのが分かった。
“それは俺だけの魔王だ”
彼女が自分以外の人間に微笑む姿に憎悪が沸いて、 初めて自分は“殺したい”という感情を知った。