15.絶望と希望の先は『奇跡』と言う
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「……ジュリア、来てたのか?」
過去を思い出して、物思いに耽っていたジュリアは自分に駆けられた声と扉を開く音に我に返る。
「お邪魔してるわよ、セフィ」
驚いた表情をする友人にジュリアが肩を竦める横で、自分に昔話の続きをねだっていた双子の子供が座っていたソファーから下りると駆け寄っていく。
『お父様!』
「リフィド、セアリア」
帰って来た父親に抱きついた子供を危なげなく受け止めて、セフィはジュリアに苦笑する。
「すまなかった。少しリディと外を歩いていたんだ」
“お帰りなさい~”と言う子供達の頭を撫でながら、セフィがそう言えばジュリアは嘆息する。
「構わないわよ。むしろあんたには、私の親友のご機嫌をとってもらわないと困るもの」
そう茶目っ気めかせて言うとセフィは嘆息し、子供達に視線を落とす。
「お前達もジュリア叔母さんに迷惑かけなかっただろうな」
「大丈夫!」
「叔母さんに勇者と魔王のお話を聞いてただけ」
父親の問いかけにクスクスと笑う子供達に頬を緩ませたセフィはジュリアの向かいのソファーに子供達と共に座る。
「リディはもう少ししたら帰って来ると思う」
「そう」
セフィの言葉にジュリアは頷いて、少し冷めた紅茶で喉を潤す。そんな自分の前でセフィは口々に話す双子に誠実に応えている。この勇者を見ているとこの世界を支配する魔王の伴侶とは思えない程に穏やかで、歴代の勇者達がなぜ争乱を起こさなかったのを理解したぐらいだ。
“親友が羨ましいわ”
決して自分の伴侶が自分に相応しくないという訳ではないが、それでも唯一無二の存在と添い遂げられるのは運命としか言いようがない。そんな事を親友を待ちながら考えているとセフィより、遅れること数分、この世界の支配者が姿を現す。
「あら、ジュリア来ていたの?」
扉を開けた先に居た予想外の姿に目を瞬く親友にジュリアが口を開くよりも早く、横をまた双子が駆け抜ける。
『お母様!』
父親に抱きついた時よりは、幾分ゆっくりと抱きついた双子に笑みを浮かべたリディアールは子供達と一緒にこちらに近づいてくる。
「珍しいわね、ジュリアがこっちに来るなんて」
そのまま何の躊躇いもなく、夫の側に腰かけながら親友が不思議そうに口を開くのにジュリアは苦笑する。
「あんたが、魔王の仕事を放棄するからでしょう」
親友のさも不思議そうな表情に右腕らしく小言を口にすれば、子供と夫に囲まれて幸せそうな顔をしていた親友が深いため息を吐く。
「別に放棄してないわ…………ただ彼らは五月蝿いの。今も私にセフィは不釣り合いだと言うんだもの」
属国と化した国からの使者が自分の横に立つ伴侶を見て、相応しくないと巻くし立てた事に腹を立て、リディアールは気晴らしに別荘に足を運んだに過ぎない。彼らがいくら困っていようと自分には何ら関係はない。
「セフィを馬鹿にするような人間に与える慈悲深さなんて持ち合わせてないもの」
“にっこり”と擬音が付き添うな表情で微笑む親友にジュリアは額に手を当てる。
“本当に困ったわ”
この勇者至上主義の魔王様は少しでも勇者を取り上げようとする相手には容赦がないのだ。即位してから今も親友はその姿勢を崩すことはない。
『セフィと一緒に居れないなら、魔王にはならないわ』
即位時も周りが勇者との婚姻に難色を示すと、王位すらいらないと宣った魔王に周りが焦ったほど。結局は、勇者が魔王に害をなさないならという契約の元で婚姻が結ばれ、昔は人間としての時間を生きていた勇者は今を魔王と同じ時を歩んでいる。魔王と勇者が共に生きる姿を見て、異種族婚姻に踏み切る若者も増えた。
“まずそんな先の事よりも、今はいかにリディを国に返すかだわ”
下手な事を言って、更に機嫌を損ねるとめんどくさい親友をどうするべきかと考えていたジュリアを他所に子供達の相手をしていたセフィがリディアールを見やる。
「リディ、ジュリアをこれ以上困らせちゃ駄目だろ」
「セフィ……」
伴侶からの嗜めに拗ねた表情をするリディにセフィは子供達の頭を撫でながら話しかける。
「確かに色々言う人は居るけど、俺にはリディと2人がいるから大丈夫だよ」
その笑みにリディアールは感極まったようにセフィに抱きつく。
「セフィ!」
「リディ。だから、機嫌を直してくれないか?」
親友の前で恥らいなく夫に抱きつく親友を眺めたジュリアは友が親友を宥めてくれるのを待つことにする。待つ間、何気なく窓の外に視線を移せば、辺境の地とは思えないぐらいの発展した街並みがそこにはあった。
“ここも変わって来たわね”
そう、思いながらジュリアは目を細める。ここ……セフィの故郷が発展し始めたようになってまだ10年ぐらい。勇者として選ばれて故郷を出たセフィがいつでも家族に会えるようにとリディアールが別荘を建てたのが始まり。ちなみに、魔王の伴侶として生きるようになって、人間としての時間を外れたセフィでも彼らは何ら関係ないらしく、久しぶりに帰って来た家族として付き合いをしているようだ。そんな家族に囲まれて笑う勇者を魔王は満足そうに眺めているらしい。現実逃避するように思考を巡らせていたジュリアは“そう言えば”と思い出す。
「出来たら辺境にも本が読めるような場所を作って欲しいかな」
ある日、魔王の伴侶となった勇者が口にしたのはそんな願い事。
「あらどうして?」
その時にはすでに右腕として働き始めていたジュリアにも意味が分からなくて問いかければ、勇者は切なげに笑った。
「……辺境の地で生まれた人間には知識を得られるような場所はないからな」
その言葉にジュリアが人間の辺境の地を調べてみれば、様々な点で発展が遅れていることが分かった。辺境の地では富む者は富み、貧しきものは貧しいが当たり前だったのだ。
“勇者は必要ないという人間も多いけど、勇者を知れば知るほど私には不思議な存在よね”
セフィがそう口に出さなければきっといつまでも辺境の地はそのままだっただろう。この世に必要とされなくなっても彼らはいつも“人”の為に生きているのだ。
“でも、いつかは変わるでしょう”
豊かになっていく場所を見る度にジュリアはそう考える。まだまだ勇者と魔王という取り合わせに難色を示す人間はいるがそれでも決して結ばれる事がないと思われていた絶望と希望が結ばれて、その先に奇跡が産まれた。いつかきっと、勇者も魔王も必要としない世界が出来るだろう。そこまで、考えたジュリアは“さて”と窓から自分の主に視線を戻す。
「そろそろ、機嫌は直ったかしら?魔王様」
そう、わざとらしく親友とその夫に問いかければ、彼らは互いに自分の『魂の伴侶』を見つめながら微笑む。
『この世で1番必要とする人が傍にいるのなら』
それは人間に嫌われた勇者と勇者に嫌われた魔王の出した『答え』だった。