12.魔王と勇者の選ぶ道
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“遅くなっちゃった”
窓の外を照らす黄金色に、目を細めてリディアールは更に歩く速度を早くする。
“心配してくれるのは嬉しいけど……少し困っちゃった”
授業が終わった途端、久しぶりに登校した自分を心配して友人が集まって来たのだ。口々に心配そうな顔をする友人達に感謝しつつも、今日だけは放っておいて欲しかった。絶え間無く話しかける友人達の輪をどうやって突破しようかと考えていた自分を見かねて、ジュリアが友人達を解散させてくれなかったら……今日、自分は彼に会えなかったかもしれない。
「後で、ジュリアに御礼を言わなくちゃね」
こんな恋に溺れる魔王を見捨てずに居てくれる右腕に感謝だ。そう呟きながらもリディアールは親友の好意を無駄にしない為に気を引き締める。
“大丈夫……大丈夫よ”
そう、繰り返し自分に言い聞かせても不安が消えないのはそれだけ自分にとって大切な存在だから。
『セフィ』
この世界で自分を1番幸せにしてくれる存在を思い出しながら、リディアールはあれだけ急いでいた足を止めて、俯く。
「セフィは何て言うかしら」
今日、自分がセフィにお願いする事はセフィを傷つけるかもしれない。そう、思って俯いた自分の耳に昨日のジュリアの言葉が甦る。
『手にする事を諦めてしまったら、二度と手に入らないのよ。リディ』
この世の全てを支配する魔王に手に入れられないもの
と教えてくれた友人は自分の願いを聞いて、呆れたようにそう笑った。その言葉を思い出し、リディアールは再び歩き出す。
……一歩………また一歩と足を踏み出していたリディアールの足が時間を追うごとに早くなる。
ーー最後には愛しい人の瞳を思わせる黄金色の光の中を駆け出していた。
“来たか……”
自分に近づいてくる足音を耳が捉える。今日もいつもと代わらない体勢で木の下に寝転んで目を閉じていたセフィは足音に口元を緩める。こんなにも待ち望んだ瞬間はないだろう。そのまますぐ近くまで来て、足を止めた相手は上がった息を整えるのすらもどかしいのか、すぐに自分に呼び掛ける。
「セフィ」
その、久しぶりに自分を呼ぶ声にセフィは覚悟を決めてゆっくりと目を開ける。ゆっくりと身体を起こせば、そこに立つのは予想通りの相手。
「……リディ……」
頬を赤く染めて、息を切らし、自分の目の前に立つ少女の名前を口にすれば目の前で相手が優しく笑う。その笑顔に渇いていた自分の心のどこが満たされていく。
ーこれほどの幸福はないだろう
暫く見つめあった後、セフィは慎重に口を開く。
「心配していた」
愛しい存在を前にして、そう言葉にすれば、自分を覗き込んでいた少女が一瞬、驚いたように目を見開いた後、更に嬉しそうに微笑む。
「はい。心配させて申し訳ありません」
少し窶れた印象はあるが華のように綻ぶ笑顔にセフィは安堵する。やはり、少女には笑顔が似合うのだ。だから、あの日見たような悲しそうな顔はもう見たくない。その想いに突き動かされるまま、セフィはリディアールに真剣な眼差しを向ける。
「リディ」
「はい」
呼べばすぐ返る声に泣きたい気持ちが押し寄せる。
ーまだ……駄目だ
そんな思いを理性で押し留め、セフィは大きく息を吸う。いつか自分達が離れる運命ならばせめて一緒に居る間は後悔したくない。そう覚悟を決めたセフィは緊張の面持ちで自分の前に立つ少女を促す。
「…………座ってくれないか?」
そう言葉にすれば、嬉しそうに頷いてリディアールが自分のすぐ傍に腰を下ろす。手を伸ばせばすぐ届く距離に座る相手にセフィの胸は歓喜に震える。
“リディ”
愛しい少女の名前を心の中で呼びながら、セフィはゆっくりと手をあげる。目は少女から離さず、ゆっくりと上げた手をその滑らかで白い頬に伸ばす。向かい合って座るリディアールは自分が手を伸ばしても少し目を見張っただけで、動かない。その姿に“ああ…………神様”とセフィは祈りを捧げる。
ーどうか許して欲しい
この世界に憎むべき筈の魔王の幸せを願う罪深い勇者が居ることを。
そう心の中で祈りを捧げたセフィは自分の想いを伝える為に口を開いた。