11.魔王を愛しく思うことに諦めた勇者
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「なぁ、あれって……」
「ああ。今日からやっと登校されたらしいぞ」
「病に倒れたとお聞きし、心配しておりましたから安心しましたわ」
「お姿が見れて、本当に良かったな」
窓際の自分の席に座り、今朝も変わらずに本を読んでいたセフィはクラスメイトの話す声に本を読む手を止めた。読んでいた本から顔を上げ、周りを見れば自分以外のクラスメイト達は窓に張りついて下を覗いている。何かあったのか?と首を傾げながらも彼らに倣って、目線を窓の外に移したセフィは驚きに目を見開く。
“リディ”
そこにはここ数日、姿を見せなかった少女がいつもと変わらない姿で歩いている姿があった。その姿にセフィは“良かった”と安堵の息を吐き出す。ここ数日、急に学園を休んで寮の部屋に隠っていたリディアールを心配する声が至るところで上がっていたのだ。
“少し落ち着いたみたいだな”
窓の外を歩く姿に数日前に見たような悲壮感がない事に安堵していれば、リディアールの隣を歩くピンクの髪の少女が何か言ったのか微笑む姿すら見える。そのいつもと変わらない姿に安堵する自分と同じように周りも安堵したのか言葉を発する。
「倒れられたと聞いたから、心配していたが大丈夫そうだな」
「ああ、やっぱりリディアール様には笑っていて貰わないとな」
「あの笑顔を見れば安心するものね」
“だよな……”
耳に届くクラスメイトの言葉に心の中で同意すると、机についた腕に頭を預けながらセフィはリディアールの姿を目で追いかける。友達と笑いあって浮かべる笑顔を眺めていたセフィの中にふと記憶が甦る。
自分が対となる存在を目にしたのはこの学園の入学式が初めてだった。
“あの日から、この世で俺以上に魔王を憎んだのはいないだろうけど”
甦った記憶に苦笑しながらも、目を閉じればまるで昨日ように思い出せる。
「あれが私達の王様」
「綺麗な方だ」
入学式では次期魔王として立つ少女を周りの人間も魔族も全てが褒め称えていた。その自分とは全く違う扱いに腸が煮え繰り返りそうな怒りを感じていた。
ー何より……
自分にはない全てを塗り潰したような漆黒の髪と黒曜石のような瞳に全身の毛が逆立つような嫌悪感を覚えたのを覚えている。
“そいつは魔王なんだぞ”
いくら休戦協定が結ばれてかなりの時がたったとはいえ、人間ではない存在に気を許すなんてこの世界の人々は狂っていると思ったほど。
“馬鹿な俺はアイツさえいなければ全てが上手くいくと信じて疑わなかったんだよな”
魔王さえいなければ、自分が勇者として生を受ける事もなかった。
『魔王さえいなければ!』
そんな身勝手な歪んだ想いを抑えきれずに、何度魔王をこの手で殺そうと思ったか分からない。
ーだが
“無理だったんだよな”
更に思い出した過去にセフィは目を細める。あんなにも憎い筈の存在を前にして殺そうとするのに自分はなぜか少女を殺す事が出来なかったのだ。
『お前なんかいなければ!』
そう、心の底に沸き上がった感情のままに叫びながら聖剣を呼び出して彼女の顔の横に突き刺したのは今では黒歴史だ。ただ毎回、彼女を殺そうとするのに何故か、漆黒の瞳が自分を見上げる度に自分の心のどこかが揺すぶられた。
この世にこんな綺麗な色があるのかと思ったほど。
「昔は……そんな笑顔を見る度に苛立っていたのにな」
そんな思いはあの日を境に自分の中で変化する。
『セフィは家族が大好きなんですね』
自分の話を聞いて、当たり前のようにそう言う少女にあれほど泣きたい気持ちになったことはない。確かに自分はこの世界で必要とされない存在だ。それでも自分が勇者となるまでに確かに『人』として生きた時間があった。この世界に必要とされなくなった自分を家族だと言ってくれる大事な存在が自分にもあったと認められた気がした。
ー不必要な勇者
同じ人間から、そう言われる度に傷ついて、バラバラになって血を流していた心がその一言で救い上げられた。自分を1番必要としない筈の相手からかけられた事がおかしかった。誰にも必要とされない勇者を魔王だけが認めてくれる歪さがおかしかった。
ーーそして
この世界の理不尽さに悔しさと憎しみを感じていた自分を救ったのは希望でも何でもない。
「この世界に俺が必要だと教えてくれたのが魔王だったんだ」
そう口にした勇者は一度、目を閉じると窓の外に視線を移して、目を細める。自分の視線の先で笑う姿にセフィは口元を緩める。
ーその笑顔を守れるなら自分はどんな犠牲を払っても惜しくない
もうすぐ、自分には手の届かない場所に行ってしまう魔王にずっと笑っていて欲しいと願いながら、セフィは考える。
ーーこの想いを伝えるにはどんな言葉が必要なのだろうか…と