10.魔王に手に出来ないものはない
いつもお読み頂きましてありがとうございます。
「どう?少しは落ち着いたの?」
自分の返答を待つよりも扉から早く姿を見せたのは、自分の予想通り親友だ。
「ジュリア………」
名前を呼べば、ここ数日生きる彫像に近かった自分を見て肩を竦めるのが分かる。
「良かった。読み終わったみたいね」
その問いかけにリディアールは“ええ”と俯く。あの日以来、沈んだ表情の親友にジュリアは諦めにも似た心地でその手に抱えられた手記に目を落とす。親友の表情を曇らせるのは“あの男”しかいない。
「……第7代目、アメーメリア様も酷く悩んでたみたいね」
そう口にすればリディアールは弾かれたように顔を上げ、驚きに満ちた表情で自分を見つめる。
「ジュリア…………貴女、勇者の行く末を知っていたの?」
そう、問いかければ目の前でジュリアが困ったように笑う。
「ま、次期魔王の側近として知識上、この学園を卒業した勇者が人里離れた場所でその命が尽きるまで幽閉されることは知ってたわよ」
「………………そう」
ジュリアの言葉にリディアールは目を伏せる。そんな親友の姿に苦笑したジュリアは手を震わせるリディアールからそっと手記を取り上げ、ページを捲る。
「それに……代々の魔王が勇者に興味を持つまではその未来を教えないように決めたのもアメーメリア様。必要になって手記を読まない限り、次の魔王が知らない仕組みを作ったのもね」
そう口にすればリディアールが深いため息を吐く。
「流石に側近が知っていて魔王が知らないって言うのはどうなのかしらね」
批難めいた言葉にジュリアは“そうね”と目を細める。
「ただ、言えなかったのかもしれないと私はこの手記を読んだ時に思ったわ。自分が魔王としてではなくて、1人の女性としてその人を愛してしまった事を」
その言葉に複雑な思いが込められているのを感じとったリディアールは目を閉じる。自分も魔王として、自分をいつでも殺す相手を側に置くのが危険な事だと分かっている。
『私は魔王として失格だ』
しかし、晩年になってから次の魔王の為に書き残す手記にそう、残した魔王はアメーメリアのみ。何ら王として適正に欠けておらず、歴代の魔王と同じように素晴らしい功績を残した彼女が残さずに居られなかった胸の内をリディアールは考える。婚約者がいながら、勇者を愛してしまった彼女はどれだけ苦しんだのかと思う。リディアールが許されなかった恋に胸を痛めているとジュリアが“でもね”と苦笑する。
「私はどうしてアメーメリア様は諦めてしまったのかとも思うのよ」
「え?」
親友から返った予想外の言葉に目を開ければ、涼しい顔をした親友が肩を竦めている。
「だって、魔王と勇者はその役目から、その姿を目にすればどうしても惹かれあってしまうのよね?」
確認するように問いかける親友にリディアールは怪訝な表情で頷く。
「ええ。もちろん……彼は私にとっての唯一だわ………」
『魂の半身』と言っても過言ではない。言葉では表せないほどの存在感だ。しかし、その相手は決して求められない相手なのだ。
「誰にも渡さない。彼だけは私のものよ」
そう、呟くリディアールの唇が弧を描く。自分は彼の姿に心臓を捕まれた。自分を押し倒し、剣を突き刺す姿にため息すら溢れた。自分だけを映す瞳に見とれた。
『綺麗』
自分にはない色彩に目が奪われた。次第に、彼の声が聞きたい。彼の事を知りたいと欲望が止まらなくなった。
ある日……
『……落としたぞ』
彼が同族の女子生徒が落としたハンカチを拾ってやる姿を見た時は嫉妬に狂いそうだった。それは“私のもの”だと何度思ったか分からない。
「……あんたのその勇者に対する執着には呆れるわ」
種族も寿命も違う相手に恋に焦がれる少女のようでありながら、全てを魅力する妖艶な笑みを浮かべる相手にジュリアは諦めたように肩を竦めて微笑むとその頬をつつく。
「リディ」
頬をつつかれて、我に返った親友のほの暗い瞳に光が戻るのを見ながら、ジュリアは全てを諦める。自分の魔王は歴代魔王の中でも人一倍、勇者への執着が酷い。
ーその執着はきっとアメーメリア以上。
セフィが俗世と切り離された幽閉先に居てもリディアールはきっと耐えられない。自分から勇者を奪った周りを酷く恨むだろう。
ならば、勇者にその役目通りに魔王が道を踏み外さないよう見張っていてもらう方が百倍楽に違いない。勇者の意志を一切無視してジュリアはそう結論をづけると悩む親友に指を突きつける。
「リディアール。貴方、自分の立場を分かってる?」
「え?」
自分に指を突きつける次期右腕をリディアールは虚を突かれた表情で見上げる。そんな親友にジュリアは威圧的に口を開く。
「忘れてない?貴女はこの世界でなんでも思い通りに出来る魔王様なのよ」
その指摘に首を傾げた自分の前でジュリアは魔族らしく、好戦的な笑みを向けてくる。
「貴方は魔王。欲しいものがあるなら、貴女に手に出来ないものはないわ」
友のその言葉に最初は驚いた表情をしていたリディアールは小さく頷くと“それもそうね”と口を開く。
「だって、私は欲望に忠実な魔王様ですもの」
そう口にしたリディアールの赤い唇がゆっくりと弧を描いた。