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第三章 出会い

 気絶している塔子(うすく息をしているので生きていた)に、今の美空が出来ることはあまりなかった。

 リュックに入れていたタオルをたたみ、はみ出しかけている腸を押しこむように押し当てると、その上から包帯で腹部の周りをしっかりと巻く。その程度が精一杯だ。もし目を覚ますことがあるなら、その時はかなり苦しむのだろうな、と思うとじっとしてはいられなかった。

 このまま塔子は死んでしまうのだろうか。すでにタオルと包帯はぐっしょりと血に染まり、吸収しきれない血が床にしたたり落ち始めていた。医療の知識など無いが、このまま放っておいたら、いくらもたたずに失血死してしまうぐらいのことは分かる。その時は、やはり塔子もゾンビ化してしまうのだろうか。だが腹を破られてはいても、噛みつかれていないのは確かだ。なんとか脱出して、病院に連れていかなければならない。

 病院が機能していればだが――

 美空は顔を上げた。泣くのは後でもできる。立ち上がって涙をふき扉に近寄ってみた。カリカリという音がして、ゾンビ達が扉を開けようと向こう側から引掻いているのが分かる。出来ることは一つだと思った。覚悟を決めてドアを開け、一体ずつ奴らをやっつけて血路を開く。そして助けを呼びに行くのだ。塔子はきっと歩く事もできないだろう。美空一人でここを出て、医者が残っている病院か、警察を探して助けに戻る以外に塔子を助ける方法はない。このまま屋上にいれば、塔子の命は長くはもたないだろう。

 美空は覚悟を決めて棒を拾い上げた。戦いの邪魔になるのでリュックはもう置いていく。そして背中までの長い髪を手ですくった。この髪を戦いの最中にゾンビのあの力強い手で後ろから掴まれたら? 唇を噛みしめ、リュックから棒を削るのに使った刃のこぼれた包丁を再び取り出すと、自慢だった漆黒の髪をためらわずに首の後ろで切り落とした。風に乗って黒髪が空に舞う。西遊記の孫悟空のように、切り離した髪が全部私の分身となってくれればいいのに。

 美空は横たわる塔子のそばにひざまずいた。

「塔子さん、ごめんなさい私行きます。すぐに助けを呼んでもどってくるから」

 ただ部屋が隣だというだけで、一緒にここまで来てくれた塔子を死なせるわけにいかない。

 美空が立ち上がろうとしたその時、塔子の目がかすかに開いた。

「……美…………空」

「塔子さん、しゃべらないで。私必ずすぐに戻ってきます。もう少しだけここで頑張ってください」

 塔子がかすかに首を横にふる。

「だ……め……もう戻ってき……てはだめ……」

「いやです! 絶対!」

 塔子の手が美空の服の袖をつかむ。

「私はもう助からないよ……分かるの。内臓をやられてる」

 塔子の唇からつうっと一本の赤い血が流れ落ちる。

「あ……あなたは逃げて……私は死んだらゾンビになるのかしらね……」

 自嘲気味に塔子の唇がゆがむ。

「いやです! いやっ!」

 美空は塔子にしがみついて泣いた。その頭を塔子の手が優しく叩く。

「ひとつだけ……告白させて?」

 塔子の指が美空の唇をなぞり、そのまま美空の顔を両手ではさんで自分の顔まで引き寄せる。

「私ね……初めて会った時から美空がずっと……好きだった……」

 それを聞いた美空はぽかんと口を開けた。その半開きになった美空の唇に、塔子は自分の唇を押しあてた。そのままやわらかく美空の唇を吸った。昨晩寝る間際にまぶたに感じたあの唇のような感触は夢ではなかったのだ。美空の眼からとめどなく涙があふれた。口に広がる塔子の血の味が初めてのキスの味となった。

「もうこれでいいわ……」

 唇をはなした塔子が微笑んだ。

 美空は塔子の手をつかみゆっくりと引き離すと、そばに転がる棒を握りしめた。腰に刺したヌンチャクの存在を確かめてすっくと立ち上がる。

「ああっ……」

 塔子は手を伸ばそうとして苦痛に顔をゆがませる。

「待っててね、塔子さん!」

 美空は身をひるがえすと、扉にむかって歩いた。

 扉の向こうのゾンビたちが何体いようがかまわない。全部倒してきっと脱出してみせる。美空が塔子に同じ気持ちをいだいていたわけではない。素敵な女性だと思ってはいたが、憧れに近く、どちらかというと姉のように思っていた。だがそんなことは関係なかった。自分をそこまで思ってくれてこんな危険な場所にまで、ためらいなくついてきてくれた塔子。絶対に助けてみせる!

 美空は扉の前に立ち鍵を開けると思い切って扉を手前に開いた。その隙間からゾンビたちがなだれ込んで来る。三体のゾンビが入りこんだところで、その流れが途切れたのを見計らい美空はまた扉を閉めた。

 手を伸ばしてくるゾンビ達を塔子からはなれた位置まで誘導すると、美空は孤独な戦いを始めた。時間はかけていられない。必要なのは我が道場訓でもある一撃必殺だ。いちいち殴り倒す手間さえ惜しんで、ゾンビ達の目に棒の先を正確かつ力強く繰り出していく。一体ずつ引き離して落ち着いて対処できさえすれば、この広さがあればそれほど脅威ではなかった。戦い慣れた感のある動きで、たちまち三体のゾンビを倒し再度扉に向かう。これを繰り返せばいける! 美空は手応えを感じた。

 二回目は同じ要領でさらに二体のゾンビを倒すことができた。だが三回目の扉を開けた時、美空は背筋が凍るのを感じた。

(多い……!)

 扉を抜けてくるゾンビ達は途切れる様子もなく、次々と屋上になだれ込んできた。扉を押す圧力もこれまで以上に強く、なんとか途切れたと思った時にはすでに七、八体のゾンビが入り込んでしまっていた。扉をぬけた彼らは、すこし歩くとすぐに振り返り、美空の方にまっすぐに向かってくる。扉を完全には閉め切れないまま、美空の必死の戦いがはじまった。

 殴り倒しては突き、突いては蹴り飛ばし、あるゾンビの口に棒を突き通したあとに抜けなくなってしまった棒は諦め、ヌンチャクを振り回しながら何も考えずに戦った。何体目かのゾンビの頭を叩き割ったあと、血で濡れる地面に足を滑らせた美空の上に、覆いかぶさるようにのしかかってくるゾンビ達。その美空の眼に写ったのは押し開かれた扉と、新たに入り込んできた数体のゾンビ達の姿だった。倒れた美空の首筋にせまる顎。必死にヌンチャクの先を押し込んで守るが、その美空の引き締まった太ももに、他のゾンビのかぎ爪のような指先が食い込んでくるのがわかった。足を引き裂かれるような痛みが襲ってくる。

 


(諦める……もんか!)

 歯を食いしばり、覆いかぶさるゾンビを振り払おうとした美空の耳に響いたのは、どこかで聴いたことのある、けたたましい電子音のベルの音だった。美空に食いつきかけている二体のゾンビ以外は、みなその音に意識を向けそちらに向かって歩き出した。塔子のいるはずの方向へ。

 美空はがむしゃらに暴れて跳ね起きると、今にも美空の腿に歯を立てようとしているゾンビの頭を掴むと、その目の中に思い切り左手の二本の指を突き刺した。そのまま脳に届くまでひねりながら押し込んでいく。中指の骨がミシリと音をたてて折れたのも気にならない。動きの止まったそいつを蹴り離すと、美空の髪をつかんで首に食いつこうとしているゾンビの顎にむかって、下から肘をかち上げる。手を離したゾンビを前蹴りで突き放しておいて、ヌンチャクでその頭をたたき割ると、塔子の寝ているはずの場所を振り返った。

 音の出どころは、高く差し上げた塔子の手のひらに乗ったスマートホンからだった。最大音量で目覚ましの電子ベルを鳴らしている塔子の身体には、すでに数体のゾンビがむらがっていた。塔子の手からスマートホンが落ちる。血の噴き出す塔子の首がこちらを見ていた。その眼は一瞬微笑んだように見えたが、すぐにゾンビたちに埋もれていった。

 美空は何が起きたのかを理解した。塔子が美空の危機を救うため、自らゾンビ達をおびき寄せたのだ。

「塔子さん!」

 美空はゾンビの頭に刺さったままの棒を引き抜いて、塔子の元へ突進した。むらがるゾンビをつかんで引き離しては頭に棒の切っ先を突き刺していく。泣くことすら忘れ、鬼のような形相で戦い続けるうちに、いつしか屋上のゾンビ達はすべて床に転がっていた。美空は棒とヌンチャクを落とすと、塔子ににじり寄った。塔子の身体は目を背けたくなるほどぼろぼろに食い散らかされていた。

 美空は塔子の残骸にすがってすすり泣いた。

(失敗した……守れなかった……)

 山口という女教師が死んだのも、塔子がこんな姿になったのも自分が原因だ。本音では一人で学校に来るのが怖かったのだ。その自分の甘えで、塔子が小学校までついてくるのを断れなかったのが、目の前に横たわる無残な姿の原因ではないか。塔子の食い破られた胸に頭を乗せ、呆然とすすり泣くその美空の髪を、なでるように優しく触る手があった。

「塔子さん、生き――」

 跳ね起きた美空の顔がこわばる。片目をくりぬかれ、血だらけの塔子の顔の中で、残された眼球がぎょろりと動く。その手が美空の髪を掴んでいる。塔子だったモノが、そのままむくりと上半身を起こして美空を見る。

「い、いやだよ……」

 美空は首を横にふって力なくつぶやいた。

 その美空にむかって、塔子のゾンビはぼろぼろの身体を投げ出すようにして掴みかかってきた。美空は座ったまま力なくそれを避けた。そのまま屋上のフェンスまで四つん這いで逃げるのを、塔子もぼろぼろの身体で這うようにして追いかけてくる。二人はフェンス際で抱き合うようにしてもみ合う。塔子の歯は噛み鳴らされつつ、執拗に美空の手足や顔に食いつこうとしてくる。

「塔子さんやめてえ!」

 美空は泣きながら両手をつっぱねて防ぐ。だが、今から棒を拾いに起き上がり、塔子の頭に突き刺すなど無理だ。疲労困憊しているのもあるが、心が完全に折れてしまっていた。あの告白を聞いた後に塔子を殺す力などわいてくるはずもなかった。

 その時、半開きだった扉がギギっと開いた。その隙間からゆっくりと、新たなゾンビ達が侵入してくるのが横目で見えた。

(だめ、もう戦えないよ……)

 初めて美空は諦めた。つっぱる美空の手を塔子が両手で捕まえてその口に運ぶ。激痛とともに手の平に塔子の歯が食い込み、噛み破られて血が流れ出すのがわかる。

(噛まれちゃった……母さんたちは無事でいてね……)

 美空は全身の力を抜いた。その時だった。



「いやだ、噛まれちゃったの? 面倒くさいわね!」

 いきなり頭上で鈴の音のような声が響いた。思わず見上げた美空の眼に、あまりに場違いな物が映った。

 真っ白なブラウスの上に着た、裾の長い鮮やかな模様のついたジャンパースカート。一見ロシアの民族衣装とも見える服に身を包んだ、十二、三歳の長い銀髪の少女がフェンスの上に立ってこちらを見下ろしているのだ。その肩には頭ほどもある大きな蝙蝠がとまっている。

(コウモリってぶら下がるんじゃ?)

 頭に浮かんだその素っ頓狂な考えのおかげで美空の身体に力が戻った。手に噛みついている塔子だったモノを押しのけようともがく。

 その隣にふわっと降り立った少女が腕を一振りする。塔子だったゾンビが数メートル先まで吹っ飛んでいった。その首が身体から離れて転がっていく。

「塔子さんっ!」

「トウコさんっ! じゃないわよ」

 少女が腰に手をあてて美空を下から覗き込んだ。

 なんて可愛い生き物だろう……美空はゾンビに手を噛まれたことすら忘れ、その外人の少女の人形のように整った真っ白な顔をしげしげと眺めた。

「ほらその噛まれた手をお貸しなさいな。クジャ、その間あの死人たちの相手をしててね」

 キイッと一声鳴いた蝙蝠が少女の肩から飛び立ちゾンビ達に向かっていくと、頭上を飛び回りながら気を引いている。手を伸ばし自分をとらえようとするゾンビ達をからかうように飛び回る蝙蝠。

「ほーら!」

 少女は噛まれた美空の左手を取ると、自分の手を美空の額に当て、目を閉じて何かつぶやいてすぐ離した。

「衝撃はあると思うけど痛みは消したわ」

 そう言った少女はにっこりと笑い、手に取った美空の腕に、無造作に手刀を打ち下ろした。肘のあたりに鈍い衝撃を感じる。

(え?)

 ぽかんと口をあけた美空の眼に映ったのは、宙を飛んでいく自分の手の先だった。何が起きたか理解できなかった。左手を持ち上げると、肘から先がなくなっていた。みるみる血が噴水のように噴き出す。美空の気が遠くなる。

「大丈夫よ、ちょっと貸して」

 少女は再び美空の手を取ると、切り口から噴き出す血を大きく開けた口で受け止め、喉を鳴らして飲んだかと思うと、最後に細い舌でさっとひとなめした。嘘のようにピタっと血が止まる。

 口の周りを血だらけにして、少女は舌なめずりしながら恍惚とした表情を浮かべた。

「ああ……七十五年ぶり……」

 少女がニヤリと笑って美空を見つめる。

「間違いないわね。血のつながりを感じるわ。あなた名前はって、あら?」

 美空は今度こそ気を失った。




 頬をパチパチ叩かれる感触で、美空は眼を開けた。ぼんやりする頭で周りを見回すと、屋上のゾンビ達はみな倒れて死んでいるように見えた。

 塔子の最後の姿が脳裏に浮かび、がばっと跳ね起きると、塔子のそばに走り寄ろうとした。だが、頭がくらくらしてうずくまってしまう。

「だめよ、かなり血を失ってるもの」

 あの鈴の音のような声が背後から聞こえる。

 振り返った美空の眼に、先ほどの少女が後ろに手を組んで、こちらを見ているのが映る。

「あなた……塔子さんを殺した……!」

 美空はきっとその少女を睨んだ。しかも私の手を……

 持ち上げた左手が肘から無くなっている。なぜか全く血は出ておらず、切り口はきれいだった。

「もうあれは死人。あなたの知人だったのかもしれないけど、中身は全く別の存在」

 少女は美空に近づきながら、感情が無いかのように淡々と話しかけてくる。

「私も長いこと生きているけど、あんなのを見るのは――」

「私の手も!」

 美空は叫んだ。

 はあっと少女がため息をついた。

「仕方ないじゃない? あのままあなたも死人に仲間入りしたかった?」

「……」

「昨晩目覚めてから、ちょっと町の様子を見てたけど。あれに噛まれた人間は、ものの数分で同じように変化しちゃってたわ。多分ウイルス? っていうのだったかしら。そんなものじゃないかしら」

 少女は首をすくめた。

「同じように手を噛まれた人間がいたから、試しにすぐ切り落としてみたの。しばらく放っておいても人間のままだったから、多分あなたももう大丈夫よ」

 少女はそう言って、うずくまる美空の前に座った。

 その実験的に手を切り落とされた人間はどうなったのだろうか……

「そんなことよりあなた名前は? 美鶴って名前に聞き覚えはなあい?」

 可愛らしく首をかしげて尋ねる少女。

「美空……あなたは誰なの……?」

 尋ねた美空の前で少女は立ち上がった。その肩に、先ほどの大きな蝙蝠が降り立つ。

「私はアナスタシア。ナーシャでいいわ」

 キキッと蝙蝠が鳴く。

「人……間なの……?」

 美空の問いに少女はクスッと笑った。

「そうね……あなたたちの言葉で言うと、いわゆるヴァンパイアです。よろしくね?」

 笑った少女の口にちらりと尖った犬歯が光った。

 ヴァンパイア……吸血鬼。

 もちろん聞いたことはあるに決まっている。ホラー映画や小説ではひっきりなしに出てくる存在だ。実在していたのか、などとお決まりの感想は出て来なかった。現に、昨日から散々ゾンビなどという非現実的なものと戦ってきたのだ。

「言っとくけど、あなたの知り合いだか何だかの、あの死人の首を切り落としたのを謝ったりしないから。美空……だったかしら。私はもうあなたを失うつもりは無いの」

 腰に手を当て、その少女、ナーシャは挑むように言った。

 訳が分からないが、この可愛くて高圧的なヴァンパイアを名乗る少女には逆らわない方が良さそうだと、美空の感が告げていた。塔子の件については、この少女に自分は助けられたのだ。どのみち塔子を助けることなど、あの状態からは不可能だった。むしろ塔子の死の原因は自分にある。この少女を恨むなど全く筋違いだということは分かっていた。

 失った左手については、まだそう簡単には気持ちの整理はつかないが、泣いても喚いても、もう元には戻らない。しかも何故か血も出ないし痛みすらない。ゾンビウィルスがもしあったとして、この少女はそれから美空を守ってくれようとしたのだ。

「わ、私をどうするつもり……? 血を吸われて殺されるの……?」

 美空は座ったまま後退りした。転がっていた棒に右手が触れる。短い間だが、一緒に戦い抜いてくれたその棒をつかむと、なんとか立ちあがる力が湧いてきた。棒にすがり立ちあがると、よろめきながらも、残った右手で棒の切っ先を少女に向けて構えた。

 それを見て、ナーシャと名乗る少女は憮然とした顔をする。

「殺したりなんかしないわよ」

 そう言って、胸の前に腕を組むと、美空の眼をじっと見つめた。ナーシャの眼が光る。美空を飲み込むような光がどんどんと強さを増していく。

 美空はとてつもない威圧感を感じつつ、棒を持つ手に力を込めた。襲ってくるなら、かなわないまでも、このモンスターと戦う覚悟だ。だが、いつまで経っても彼女は襲っては来なかった。

 そのかわりに少女が、がっくりと頭を垂れる。

「……間違いなく血を引いてるようね」

「……?」

「あなたには私たちの持つ、人間を支配する力が効かないの。美鶴と同じ。祖母……いえ、年数的には曾祖母かしらね。とにかく美鶴という名の娘が祖先にいなかった?」 

 美空は黙って首を横に振った。

 美空は親戚を一切知らない。祖母や祖父だけではなく叔父や叔母も誰も知らなかった。何か、母には親戚と縁を切る理由があったようだが、その詳細については聞かされていなかった。

「ふ~ん、まあいいわ」

 少女は軽く伸びをしつつ退屈そうにあくびをした。

「私をどうするつもりなの?」

 美空は今にもくずれおちそうな体を棒で支えながら言った。

「別にどうもしないわ? ただあなたの血を飲ませて欲しいだけ。この先ずっと、あなたが寿命で死ぬまで」

「嫌だ……といったら?」

 美空のその言葉に、ナーシャの人形のような顔が曇る。

「え、断るの?」

「当たり前でしょ! 私になんのメリットがあるのそれ?」

「……おかしいわね、美鶴はすぐOKしてくれたのに……」

 ナーシャは腕を組んだままうつむいて一人でぶつぶつ呟いている。何だか非常に困っているようだ。美空はちょっと気の毒になってきた。それに正直言うと、この場違いに可愛い少女のヴァンパイアに惹かれ始めていた。美空はピンと閃いた。

「交換条件」

 美空は少女に持ちかけた。

「条件?」

「そう、頼みを聞いてくれたら考えてもいい」

 その美空の言葉に、ナーシャの顔がパッと花が開くようにほころぶ。

「いいわ! 言ってごらんなさい?」

 ナーシャは喜びを隠そうともせず叫んだ。

(結構、チョロい)

 美空は内心ほくそ笑んだ。彼女の話し振りから長い年月を生きているようではあるが、精神年齢は見た目通りなのかもしれない。

「じゃあ、塔子さんを生き返らせて」

 美空は無理を承知で口に出してみる。ヴァンパイアなどというのであれば、死んだ人間を生き返らせる技も持っている可能性も無きにしもあらずだ。

 ナーシャの眼が強く光った。

「無茶言わないで。あまり調子に乗らない方がよくてよ」

 その口調が剣呑な響きを帯びる。

 さすがに無理か……と美空は落胆を隠せず、ちらりと塔子の首のない死体に眼をやった。みるみるその眼から涙が溢れる。

「泣いても無駄よ。あの人間は私が来たときにはもう完全に魂ごと消滅していたわ。どのみち私にはまだ人間をヴァンパイアに変化させる技は伝授されてないの」

 ナーシャはまんざら優しいと言えなくもない表情でそう言った。

 美空は肘の先のない左手で涙をぬぐった。

「私のこの手も、もう戻らないんでしょう?」

 ナーシャは首をかしげた。

「それについては全く方法が無いわけでもないわ」

「え?」

 美空は思わずナーシャをまじまじと見つめた。

「あなたがヴァンパイアになれば、その手はすぐに生えてくるわ。そのかわり私の故郷のロシアまで行く必要があるけど。さっきも言ったけど、私ではまだ出来ないから」

 ナーシャはそう言って近づいて来た。

「でも、私はそんなことさせるつもりはないわ。あなたをヴァンパイア化させたら、その血が飲めなくなるもの」

 ナーシャはチロリと尖った舌で唇をなめた。

 もちろん美空にもヴァンパイアになどなるつもりは無い。このまま左手を失った状態のままだとしても。

「じゃあ……」

 一つため息をついた美空は、母と弟に思いをはせる。今どこで何をしているだろう。

「私の母と弟を探すのを手伝って。そうしたら血でもなんでも好きにしていい」

 美空が口にしたその条件に、ヴァンパイアの少女ナーシャは小悪魔のような笑みを浮かべた。

「いいわ、探してあげる。あなたと血のつながりのある家族なら、ある程度近づけば匂いで分かると思うの。でも私にも条件があるわ」

 ナーシャはさらに近づくと美空のあごに手をかけて言った。そして自分の小指を口に入れると、その指の先を尖った歯で噛み破った。赤黒い血がどろりとしたたり落ちるのを美空の顔の前に差し出す。

「これを飲みなさい。大丈夫、死にはしないわ」

 ナーシャのその言葉と、目の前に差し出された赤く濡れる指先に美空はたじろいだ。

「ほ、本当に一緒に家族を探してくれるの……?」

「約束するわ、これを飲めばね。ほら」

 さらに押し当てられたそのナーシャの指先を、美空は恐るおそる口に含んだ。そのまま口内に広がる液体を喉の奥に流しこむ。

 瞬く間に美空の体内に、何か力強いものが駆け巡った。多量の失血でふらふらだった身体に力が戻る。いや戻るどころか、かつてない程に力が満ちてくる。今からでもゾンビの十や二十は蹴散らせそうなほどだ。

「これであなたと私の精神が繋がったわ。もうどこに居ても心の中で呼びかけさえすれば、私にメッセージを送ることができるわ」

 ナーシャの言葉通り、美空の体内に駆け巡る力とは別に、心の奥底に何か強く呼びかけるものが居座っている。それは目の前の少女そのものと言っても過言ではなかった。

「それに」

 ナーシャは言葉を続けた。

「私たちの血は、人間には特別な力があるの。効果は一、二時間程度だけれども、筋力と五感が全て向上しているはずよ」

 その言葉に誘われるように美空は背を伸ばし、右手に握った棒を一振りした。片手にもかかわらず明らかに今までとは棒の先に乗った力が違った。一撃でゾンビの頭を砕くことが出来そうだ。

(もう少し早くこの力があれば……)

 無限に湧き上がるかのような力の強さとは裏腹に、美空の胸に無力感がこみ上げる。再び塔子の方に顔を向けると、その無残な姿にこらえきれず涙をこぼした。この泣き虫だけはいくら力が増しても直りはしないのだろう。

 美空は球技場のある方角を向いた。広域避難所のある球技場はまだ行ったことが無いが、丘の上を目指せば辿り着けるだろう。

「私はこの先の球技場に行くわ。母と弟が逃げ込んでいるかもしれない」

 美空は棒を脇に抱えると、落ちているヌンチャクを拾いあげてズボンに差し込んだ。

「一緒に来てくれる?」

 美空はナーシャに問いかけた。か細い少女の見た目に反して、手の一振りでゾンビの首を切り飛ばすようなモンスターが一緒であれば正直心強い。これから先ずっと片手でゾンビの対処をしなければならないことを考えれば尚更だ。

「残念だけど時間切れ」

 ナーシャは肩をすくめて続けた。

「そろそろ太陽の下で行動するのは限界なの。まだ消滅するつもりも無いから、一度寝床に帰らなきゃ」

「手伝ってくれるって言ったのに。やっぱり血は……」

 美空はそう言って上目づかいでナーシャを見つめた。女の勘だが、なんとなくこの関係は自分のほうに精神的な優位性があるような気がしている。

「ま……待ってよ! 本当に時間が無いの!」

 ナーシャが戸惑いの表情を浮かべて叫んだ。その表情が人間の少女のように愛らしいので美空は心の中で微笑んだ。もちろん顔には出さない。

「どうしてそんなに私の血が? 人間はほかにもいるでしょ?」

 美空は単純な疑問を口に出してみた。

「それを説明するには今は時間が足りないわ。とにかく一度帰らないと本当に太陽に焼かれてしまうの。夜にまた来るわ。もう繋がったのでどこに行ってもあなたの居場所は分かるから」

 ナーシャはそう言って、すうっと宙に浮かび上がった。ヴァンパイアが空を飛べるなどと聞いたことはないが、よく見ると背中に蝙蝠の羽根のようなものが生えていた。パタパタと動くその羽根すら妙に可愛らしい。

「じゃあ私はここに置き去りなの? ゾンビはまだうようよしているのにこの手なのよ?」

 美空は伸びあがるようにして左手をナーシャに突きつけた。正直言うと、ナーシャの血を飲んでから身体中に力があふれている。ここを突破し単身で校舎を出る手応えもあった。だが腕まで切り落とされたのにこのままあっさりと彼女を帰すのも癪だし、少し意地悪してこの少女を困らせてやろうという気持ちが無くはなかった。

「交換条件でしょ? ちょっとそれはひどいと思うの」

「私だってまだ血をもらってないわ」

「さっき私の腕を切った時に飲んでた!」

 美空はナーシャを見上げて叫ぶ。腕を失った衝撃が今さら現実味を帯びて襲いかかってくる。涙ぐんだ美空はキッとナーシャを見つめた。

 ナーシャは空中で腕を組むと、美空を見下ろした姿勢のままその涙を見つめて考え込んだ。

「……分かったわよ。でも少しは妥協しなさい。今すぐにというのはどうしても無理。どこかこの建物の中か近くに陽の光が届かない部屋はあって?」

 ナーシャはそう言って再び屋上に降り立った。背中の羽根はいつのまにか消えている。

 美空はその場所をすぐに思いついてうなずく。

「ある。体育館の横の倉庫」

 美空はそう言って、フェンスに近寄ると、そこから見える体育館の脇の倉庫を指さした。

 ナーシャは美空の横に立つと、目を細めるようにしてその倉庫を見た。

「倉庫ね……ほこりっぽい雰囲気満々。まあいいわ、あそこに行くわよ」

 そう言うとナーシャはすたすたと扉に向かって歩き始めた。

「言っておくけどあなたが先頭で戦ってね。その様子だと戦えるんでしょう? 私、あの死人どもにあんまり触りたくないから」

 ナーシャは扉をあけ放った。そのまま無造作に校舎の中に入っていく。美空も棒を手に慌てて後に続いた。扉の先の四階へ続く階段には数体のゾンビが待ち構えていて、すぐにこちらへ向かってきた。

「危なくなったら助けてあげるから。ほら急ぐわよ」

 いつの間にか後ろに回ったナーシャが美空の背中をトンと叩いた。

 美空はゾンビ達を向いたままうなずくと、目の前にせまった最初のゾンビの頭に右手の棒を軽々と突き入れた。ナーシャの血から得た力のおかげか、常温のバターに突き刺したナイフのようにあっさりと棒の先はゾンビの脳を突き破る。

「やあっ!」

 美空は気合を発して崩れ落ちるゾンビを蹴り落とすと、階下のゾンビ達に飛びかかっていった。その後ろを肩に蝙蝠を乗せた少女が悠々と降りていく。

 ゾンビ達に美空が囲まれて窮地に陥る度、ナーシャの手が一閃し、美空につかみかかろうとするゾンビの首が宙を飛んでいく。

「最初からそうしてよ!」

 美空は喚いた。喚きつつも、首の後ろで切り払って短くなった黒髪を振り乱しながらゾンビ達を突き、蹴り倒しながら進む。

「いやよ。なるべく触りたくないもの。それよりその髪どうしたの? クジャからは美鶴そっくりの美しい長い黒髪だと聞いてたのに」

 ナーシャは宙に浮いて血しぶきを避けながら、まるで目の前の戦いなど起こっていないかのような平穏な声で問いかけてくる。こっちは必死だというのにまったく腹立たしい。

「戦うのに邪魔だから切ったの!」

 美空は掴みかかるゾンビを体落としで転がしながら叫んだ。空手の型の動きの中にも、いくつか柔道や合気道に通じる柔の技が隠されている、とよく言っていた師範の声を思い出す。その動きが今も無意識に出ているのだ。母と弟が見つかったら、師範の行方も探しに行かなければと考えながら、転がったゾンビの頭に逆手に持った棒を思い切り突き通した。

「……なんてもったいない」

 ナーシャの整った顔が失意でゆがむ。

。そんな場合か、と思いながらも美空の戦いぶりは勢いを増し、次々とゾンビ達を倒していく。気が付いた時には一階の昇降口の前まで降りてきていた。

 昇降口をあけ放ち、美空は校庭に飛び出した。そこにもゾンビ達はまだかなりの数がいるにはいたが、校内から出られた解放感が大きい。むらがるゾンビ達をなぎ倒しながら体育館まで走り抜けると、脇にある倉庫の扉に駆け寄る。

「鍵が――」

 美空が言い終わる前に、後ろから来たナーシャの指が錠前をトンと叩く。力を入れたようにも見えないが、錠前は弾けて飛んで行った。扉を開けると中にはマットやボール、運動会で使う道具などが積まれている。倉庫に窓は無いので扉を閉めると陽の光は届かず真っ暗になるはずだ。

「ここでいい? というか、何をするの?」

 美空は振り返りながら聞いた。

「いいから早く入って。干からびちゃう。扉も閉めてね」

 ナーシャはそう言うと、美空を突き飛ばすようにしながら中に入った。扉を閉めると、たちまち倉庫内は真っ暗になる。だが懐中電灯はリュックに入ったまま屋上に置いてきてしまった。

「何も見えないわ」

「大丈夫よ。クジャ?」

 ナーシャの声と共に、バサバサと羽の音が天井に向かった気配がしたかと思うと、やがてぼんやりと天井で何かが光り始めた。見上げると二つの丸いものが光っている。あの蝙蝠ね、と美空は思った。ぶら下がった蝙蝠の目が光っているらしい。クジャというのがあの蝙蝠の名前のようだ。

 かろうじて辺りが分かるくらいの光を頼りに扉の鍵を探したが、どうやら内側から鍵はかけられないようだ。目を凝らし、倉庫内にいくつか転がっている競技用かなにかの棒を一本拾い上げると扉に心張り棒をかませる。これでゾンビは入ってはこれまい。

「やっぱりほこりっぽいわ……」

 ナーシャはうんざりしたような声でそう言うと、薄暗い倉庫内を見回し、床にころがるマットを足で広げ、その真ん中に座ると自分の隣を指し示した。

「美空、あなたもお座りなさいな。聞きたいことがあるのでしょう?」

「私はここでいい」

 美空は少し離れた跳び箱に腰掛けた。

「で、ここに入ってどうするの?」

「もちろん寝るの」

 ナーシャは当たり前なことを聞くとばかりに肩をすくめた。

「寝る……って。いつまで?」

「太陽が落ちるまで、と言いたいところだけど、不満みたいね」

「当たり前でしょう! 私は今すぐ家族を探しに行きたいの! 手伝ってくれないのなら、私は一人で行くからもういい」

 美空は跳び箱から飛び降り、そう言い放って立ち上がった。

「待ちなさいってば。話を聞きなさいよ。ほらここに来て座って?」

 落ち着き払ったナーシャの声。その手が自分の隣をトントンと叩く。

 美空はしぶしぶと少女の隣に腰を下ろした。

「さっきも言ったけど、私とあのクジャなら、ある程度離れていてもあなたの家族の血や肌の匂いを感じることが出来ると思うの。だから焦らないで」

 そう言うと、ナーシャは傷ついた美空の左手を抱え込んで身を寄せてきた。その仕草と薄闇に浮かぶ少女の表情がやけに嬉しそうな様子なので美空はたじろいだ。

「あ、あんまりくっつかないで」

「いいじゃない。だって……七十年以上ぶりなんですもの」

 ナーシャは美空の首筋に顔を近づけると、犬のようにくんくんと匂いをかいだ。

「ちょっと、やめてよね! それよりいつまでここにいればいいの?」

 身を寄せてくる少女の身体から届く、蠱惑的なえもいわれぬ香りに困惑しながら美空は聞いた。香水とも違う、妙に心がざわざわする香りだ。

「私もいい匂いでしょう? 私たちの身体からは自然と香るのよ。人間を引きせて魅了して血を吸うためにね、ふふっ」

 笑いながらナーシャが言った。

「いいから答えて。いつまでここにいるの?」

「そうねえ……まあ本音を言うと明日まで寝たいけど、最短で三時間ってとこかしら? その代わりお願いがあるの。もう一度血を飲ませて」

「えっ」

 美空は思わず身を引いた。

「そんな顔しないで。あなたもかなり血を失ったばかりだし、ほんの一口でいいの」

「……」

「あなたは間違いなく、美鶴の血を受け継ぐ娘。その血を飲んでひと眠りすれば、またすぐ太陽の下でも動けるようになるわ」

「それどういう理屈?」

「説明するの面倒くさいからしない。血と古い術のおかげとだけ言っておくわ。でも飲まないとまた明日まで太陽の下に出られないわ」

 美空は考え込んだ。助けられたのは確かだし、色々特殊能力を持っていそうなモンスターなのでいざというときは頼りになりそうだ。それにナーシャの話を信じるのであれば、母と弟を匂いで感じることができると言っていた。広域避難場所の球技場にいるかどうかも分からない状況で闇雲に探し回るより、その力に頼るほうが二人を見つける確率ははるかに高いかもしれない。

「……分かった。どうしたらいいの?」

 美空は心を決めて言った。この様子なら取って食われはしないだろう。家族が見つかるのなら血などいくらでもくれてやる。

「いい子ね。じゃあそこに寝て気持ちを楽にして」

 美空はマットに仰向けに寝転んだ。その腕の中に少女の身体がもぐりこんでくる。

「な、なにを――」

「黙って」

 美空の頭の後ろに手を回し、首筋に顔をうずめたナーシャの口にちらりと細く長い牙が光ったかと思うと、その尖った先が美空の首の根元にずぶずぶと埋まっていく。美空は一瞬のちくりとした痛みと共に、血が噴き出すのを感じた。そこに少女の柔らかく冷たい唇が覆いかぶさり強く吸い付いてくるのが分かる。不思議ともう痛みはなかった。

 美空は初めて血を吸われる感触に思わず身震いした。不気味なものを感じつつも、なぜか甘美な感覚がナーシャの香りと混じりあうようにして波のように繰り返しおそってくる。

「ううっ」

 思わず美空は声を上げていた。

(やばい……ちょっと気持ちいい……かも)

 美空は無意識に腕の中の少女の身体に手をまわしていた。それに応えるようにナーシャの牙がいっそう深く美空の白い首筋にうまっていく。美空はだんだん気が遠くなってくるのを感じた。

「ま、まだ? 少しくらくらしてきた……」

 そう訴える美空の首からやっと思い出したようにナーシャの牙が離れ、ペロりと傷口をなめる。たちまち傷がふさがり血が止まった。

「あら、ごめんね? 久しぶりすぎてちょっと夢中になっちゃったわ」

 そう言って頭を上げたナーシャは、名残惜し気に美空の首筋に残る血の跡を見つめながら唇をなめた。

「ああ……たまらないわ」

 ナーシャは指先で美空の血の跡をなぞりながらつぶやいた。唇からのぞく細い舌が物欲しげにうごめいている。

 放っておくとまた吸いつかれそうだ。美空はあわててシャツの襟をあわせて首を隠した。

「ふん。まあいいわ。満足したし寝るわね」

 ナーシャはそう言うと、また美空の腕の中にもぐり込んで目を閉じた。

「ちょっと!」

「あなたも少し休みなさい。起きてまだめまいがするならまた私の血をあげるわ」

 ナーシャはそう言うと美空の抗議には耳も貸さず、その胸に頭をおしつけたまま、あっという間に眠りについてしまった。美空は体勢を確保するため、やむを得ずナーシャの細い腰に手をまわして支えた。身をくねらせた少女の口から満足げな吐息がもれる。

 天井の蝙蝠の眼からすっと光が消え、倉庫内は闇に包まれた。

 何も見えない暗闇の中、外を歩き回るゾンビ達の足音を聞きながら美空は今日の出来事に思いをはせた。腕の中の少女はモンスターと思えないほど軽く細い。だがやはり人間ではない証拠に、体温がほとんど感じられなかった。戦い続け、疲れ切った身体をたちまち睡魔がおそう。起きたら色々と聞けなかったことを聞かなければ。その思いと共に美空は睡魔に身をゆだねたのだった。

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