SUB-chapter6-A: 異世界のはじめて
サブストーリーです(TS要素強め)
異世界に来て二日。今日は朝から散々だった。いい年した大人がお漏らしとは…… 。落胆しながら自分の身体を見れば、濁った白色のワンピースに起伏の無い体つきが見える。本人から見ても幼女そのものだった。
意識しないようにしていたが、随所に身体の変化を感じてはいた。体力が極端に落ちたのもそうだが、急激な体格の変化に頭が追い付いていないようでよく転ぶし、声を出してみればちょっと気を抜くとすぐに舌足らずになる。
「はあぁ」
深くため息をつくとヨナが心配そうに俺を見つめていたので、頭を振って気持ちを切り替えた。
「わしが丹精込めて作った飯に向かってなにか文句があるのかのう? 」
アンナさんが怒気を込めた口調と鋭い眼光で俺を睨み付ける。ぶるっと身体を震わせて縮こまる。眼前の食卓には緑色の雑草を汁につけこんだものがあった。味は…… 。とりあえずお腹は膨れるのだ。一応ね。奈落の現状を考えれば、食べられるだけでも十分幸福なことだ。ましてや、俺はただの客人。文句などあるものか。
「いえ、誤解です! こ、これとってもおいしいです」
「見え透いた嘘をつくんじゃないよ! 」
軽くだが、アンナさんに小突かれる。俺は頭を小さく下げて謝罪した。気まずい空気の食卓から早く抜け出したくて、草スープをかきこむと席を後にしようとした。
立ち上がると、ほんの少し寒気のような震えとお腹のあたりに違和感を覚えた。しばらく、お腹をさすっているとそれが尿意だと理解した。トイレに行きたいと考え始めると、膀胱に溜まったそれが出口めがけて流れ落ちてくる。必死に漏れ出ないように力を込める。
「イリス。どうしたの? 大丈夫? 」
ヨナが不安を滲ませた表情で俺を覗き見る。
「あ、あの」
トイレに行きたいと言いたいだけだったのだが、言葉がでてこなかった。食事時にしもの話をするのも憚られるし、何よりトイレに行けてもどうやってすれば良いのだろう? そう考えたら、なんて言えばいいのかわからなかった。羞恥心と混乱が入り混じる。
「食事時にご、ごめんなさい! お、トイレはどこに…… ありますか? 」
「トイレ? あー。厠のことね! すぐそこだよー。ついてきて! 」
一瞬困惑した様子だったヨナ。俺の様子を見て察したようでトイレまで案内してくれるようだった。俺は彼女の後を追った
「あっ、ありがとう」
外に出ると、静かな暗闇が世界を支配していた。ほんのりと柔らかい光が大きな月から降り注ぐ。月よりも星の煌めきの方が強い光で輝いている。日本のような人工灯はない。ただ、自然の明かりに包まれた幻想的な光景だった。
吹いているかもわからないぐらい弱い風が流れれば、冷たさが身体の芯まで響いてくる。体温が下がると余計に尿道を流れるものの感覚を強く感じる。ぎゅっとお腹に力を込めながら、自然と前かがみになってしまう。
ヨナの後に着いていくと家からすぐ近くに厠があった。木製の小屋のような形で、簡易的な仕切りしかない。道中ヨナに奈落のトイレ事情を聞いた。どうも、奈落の住民は大体適当なところで排泄してしまうそうだ。ただ、ヨナの家のように近くに厠があるとそこで用を足す住人も少数だがいるようだ。
簡易的とはいえ、ヨナの家に厠があってよかった。少女の姿になって野外の開放的な光景で用を足す。そんな恥ずかしいこと俺にはできそうにない。
ヨナに案内されるまま、厠の簡単な仕切りを開いて中へ入る。
「わたしは外で待っているね」
厠の中に入ると、扉をヨナが閉めて言った。
「あっ、あの。ヨナ。ちょっと聞いてもいい? 」
「ん? なぁにー?」
どこか気の抜けたヨナの返事が聞こえる。俺にはどうしても聞かなければならないことがあった。ちょっと聞くこと自体がはばかられる内容なだけに、顔面が熱くなっていくのを感じる。
「女の子ってどうやってすればいいの? 」
「んー? どうやってって。いつも通りすればいいんだよ」
一瞬静寂になった。しばらくして、戸惑った口調でヨナが聞き返した。
「…… 。いつも通り? 」
俺はただその言葉反芻するしかなかった。いつも通りなら、息子片手にすればいい。やり慣れているさ。でも、女の子はどうやってすればいいのだろう。改めて考えたらよくわからなくなっていた。
「イリスが住んでいたところだとどうやってたの? あー。そういえば厠見て驚いてたもんね」
自分の身体のことなのに、生理現象の対処法もわからないなんて…… 。馬鹿にされてもおかしくない。だが、幸いなことに、厠の様式が違うから戸惑っていると勘違いしてくれたようだ。
「あわわぁ。ちょっとヨナ」
ヨナが納得した様子でそう言うと、ガタンと厠の扉を開けた。戸惑いながら、羞恥に悶えながら立ちすくむ俺とヨナが向き合った。
「あっ、ごめんなさい。勝手に入っちゃった」
俺は気まずくて俯いていると、気を使ったヨナが謝ってきた。確かに、普通の人が急にトイレに押し入ってきたら失礼だと思うが、今回は俺が頼み込んだことだ。なんとも思っていないと伝えた。
ヨナは納得した様子で頷くと、厠の使い方を解説してくれた。俺はそれに倣ってポーズを取る。
「この穴にまたがるように立って、しゃがんですればいいんだよ」
厠の排泄物を貯める穴に跨って屈んだ。パンツを下ろそうと思ったが、気恥ずかしさで頭がぐるぐるしていた俺は固まっていた。
自分の性別が男だと思っているからか、女性ものの下着を履いている自分への嫌悪感がチクリと心臓を刺す。今の自分の姿は他所の女の子を操っているような感覚で、その子の下着を勝手に下ろすことに罪悪感のようなものを感じていた。まして、排泄のどさくさに紛れて女性の秘部を見ることに羞恥心でいっぱいになる。
「そうそう、あ。ちゃんとスカート捲らないとダメだよ!! 」
石造のように固まる俺にヨナが言った。戸惑って固まっていると思ったようだ。彼女は手伝うために、スカートをたくし上げて腰のあたりでまとめた。
「あ、ちょっ。自分で。できるよっ! 」
下着も下ろそうと手にかけたあたりで我に返った俺は、ヨナを制止した。危ないところだった。幼女に脱がしてもらって排泄する大人とか。どこの変態プレイだろう…… 。
「これでだいじょうぶっ! ここちょっと汚いからね。油断するとすぐお洋服汚れちゃうんだよねー」
確かに、周囲は糞尿とか泥で汚れていた。できれば…… 。いや絶対に服を汚すのはごめんだ。
「ありがとう! あっ、ちょっと」
「なあに? 」
お礼を伝えつつ、ヨナに呼びかけた。その後の言葉もすぐに言えばよかったのだが、言葉に詰まってしまった。改めて伝えるとなると、勇気がいる話だった。
「あ、あの。用を足したいから…… 」
「?」
ヨナがなんだろうと首を傾げてきょとんとした顔でこちらを見つめる。凝視されていると余計に気まずかった。そんなに見られていたら、出るモノもでない。恥ずかしいので外に出ててほしい。
「外に―― 。あっ」
急に尿意が限界を迎えた。止めどなく襲う波がこんな最悪のタイミングで堤防が決壊しそうになった。また、漏らすわけないはいかない。咄嗟にパンツを下げると、音を立てて決壊した水が零れ落ちた。
燃えるような顔とバクバクとうるさく鳴り響く心臓。穴があったら入りたいほどの恥ずかしさで、ヨナを直視できなかった。一日分溜まりに溜まったそれはそうそうに途切れることもない。俯きながら羞恥心に震えていると、ヨナが心中察した様子で慌てて言った。
「ご、ごめんなさい。外に出てるねっ! ごゆっくり!! 」
ヨナが厠の外に出た。扉の隙間から彼女の影が映りこみ、近くで待っていることがわかる。夜の静寂に、厠の底に水が落ちる音が木霊する。早くこの場を離れたくて、お腹に力を込めていた。
しばらく、そうしているとお腹の不快感は綺麗に消えていた。スッキリした感覚を覚えながら、この罰ゲームのような状況が終わりを告げたことに安堵していた。
下着を履いてまとめたスカートを広げた。ポンポンと叩くように皺を取って、厠の外に出た。