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chapter6: ヨナとミルラの薬草栽培

ゴロゴロと龍が喉を鳴らすような天気の中、大粒の雨が降りしきる。アンナさんと向き合っていた。


「あんたぁ。こんな大雨の中。どこさほっつき歩いとる」


全身泥まみれで土の匂いが鼻につく。水気を含んだ洋服が肌に張り付くとひんやりとした不快感が身体の芯までしみ込んでゆくと、その冷たさにぶるっと震えた。ヨナの家に到着すると、そこには仁王立ちで腕を組むアンナさんがいた。


「ごく潰しが一人増えてこっちは大変なんだ。遊んでないで少しは家のことでも手伝ったらどうなんだい! 」


奈落の現状を見れば、居候が一人増えるのはとてつもない負担だ。事実だからとても心苦しく申訳なかった。早く自立して恩返しをしたい。


「ご、ごめんなさい」


「謝ればいいってもんじゃないんだよ。さっさと着替えてきな」


そう言い放つと杖を地面に叩きつけて、ガツンと音を立てながら不機嫌そうにどこかに行ってしまう。


「は、はひぃぃ」


部屋の奥でごそごそ服を脱ぐ。肌に張り付いた洋服が剥がれると素肌が外気に晒される。身体の芯から凍えるほど寒い。


俺の洋服は転生時に着ていたワンピースが一張羅だ。下着は現代風のお子様パンツとヨナのお古のドロワーズを使いまわしてどうにかやっている。不幸なことに唯一の洋服は濡れており、替えの服も急な悪天候でびっちょりだ。


極力自分の身体を見ないように気を付けながら、ドロワーズを降ろして適当なところにかけて干しておく。他に着るものもないので、裸のまま毛布代わりに使っていた布にくるまる。


「くしゅん。さ"む"い"ぃ」


藁を積み上げただけの粗末な布団に腰を下ろす。やはりちゃんと身体を拭かないと肌寒い。かといって、この布をタオルに使えば着る服がない。裸のままというのもつらい。


ガチガチと歯を鳴らして凍えていると、ふと視界の端に人影が見えた。

その人物は柱からちょこんと顔を出してこちらを見ている。俺が視線を柱の方にやると、黒髪の少女はそそくさ物陰に隠れてしまう。


「ヨナ? 」


バタバタと足音を立てて、ヨナが俺の方へ駆けてくる。その手には自分の白いボロボロの毛布を抱えていた。


「これ。使って」


ヨナが毛布をくれたので上から羽織るように纏った。

布が二重になったお陰か幾分快適になった。


「ありがとう。助かるよ」


「よかった」


ヨナが俺の目の前に立つと気まずい沈黙が流れた。どんどん強くなっている雨音がうるさく響く中、次の言葉が喉元から出てこなかった。するとヨナが意を決したようで俯きながら言った。


「イリス。ちょっといい? 」


「ん? なに? 」


もっと気の利いた答え方があったのではないかと後悔した。


「ごめんなさい。私イリスを避けたりして」


ヨナはこれでもかっていうぐらい頭を下げている。もちろんヨナに非がある話ではない。センシティブな話題を無配慮に言ったが原因で、責められるべきは俺である。


「いやいや、ヨナは悪くないよ。俺が悪かったんだ。無神経なこと言ってごめん」


ヨナが顔をあげる。目の淵は真っ赤になっていて今も大粒の滴が淵から今にも零れそうだ。いつもの明るく元気な表情は影を潜め、どこか憂い顔で、風邪で喉が枯れたような掠れた声で言った。


「ううん。違うの。イリスから聞かれたこと。私、気にしてないよ。いつかこんな日がくるって思ってたから。

私がハーフエルフだって聞いたとき、イリス全然気にしてなかったよね。


今まで会った人たちはみんな私がハーフエルフだってわかると、避けるようになって。

だからイリスもきっといなくなっちゃうんだって。そう思ったら怖くて。つらくて」


気が付けばポロポロと零れ落ちて地面に染みをつくってゆく。


「絶対にいなくならないよ。そんな理由で離れていく奴らはろくでなしなんだよ。

それに関係ないよ! ハーフだとか、エルフだとか。大きなくくりではおんなじ人間じゃないか!! 」


ハーフエルフだから。そんな理由でヨナを避けるなんてあり得ない。どこの世界でも人種による差別はある。でも少なくても俺はみんな平等であるべきと強く思う。


「イリスは世間知らずだから、ハーフと付き合うことがどういうことかわかってないんだよ。

初めてできた友達だったからとっても嬉しくて。その子がハーフエルフの私を差別しなくて、私の夢も応援してくれた。


森でホワイトウルフに襲われた時は私って不幸だなって思ったけど、イリスと出会えて私。神様にすごく感謝したよ。

だから言い出せなかった。イリスが世間知らずだなって気が付いたとき、いつかきっと私がみんなから嫌らわれている存在と知ってしまう。そしたらきっと私の大切なただ一人の友達がいなくなっちゃう。」


何度も涙がぐっと堪えようとして声を詰まらせる。それを拭うこともなく、床に音を立てて落ちた。頬と瞳は深紅に染まっているにも関わらず、どこか色の抜けた表情でこちらを見る。


俺はとめどなく流れる滴を優しくすくいながら言った。


「ヨナ。みんながどう思っているかは関係ない。

確かに俺はこの世界のことに疎い。でも何を知ろうが、ヨナを嫌うようなことはない! 」


俺はありのままの感情を吐露した。ヨナは気まずそうに視線を逸らすと抑揚のない声で言った。


「ほんとうに? 後悔しない? 私たちこれからも友達ってことでいいんだよね?? いなくなったりしないよね? ずっとずっと。一緒だよね? 」


ヨナは身体を縮こませて足は小刻みに震わせている。俺の返答を横目で確認しつつ、時折首をすくめている。


「ああ。もちろん! 約束するよ。これからもずーっと仲のいい友達だ」


目をパチクリさせて俺を凝視する。そして―― 。

ヨナは俺に飛びついてきた。感極まった様子で、離さないぞと言わんばかりに強く何度も何度も俺の脇腹に回した手に力を入れた。


その後はダムが決壊したように声を上げて泣き続けた。自身が包まっている毛布に、ヨナを迎え入れて落ち着くまで慰さめ続けた。


涙が枯れつくした頃、ヨナと一つの毛布に身を寄せ合いながら俺は言った。


「おれ、ここにきてずっと不安でいっぱいだった。見知らぬ町に見知らぬ人たちがいて何一つ。俺の知るものがなかった。だから偶然ヨナと出会えて本当によかった。あのままだったら俺はあそこで野垂れ死んでいたかもしれない。


むかし、人から避けられたり侮辱の汚い言葉を投げかけられたことがある。その時にね。吐いちゃったんだ。でもその時、誰も俺を心配してくれなかった。まぁ嫌われてたからね。ざまぁみろ、としか思われなかったんだ」


「ひどいよ! 人が苦しんでいるのに。その人たちに思いやる気持ちはないの!! 」


「だから奈落にきてここの状況を見て吐いてしまった時、ヨナが優しく気遣ってくれたことが嬉しかった。見知らぬ土地だけど今の俺を心配してくれる友達がここにはいるってね。


それに、むかしはただ無気力に生きてきたけど今はヨナの夢を叶えるっていう目標もできたし! ヨナからいろんなものもらいっぱなしだ。いつか恩返ししないとね」


思い返してみればヨナと出会わなければ森を抜けられたかどうかも怪しい。森を彷徨い歩いて魔物に襲われるか、食料もなくて飢え死にか。悲惨な未来しか浮かばない。


例え町に着いても、お金を持っていない俺は上の町には入れなかっただろう。そして何より、奈落にきてあまりの惨状に吐いてしまった俺を介抱してくれた彼女の優しさは俺が長年求めていた暖かさだった。


だからこそ、彼女の夢を叶える手伝いをしたいと思った。この町を救うなんて英雄や勇者の仕事だ。俺にはできっこない。でもヨナなら、叶えられるかもしれない。歳の割に行動力も知恵もある。俺よりは実現できる可能性は高そうだ。なにより友の願いだ。他人がなんと言おうと俺は最後までヨナに寄り添い続けよう。


「ふふ。イリスまるでこの世界の人じゃないみたいな言い方だね」


「ぎくっ。いやぁ。チガウヨ。言葉の綾だよ」


勢いあまって思ったことをそのまま口にしてしまった。不信に思われると焦燥感に駆られる中、言い訳を考えるがうまくまとまらない。浮かんでは消えて妙案は浮かばない。気が付けば、手が汗ばんで濡れていた。


「イリスがそう言うなら、そういうことにしておいてあげる。


私からいっぱいもらったって。イリスは言うけど、私だってたくさんもらってるよ。

こんな私を受け入れてくれたし、命を救ってもらったり。だからさ、恩返しとか考えるのはやめよう。

と、友達なんだし」


充血した目に頬を紅く染めてにっこりとほほ笑む。泣いて後のぐちゃぐちゃの表情から、一転して晴れやかな顔になって彼女を見ていると鼓動が大きく跳ねる。


「友達同士で貸し借りってのは変だったね」


嵐のように激しく動揺する心を隠すように俺は早口で答えた。


「きゃぁあああああ」


突然だった。大地を叩き割るような雷鳴が轟いた。外から差し込む光が一層強くなり、白の閃光に包まれる。


「うわー、びっくりした。

って。ヨナどうしたの? 」


驚きすぎて呼吸を忘れ、心臓がはち切れそうに鼓動する。ヨナを見れば小動物みたいに小さくなって、異様に怯えた様子で俺にしがみついていた。


「か、かっ、かみなりこわいよぅ……」


そういえば俺も幼い頃、雷とか幽霊が嫌いだった。怖くてよく母さんと一緒に寝たっけな。


「大丈夫。家の中なら雷は大きな音がするだけで安全だよ」


山から見たこのパスティーユの外観から奈落は低地にある。雷が落ちるにしても上の町だろう。


「う、うん。しばらくこうやってていい? 」


ぎゅーっと俺の手を握りしめながら身体を寄せる。俺は布団の中では素っ裸だったので少し気恥ずかしさを感じながらも応えた。


「ひぎゃっ。 なに? 」


奥の物置からガツンと音がした。ヨナは感覚が鋭敏になっているのか大きく身震いをして、ちょっと痛いぐらいに強く抱きついてくる。あまりにも必死にくっついてくるので、言い出すタイミングを失ってしまう。仕方がないので我慢して耐えた。


「なんか落ちたみたいだね」


安心させるため雷ではないと伝えた。よくよく目を凝らせば影が動いたような気がした。誰かいるのだろうかと思ったが、アンナさんは裏の離れの方へ行ったはずだ。


もしアンナさんが物置へ向かったなら、俺たちのいる広間を通らなければならない。そうすると、別の誰かがいたのかもしれない可能性がある。念のため確認しようと思い、立ち上がろうとすると―― 。


「あっ、いかないで! 」


ヨナが必死に俺に引っ張っていた。俺は再度物置の方を視線で確認してから座りなおした。


===========================================


ヨナと仲直りしてから翌日の昼下がり。家事手伝いを終えた俺たちは薬草を埋めた荒地へやってきた。台風一過の後の澄み渡る晴天で暖かな風が吹いては、はためくスカートを抑えるのに必死でうまく歩けない。


「イリス。 はやくー。こっちだよ! 」


ヨナは風を全く気にする様子もなくドロワーズが丸見えである。周囲の木々は枯れ葉をつけてひらひらと舞い散る様は日本の秋そのものだったが、今日は春の陽気を感じさせる暖かさがあった。今日は虫たちも賑やかに生を主張している。


「うーん。やっぱり枯れちゃってるね」


「残念だ」と落ち込んだ様子で、肩を大きく落としてヨナが言った。指さす方を見ればミルラの薬草は見るも無残な姿になっていた。この薬草はもう使えないだろう。


「だな。でも大丈夫! 」


俺は商人ノアからもらった革袋を取り出すと、中からミルラの薬草を取り出した。


「あー。 森に勝手にはいちゃダメってイリスが言ったんだよ! 」


頬を可愛らしく膨らませて抗議してくる。


「いや、商人からもらったんだ」


「お金持ってたの? それとも何かをあげたの? 」


今度はヨナが心配そうに見つめる。お金を持ってないのは知っているはずだし、何か変な物でも渡したと思っているのだろうか。


「急に抱きつかれて。人違いだったらしいんだがそのお詫びでもらった」


ノアと出会った経緯をそのまま伝えた。


「男のひと? 」


こくりと頷くとヨナは眉を細めて俺に近づいてきて言った。


「変なことされなかった? 」


変な事ってなんだろうと考えていてようやく思い至る。最近トイレの時以外忘れつつあったが、今の俺は女の子の姿だった。だとすると―― 。


「あ、本当に抱きつかれただけだよ。生き別れた人だったのかな? ずっと泣いてたよ」


俺がそう言うとホッと息を吐いてヨナが安心していた。いらいぬ心配をかけてしまった。もう少し言い方を変えるべきだったと反省する。


「何もされなくてもそれは怖いね」


ヨナが珍しく不機嫌そうに怒っていた。それからノアと出会った話を事細かく聞かれたので説明した。


「話を戻すと、前回と同様にミルラの薬草に魔法をかけても時間がたつと薬草のマナがなくなる。

そこで、このマナの輝石を肥料代わり地面に埋めてみようと思う。マナの輝石には石の内部にあるマナを放出する力があるしいから、うまくいけば今度こそちゃんと育つと思う」


「たしかに。うまくいきそうな気がするね! 」


「でも、一つ問題がある」


「なに? 」


ヨナは首を傾げてクエスチョンマークを頭上に浮かべている。


「輝石のマナが切れたら新しい石が必要になる。輝石が高価だとうまくいっても売れないな」


「なんで? 育てば売れるんじゃないの? 」


そこまで話して俺は逡巡した。利益とコストの説明をしようと思ったが、俺にはこの世界の価値基準がわからない。しかも、子供のヨナにもわかるように伝える必要がある。思い悩んだ結果、とりあえず身近な物に例える事にした。


「輝石を買うのにごはん一食分の価値があったとする。薬草がごはん2食分で売れればどうなる? 」


指を折り曲げながら「うーん」と唸っていたヨナだが、答えが出たようで自信満々に言った。


「1食分おかねがもらえる! 」


「そうだね。でも輝石が3食分の価値があったらどうなる? 」


「うーん。 ごはんが減る? 」


「そうなんだよ。利益にはならないからあまり意味がない」


問題はそこなんだよなぁ。俺たちは薬草で利益を出さないといけない。儲かれば奈落に物資を流入させることができるから、貧困もなくなるはずだ。利益が出るのが大前提だ。


でも、商人ノアの言い方からマナの輝石は高価な代物で間違いないと思う。

一瞬これを売ってお金にすれば良いのではと考えたが、それだと一時的に収入を得られても定常的な収益とならない。俺は脱線しつつある思考を隅に追いやる。


「じゃあ、輝石にマナが補充できれば解決だね。マナがなくなっちゃったら、前みたいに魔法をかけてみようよ」


やはり、以前の実験と同様にマナを補充するのがベターなやり方に思えた。だが、ヨナに聞いた話では魔法が使える人間もやはり貴重らしく、人員として確保するとなるとコストが高くなってしまう。


とはいえ、薬草を何らかの手段で栽培できないと何も始められない。解決策は浮かばないが、今はできることを試してみるしかない。


「ああ。マナの輝石が使えなくなったら試してみるか。とりあえず、今は埋めてみようか」


こくりとヨナが頷く。薬草4つあるので俺とヨナで2株ずつ地面を掘って、マナの輝石を底に埋めてから薬草を埋めていく。作業自体は数分で終わり、相方の進捗を確認しようと視線をやるとヨナと目が合った。


「あ、ついでに魔石も一緒に入れてみようよ」


面白いイタズラを思いついた子供のような、好奇心と遊び心に火がついた表情でヨナが俺を見つめる。


「ん? まぁ4株あるし1つだけならいいよ」


「りょーかいです! 」


両手で土を払うと俺はヨナにかつて自分が楽しんだ子供の遊びを教えた。鬼ごっこだったり砂で城を作ったりと童心に帰って楽しんだ。


太陽が地平線に近づいて空が真っ赤に染まり始めた頃、俺たちは手をつないで家路についた。明日薬草がどうなっているか楽しみだと、二人でわいわい語りながら歩いている。遠い日の子供時代が思い起こされる。どこか懐かしい一日だった。



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