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chapter5: ミルラの薬草と出会い

太陽が分厚い雲に隠れてどんよりとした天気になってきた。俺は昨日ミルラの薬草を埋めた荒れ地に再び戻ってきた。ヨナにも声をかけたが断られてしまった。昨日から俺とヨナの間にはどこか気まずさが残ったまま、それを解消できずにギクシャクしていた。


なにをすれば良いのかわからないまま、俺は実験の結果を確認するために荒野にいる。ミルラの薬草が栽培できればその話題を突破口に前みたいに話せるようになる。そんな期待を胸に二人で埋めた薬草を探す。


「うそだろ…… 」


期待とは裏腹に俺が見たのは無惨に枯れ果てたミルラの薬草だった。小枝のようなフォルムを保ちつつも真ん中から折れ曲がり、緑の葉は茶色に変色している。きわめつけに、独特のはちみつのような香りも今は腐ったたまごのような強烈な臭いを発している。あまりの匂いに鼻が痛くてたまらない。


想像以上に落胆しているようで俺は数刻ただただ呆然とミルラを眺めていた。すぐにうまくいくはずなどなかったのだ。そんなに簡単に栽培できるなら、この世界の誰かが既に見つけていてもおかしかくない。自分の考えの甘さを痛感しつつ、次にどうすれば良いか思案する。


そしてハッとなって昨日と同じようにマナの様子を見てみようと思い立った。

マナを見たいと念じたら思いのほか簡単にできた。世界に青いフィルタがかかるとすべての物体が青の濃淡で表現される。ミルラの薬草を観察すると本体の枝に薄い水色のオーラを纏っている。明らかに昨日よりも青が薄くなっていた。


つまり、青の濃度が薄いということはマナが薄れてしまったということだ。なんでマナが薄れてしまったのだろうか。俺は2つの枯れた薬草を見比べてみる。


若干の違いではあるが俺が埋めた方が青色が濃い気がする。昨日の段階でも俺の埋めた方がマナの濃度は濃かったはずだ。となると考えられるのは時間経過とともにマナが一定量ずつ減少している? 


魔法を薬草に延々とかけ続ければ良いのか? いや、それだと昨日の夕方から翌日昼までの時間でここまでマナが減っている。この減少の仕方だと人力でマナを補充する作戦は、とても労力がかかる。たとえ栽培できてもコストがかかりすぎて、利益は少なく量産もできないだろう。


とはいえ、仮説を検証する必要がある。手持ちの薬草もないので、とりあえず2つの薬草に聖救神愛≪エプリオールハイレン》をかけてマナの濃度をあげておく。


===========================================


 真っ白なキャンバスに墨を落としたように徐々に天気が下り坂になってゆく。吹き荒む風は湿っぽく、少しばかり冷えてきたようだ。俺は行くあてもなく奈落の大通りをぶらついていた。


裏通りは何かと危険だとヨナから教わったいたので人通りの多い表通りを歩く。表通りでも飢え死にしかけている者や病で倒れた者で溢れているが、裏通りはそれ以上の惨状になっているようだ。奈落の状況に慣れつつある俺でもちらっと見えただけで吐き気を催すほど醜悪な環境だった。


比較的安全とはいえ表通りでも一人では危ない。今の俺は認めたくはないが女の子になってしまった。裏通りにいる連中が、もしも表にいれば貞操の危機だってあり得るだろう。考えたくない情景が頭に浮かんで首を振って考えを中断する。緊張感を持ちつつ、慎重に周囲を警戒しながら町を散策する。


しばらく歩いていると向かいから大きな荷物を背負った青年がやってくる。ターバンのような帽子の隙間から純白の髪の毛が零れでる。高齢者の白髪とは異なる透き通った色で自然と目にとまった。


相手も俺の視線に気が付いた様子でくるっと顔がこちらを向く。俺は変な因縁でもつけられたら嫌だなと思い、そっと目をそらして早足で男と反対の方向を向く。


すると遠くからガシンガシンと固い物と物がぶつかり合う音が聞こえ始める。よくよく耳をすませば地面を強く蹴ったような小気味良い音がどんどん俺に近付いてくるようだった。俺は不審な物音を確認するため振り返ると、そこには先ほどの白髪の青年が俺の方に向かって走ってくる。


「ひぃぃぃ」


あまりにもひどい形相で走ってくるので、恐怖で変な声がでてしまう。自分よりも大きな見知らぬ男が全速力で自分に迫ってくるのだ。恐怖の感情が心の奥から広がってゆく。ましてや、今の俺には不審者に対処する力もない。


早くこの場から逃げないといけないと頭が判断しても、膝がガクガクと笑ってその場から動けない。それでも迫り来る青年の姿に、無理矢理でも身体を動かそうとしたらバランスを崩して世界が傾いた。


「ヤスミン! 会いたかったよ」


尻餅をつくと身構えていたら、俺の身体は青年に抱きしめられていた。男から逃れるため、パニックになりながら身体全体をジタバタ動かすがビクともしない。見た目は細いのに意外と筋肉質のようで、俺の渾身の蹴りを入れても固い筋肉のアーマーに阻まれる。


「ヤスミン。すまなかった。おれ、お前の言うことを聞かなくて。それに間に合わなくて…… 。つらい思いをさせてすまなかった」


青年は深い青色の瞳からポロポロと涙をこぼしてむせび泣く。突然見知らぬ男に抱きつかれて、その人がまわりの目も気にせず獣のように号泣し始めたのだ。恐怖しかない。


「ちょっ。やめ。やめろって」


俺は拒絶の意を精一杯に叫んだ。心臓の鼓動がうるさく鳴り響き、拍動にあわせて全身が震える。

これでダメなら万策尽きてしまう。必死の抵抗でも男にダメージも与えられず、抜け出すチャンスも作れなかった。震えがどんどん大きくなってゆき、ついには身体に力が入らなくなってくる。


だが、男は反応を示さず泣き続けていた。


これから起こる最悪の事態が頭を過る中、ふと男の横顔が視界に映る。目鼻立ちが調った出で立ちで、男として悔しいがイケメンと呼ばれる部類の人間だと思った。そんな青年がわんわん声をあげて泣いている。


突然男に抱きつかれて混乱してしまったが、少し冷静になる自分がいた。抱きつかれはしたが、無理やり何かをしようとする素振りはない。何か事情があるのではないかと思考を巡らせ始めた。


「ねぇ。ねぇ! って。ちょっと離してください! 」


「ヤスミン。ヤスミン。…… 。会いたかったよ」


戯言のように呟き続けるそれが人の名前だとようやく理解した。どうやら俺は()()()()という人と勘違いされているようだ。


「俺。ヤスミンじゃないです! 違いますって」


「そんな、見間違うはずがない。だってこの白の中に少し混じった金色の髪に、海のような綺麗な瞳。透き通った綺麗な声にその顔はヤスミンで間違いない。こんな瓜二つの人間がこの世に2人もいると思うか! 」


ヤスミンではないと否定すると、青年は信じられないと驚愕の色を顔に浮かべて言った。確かに彼の言う通りその特徴は今の俺の姿で間違いなさそうだった。でも俺は数日前にこの世界に転生してきた人間だ。ヤスミンであるはずがない。


「似ているかもしれないですが違うんです。なんなら、ヤスミンさんのところまで一緒に行けばわかりますよ! 」


「そんな馬鹿な…… 。いや…… 。そうか」


先ほどまで虚ろだった瞳に光が戻っていくぶん冷静になったようだ。だが、今度はこの世の終わりかというような暗い表情でうなだれている。


「一つだけ。一つだけ聞かせてくれ。君の好きな食べ物は何? 」


喉から声が出ないようでつまりながら、くぐもった声で言った。


「好きなもの? カレー! 」


つい条件反射で答えてしまったが、この世界にカレーはあるのだろうか。


「そうか…… 」


短く絞り出すように、放たれたその一言はひどく掠れたていた。俺の返答でヤスミンではないと悟ったようだった。


===========================================


青年はしばらくの間、血の気の失せたような顔で呆然と虚空を見つめていた。

やがて、我に帰って俺と自分の状況に気が付いた様子で、俺と自分を見比べて真っ青になって言った。


「ご、ごめん! 急に抱きついたりしてびっくりさせてしまって。本当にごめんなさい!! 」


真摯に何度も何度も謝罪をされたことと、もう疲れ果ててしまった俺は怒る気力もなかった。

青年から脱出するために暴れ続け、その後抱きつかれたまま身動きが取れない状態でいたいのだ。疲労困憊である。


「もういいって。人違いだったんだろ? 」


「でも急に女の子に抱きついたりして。怖かっただろ? 」


「そりゃそうだよ! 怖かったよ。ちょっとチビリそうだったよ!! 」


比喩だからな! 今回は漏らしてないぞ! でもそのぐらい怖かったんだ。思ったままを伝えたところ、青年はどこか気まずそうに視線を逸らした。


「本当にごめん! 」


「くどい! もういいって」


「謝るだけじゃ俺の気が済まない。あっ、そうだ!

俺、商人やってるから何か必要な物があれば無料タダであげるよ! 」


「しょうにん? 変態の商人…… 」


青年が身に着けている服は軽装だったが、よく見れば背中に大きなカバンを背負っていた。商人と言われればそう見えなくもないが、腰にひっさげた剣の方が振り回している方が似合っているような雰囲気だった。


「ぐはっ。事実なだけに言い返せない…… ! 」


男は俺が見ても羨ましいぐらい見た目は整っているのに、他人に突然抱きついてくるような変態さんだ。何が言いたいかというと、理性より欲望に忠実そうに見えるという事だ。商人は高い社会性とお金の計算といった知的な労働だ。最初の出会いが悪かったせいか、どうも知的に見えない。


「俺はノアって言うんだ。た、頼むから名前で呼んでください」


「しょうがないなぁ。ノアはいつも奈落ここで商売をしているの? 」


「いや、今日初めてここに来たんだよ」


その返答にひっかかりを覚えた。こんな貧民街に商人がいること自体おかしいような気がする。稼ぐなら奈落ではなく上の町に行くべきだ。


俺が不信に思っていることを悟ったようでノアは少しの間をおいて言った。


「まぁ、疑うのはわかるよ。俺は正規の商人ではないからね」


「正規ではない…… ? 危ない物…… でも売っているの…… ? 」


疑念は警戒に変わり、緊張で表情が強張った。


「いやいや、違うよ。商人ギルドに所属していないだけだよ。あのギルドは登録料も高いし、この町で商売をするためにはある程度の身分も必要なんだ」


ノアは慌てて手を振って否定を示した。理由はもっともらしいが、気を抜くことはできなさそうだ。慎重に言葉を選ぶ。


「へぇー、そうなんだ。じゃあ、どんな物売っているの? 」


「広く浅く。いろいろだ。動物の皮で編んだ防具に剣。宝石のたぐいもあるし、食料も薬草も少しばかりならある」


そう言いながら鞄を降ろして中身をガサゴソ探ると、1ずつ取り出して見せた。ノアの言う通り怪しい物はなく、生活に必要そうなものを取り扱っているなんでも屋みたいだった。


この世界の知識に乏しい俺が見て変なものはないが、実際は危ない物があるかもしれないと目を光らせていると視界の端に青白く輝く光を見つけた。


「これは何? 」


俺がそう言うとノアはその光を取り出して、俺の手にそっと乗せた。

ひんやりとした感覚が手のひらに広がる。渡されたものは、天然のクリスタルのような凹凸のある形状で青白く発光してた。


「これは()()()()石っていうんだ」


ノアから渡された石を撫でたり転がしたりしながら、バレないようにマナを見る。視界が青いエフェクトがかかったような世界となり、手元のマナの輝石を注視すればどこまでも深い海のような青色をしていた。青の濃さが今まで見た何よりも凝縮されたマナを内包していることが推測できる。


この石を薬草栽培に使ったらどうなるだろうか? マナを含む石を肥料にするイメージだ。そうすれば、定期的にマナを補充しなくても大丈夫だ。そうなれば、薬草を育てるコストもだいぶ低くなるはずだ。問題はこの石がどれほど高価なものかによるが…… 。


俺が興味を持ち始めたことに気が付いたのだろう。ノアは説明を続ける。


「初めて見るのか? この石はマナを放出する力があってね。魔法道具に使ったり、錬金術が錬成に使うもんだよ。

貴族なんかは生命の源であるマナを内包する鉱石だから、無病息災と幸福を願って飾っているらしい。

まぁ綺麗な石だし、見栄えっていう意味もあるかもね」


マナの輝石はマナを放出する力があるらしい。この石を肥料代わりに埋めておけばマナを高濃度で保てるのではないだろうか。もしこの仮説が正しければ薬草栽培の大きな一歩となるはずだ。ゴクリと喉を鳴らした。


ただ貴族が装飾品として買ったり、魔法に関する道具に使ったりする代物だ。おそらく、高価な石なのだろうと予想できる。であれば、薬草を育てるのに有用だったとしてもこれまたコストがかかりすぎる。薬草の栽培にかかる労力と石の代金を上回る利益を出せるだろうか。


「本当に無料タダでもらっていいんだな? 後で高額請求するとかない? 」


そこまで思案して考えを改めた。無料でもらえるなら、もらって試してみればいい。利益を出そうと凝り固まりすぎているが、まずはミルラの薬草を育てることが大事だ。


「そんなことはしないさ。少しは信じてくれよ? 」


「ふふっ」


ノアは商人らしく信頼できそうな爽やかな笑顔でそう言った。最初の出会い方が違っていたら仲良くなれたのかな。そう思ったら自然と笑みがこぼれた。


「あぁ、よかった。やっぱり普通の女の子なんだな。さっきから男みたいな喋り方だし、なんだか年の割に落ち着いてるし。どっかの魔女が化けてるのかと思ったぜ」


驚いているようでノアの声が一段と大きくなる。確かにこの貧民街で食べ物ではなく高価そうな綺麗な石を選んだのは年齢に似合わなかったかもしれない。でも、言うに事欠いてボロクソ言いすぎじゃなかろうか。


「せっかく可愛らしい見た目しているんだから、さっきみたいに女の子らしい可愛らしい言葉遣いをした方が何かと得だと思うぜ」


続けてノアが言った言葉が俺の胸に突き刺さる。 俺がいつ女の子らしかったって…… ? 。そんな言動をした覚えはなかった。無意識でやっていたと考えると背中がぞっとした。


「余計なお世話だ! 」


「もったいないと思うんだけどなぁ。

あ、他にほしいものはないのか? もう1つぐらいいいぜ」


ノアは革袋を取り出すとマナの輝石を袋にしまった。


「ほんとに!? じゃあミルラの薬草もほしい!! 」


「そんなんでいいのか? もっと高価なもんいっぱいあるのに」


「うん! これがいい」


「ああ。なら、問題ない。これだけじゃ、申し訳ないからオマケで魔石もつけておくよ」


小さな皮袋にミルラの薬草と朱色の丸い玉を数個入れて俺に手渡した。きょとんとしていると、ノアが言った。


「おいおい。魔石も知らないのか。動物の中で魔石を持っているのが魔物だ。この石もマナの輝石ほどじゃないがマナを含む石だな。売れば金になるはずだ。生活の足しにするといい」


「魔石は知ってるよ! こんなにもらって驚いただけだよ。本当にいいの? 」


「いいんだよ。子供が遠慮なんてするな。

不快な思いをさせたんだ。これぐらいの義理は果たさせてもらうよ」


俺の頭を大きな手が包み込んで乱暴に撫でる。身体が前後左右に揺れるなか、バランスをとりながら腕を払いのける。こんな姿だが成人男性なのだ。頭を撫でられて嬉しいなんてことはない。しかも、男になんて。背中がゾワゾワする。


「子ども扱いするな! これ。ありがとう。お言葉に甘えて、もらうね」


「ああ、いいってことよ」


「じゃあ、俺はこれで。さようなら~」


俺はノアにお辞儀をする。たとえ、相手がロリコンの変態でも礼節は大事だ。

頭を上げると俺は帰路につこうと踵を返す。すると―― 。


「あっ、ちょっと待って。君、なまえは? 」


ノアが慌てた声色で呼び止める。

今までの経緯から疑念が頭を過って離れない。俺は振り向き様に言った。


「…… 。家つけたりしない? 」


「そんなことしない! 」


「イリス」


俺はボソリと呟くように自分の名前を言って駆け出した。ポツリポツリと天から降り注ぐ雨粒に濡れながら、徐々に空色は黒で覆いつくされてまるで獣のような唸り声をあげている。俺は息を乱しながら全速力で走り続けた。


「ぐへぇ」


雨でぬかるんだ地面に足を取られて顔面から盛大にダイブしてしまい、全身泥だらけになりながら帰路へ着いた。


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