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chapter3: おばあちゃんが怖いです★

まさかこの年でやらかしてしまうとは…… 夢にも思わなかった。

27年の人生で何度かこんな危機はあった。だが、成人した人間として。いや、社会人としてどうにか最後の一線だけは守り続けてきた。


俺の守り続けた社会人としての尊厳は、今かつてない窮地に陥っていた。いや音をたてて崩れ落ちていく音がする。


挿絵(By みてみん)


藁の上に無造作に布を広げられた簡易ベッドは、わずかに湿り気を帯びており独特の刺激臭が周囲に漂っている。


「あわわわ。ど、どうしよう。 おねしょしちゃった…… 」


思い出してみれば、昨日はゴモリーと名乗る神様に会ったり異世界へ転生して少女の姿になってしまったりと、夢でもみているような信じられない出来事の連続だった。その後、重傷を負った少女ヨナを助け、慣れない森を歩いて、ようやくパスティーユの町までやってきた。そしてヨナの祖母アンナさんの家でささやかな食事と寝床を用意してもらって気が付くと深い眠りに落ちていた。


この間、トイレなど一度もいってなかった。いや生理現象よりも疲れが勝っていたのだろう。

そして今朝、このありさまである。


どうしよう…… 。


「ま、まずは隠さないと! 」


幸い、横を見ればヨナが気持ち良さそうに寝息を立てている。この様子なら当分起きることはないだろう。

ヨナの祖母アンナさんの姿も見当たらない。つまり目撃者はいないということだ!


「んだぁ! 何を隠すって」


突然、背後から皺がれた老人の声がして、俺はビクっと体を大きく震わせて驚きのあまり後ずさる。


「ひぃぃ。ごめんなさい。ごめんなさい」


「小便漏らしたかえ。こっちきな! 」


逃げようとする獲物を追いかける捕食者のように強引に俺を追い詰め動きを制した。無理やり俺の腕を引っ張って強引に綺麗なわらの束に突き倒した。恐る恐る顔を上げれば、ヨナの祖母アンナさんがしわくちゃな顔をこれでもかというほどぐちゃぐちゃにした表情で杖を俺に向けている。


その様はまさに妖怪やお化けのような恐ろしい形相だった。


「これとこれ着な! 脱いだ服は後で洗うんだよ。いいね! 」


アンナさんは皮膚が伸びて垂れ下がった瞼から小さく覗く強い光の宿った瞳で鋭く俺を射抜くのだった。目力が強くヨナとは容姿も性格も似ていないように思えるが、時折揺れる漆黒の瞳がどこかヨナを彷彿ほうふつさせる気がした。


「はいぃぃ」


有無を言わせないような雰囲気を放ち、腰の曲がった老人とは思えないような気迫を感じさせる。

アンナさんの強い語調と荒い言葉遣いに俺は恐れおののいていた。

怒られているから怖いというのもある。だが、それ以上に俺はアンナさんが苦手だった。

というのも、どういうわけかアンナさんから嫌われているようなのだ。


そう、あれは昨日のことだ。俺はヨナの家まで着くと、ヨナはこれまでの出来事を祖母アンナさんへと報告した。幼い少女が一人で勝手に森に行ったのだから当然アンナさんにこっぴどく怒られていた。荒っぽい口調とは裏腹に孫の優しさに瞳を潤ませ感謝する。良きおばあちゃんというのが、アンナさんに対する俺の第一印象だった。


孫と祖母のやり取りが終わると孫娘を助けた俺の話題になった。このときまでは優しい言葉遣いだったと思う。


経緯を聞いたアンナさんは家に泊まる許可と食事を提供すると約束してくれた。そして、その代わりに俺に一つの質問を問いかけた。「お主。別の名を持っておるな。それはサトウ アイリスというのではないか?」


なぜかアンナさんは俺の生前の名前を知っていたのだ。困惑する俺は問いかけにすぐに答えることができなかった。その後だった。アンナさんの態度が一変してしまったのは。


「アンナさん! ごめんなさい。泊まる場所のない俺に寝床と食事を与えてくれたのにこんな粗相をしてしまって…… 」


「本当だよ! あんたの親の顔を見てみたいもんさね」


アンナさんはそう言うとぐるりと反転してドスドスと杖をつきながら外へ出て行った。

なぜ俺の前世のことを知っていたのか。正直に言えば、今すぐにでも聞きたい。でも、アンナさんのつっけんどんな態度を前にして俺は質問することができずにいた。


幸いアンナさんも宿を見つけるまではここに面倒を見ると言ってくれた。今もその約束が継続しているかわからないが、機会はまだあるだろう。とはいっても、いつまでもここにお世話になるわけにもいかない。数日中に何とか自立する術を見つけないと。


そんなことを考えながらズボンを脱ぎ捨て、濡れた下着に手をかけた。


「うーん。むにゃ。なんか騒がしいけどどうしたの? 」


タイミングの悪いことにヨナが目を覚ましてしまったようだ。目をゴシゴシとさすりながら大きく欠伸をしながら左から右へと視線を動かす。そして俺の姿を捉えて上下にゆっくりと大きな黒曜石のような瞳で見つめると言った。


「おねしょしちゃったの? ヨナもねー。たまにあるよ! おばあちゃんがね。寝る前に水は飲まないようにしてお布団入る前にトイレ行くといいって言ってたよ! 」


ヨナなりに励ましの言葉をかけてくれたのはわかる。年下から夜の粗相についてアドバイスをもらう。なんともやるせない気持ちだった。


===========================================


朝の後始末という名の洗濯を済ませ、家の掃除を手伝った。一宿一飯の恩を返す手段が労働すること以外にないので、できることはやる方向でお手伝いをがんばった。全てが終った頃には太陽が真上にきていた。


朝はせわしなく鳴き続けていた鳥たちも、今や静かに羽音をたてるのみで大空を駆け回る。カラッと晴れた晴天で雲一つない。透き通るような空に時折心地よい風が肌を掠める。


とても快適な気候ではあるが、相変わらずこの奈落と呼ばれる貧民街は独特の悪臭が鼻を刺激する。

周囲を見渡せば数多のボロ屋に人っ子一人いない寂れた街並みだった。


「んー。 やっとお手伝い終わったねー 。 ねぇねぇ。イリス何して遊ぶ? 」


やる事を終えて嬉々一色のヨナが俺を覗き込んでくる。

いま俺たちはあてもなく奈落を歩いていた。目的なく時間を潰すのはもったいない。


「どうしよっか。ヨナは何かやりたいことあるの? 」


「ううん。いつもはね。ここでお絵かきしたり、藁でお人形を作って遊んだりしてたよ」


「他の子と遊んだりしないの? 」


「みんな遊ぶ余裕ないからダメーって言われちゃうの…… 」


お絵かきに人形遊びとどれも一人遊びだった。同年代の友達はいないのだろうか? とふと思い口にしたが、無神経だったと後悔した。よくよく考えればこの奈落には、その日を生きるのが精一杯な人たちばかりなのだ。子供たちが遊ぶ余裕なんてないのだろう。


そう、考えるとヨナの家は少しだけ他の人たちより裕福なのかもしれない。所々穴が開いているがちゃんとした家に住み。ボロボロの洋服とはいえ複数の洋服があある。食事もスープとなんだかよくわからない草と実が朝と夜に食べられるのだから。


とはいえ、切り詰めた生活をしている家庭に一人居候が増えたとなれば、相当の負担となるのは当然だ。だから早く自活できるようにしないといけない。


「そうだよね。ヨナが良ければ俺の手伝いをしてくれない? 」


本来ならば俺一人の力と知恵でお金を稼ぐなり、食べ物を自給自足するなりしなければならない。だがこの世界の常識も知らず、少女の姿になった俺はどこまでも非力だ。


無知のままいれば未来はロリ専門の売春婦か性奴隷になってしまう可能性が高い。いや野垂れ死にするだけかもしれない。幸運にも頼れる仲間がいるのだから素直に頼ることにした。


「ヨナ。イリスのお手伝いするよ! 何をすればいいの? 」


ヨナは花が咲いたような笑顔で言った。


「ヨナの家に泊まらせてもらっているけど。

いつまでもこのままというわけにはいかないから、自分で稼いで暮らす場所を確保したいんだ。

さし当たっては収入だけど俺の能力を使って何ができそうか、一緒に考えてくれない? 」


ヨナとの会話でこの世界でも通貨があることは確認できた。貧しい村やこの奈落では物々交換がまだまだ盛んに行われているらしいが、物にしろ、お金にしろ、今の俺には衣食住を得るための収入が必要だった。


「えー。イリスどっかに行っちゃうの! お別れは嫌だよ」


小学生ぐらいの小柄な体がもっと小さくなって、しゅんとしおれた顔で声が震えている。せっかく一緒に遊べる友達ができたと思ったら、その友達がすぐに自分の元を去っていこうとしたら俺も嫌だし悲しい。


「あー、違うよ。町を出るつもりはなくて、いつまでもヨナとアンナさんに迷惑かけれないから自分でも生きる術を見つけたいんだ」


不安にさせてしまったことを申し訳なく思いながらすぐに弁明した。


「いつまででもうちに居ていいんだよ? おばあちゃんもきっとそう言うはずだよ!

おばあちゃん昨日からずっと怒ってたから居辛かったよね…… 。ごめんね」


ヨナは気まずそうに言った。孫から見てもアンナさんの俺に対するアタリは強いようだ。


「いつもはね。おばあちゃんはとっても優しいんだよ! きっと私が言いつけをやぶって勝手に森に行ったから怒っているんだと思う…… 。 すぐに元のおばあちゃんに戻ると思うから、もう少しだけ待って。」


俺を引き留めようと必死にヨナが両手を掴んで離さない。確かに居辛さはある。でもそれはアンナさんの態度だけじゃなくて、奈落の厳しい環境で迷惑をかけていること。一度は成人した大人として誰かに頼り切って生活することが心苦しかった。


「ヨナの家が居辛くなったわけじゃないから大丈夫だよ。そうじゃなくてあんまり迷惑をかけたくないんだ。できることをしたい。それだけなんだ。


それにすぐに自立した生活ができるわけじゃないから、厚かましいけどしばらくヨナの家を頼らせてもらえると助かる」


「本当! しばらくは一緒なんだよね!? じゃあ、いいよー。一緒に考える! 」


「おおー、ありがとう! 」


ヨナは気持ちの良い返事で俺の申し出を快諾してくれた。

さっそく、唸りながら二人で思案する。


「簡単なのは誰かを治してお金を得ればいいんだけど…… 」


最初に思いついたのは自分の能力でお金を得ることだった。現代日本の技術や知識を使って何かできないか考えたが前世で普通の事務職をしていたようなおっさんに特別な知識はなかった。


「ここの人たちはお金ないから収入を得るのは難しいかも…… 。町に行けばお金にはなるかもしれない」


ヨナの言う通りである。町を歩きながら奈落の状況を改めて観察するも住民は貧しく、今日生きる食べ物を得ることで精一杯な様子だった。ここまで貧しい奈落ではお金は何の役にも立たず、食料が一つの通貨となってしまうほど高級品だ。物々交換でこの小さな世界の経済は回っているようで、収入をここで期待するのは間違いだろう。


「そうだ! 町に行って誰かのお手伝いをするのはどう? 」


「いいねー。問題は何をするかだな…… 」


この小さい体でできることはかなり限られる。どうしたものかと考えふけっていると閃いた。


「あっ! 町で治療をすればいいんだ!! 」


「いいねー。お金稼げそうだよっ」


俺とヨナは妙案を思いついたと抱き合って喜んだ。だがすぐにヨナの表情は暗くなっていった。


「でも―― 。

町に入るにはお金がいるはずだからそのお金をなんとかしないといけない。

どうしよう…… ? 」


盲点だった。確かに町の入り口には大きな門があり、衛兵が監視しているような大きな町だ。町に入るだけでもお金を取られるシステムがあっても不思議じゃない。となると、町に入るためのお金をこの奈落で得る必要がある。


「そうなの!? うーん。困ったなぁ」


光明が見えた矢先に振り出しに戻り落胆を隠せない。一番の問題はこの奈落でどうやって収入を得るかだ。食べ物を得るにしても農作をする土地を持っていないし、森で狩りをするにも戦闘力は皆無だ。ヨナのように魔物なるものに襲われたらひとたまりもない。


「あっ、そうだぁ。イリスちょっと見せたいものがあるんだ~」


八方ふさがりでうなだれているとヨナがはっと大きな瞳を見開いてキラキラと輝かせていた。そして言うより早く俺の手を引いて駆け出したのだった。


「ちょっ、待って。急に引っ張らないでぇええええ 」

最後までお読み頂き、ありがとうございます

よろしければ、次話以降もお読み頂ければと思います

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