chapter19: 囚われの身
檻に入れられたままやってきたのは、上の町と奈落の中間地点にある関所だった。俺は檻から関所内の牢屋に入れられた。暴力を受けるかもしれないとビクビクしていたが、今のところはそんなことはなかった。ただ、乱暴な扱いではある。牢屋に入れるときも力任せに押すものだから転んでしまった。擦りむいた足が痛い。
「聖救神愛」
自分自身に力を使うのは初めてだが、他者に使用するのと同様に怪我は治癒していった。
これからどうなっていくのか不安に震える。それを紛らわすように懐の小瓶を触れる。これから自分はどうなってしまうのか? 想像しないようにしているつもりでも、頭によぎってしまう。
この牢屋の中には簡単なすのこに石の箱の中にいるような無機質な風景。小さな窓の冊子から弱い日差しが入ってくるが、高い位置にあるため外の様子はわからない。また貴族の男の部下たちがやってきたら今度は何をされるかわかったものじゃない。そんな恐怖に呑まれて、簡易的に取り付けられた扉を力いっぱい押してみる。扉は見た目に反して頑丈で俺の力ではビクともしない。
「おいおい。女! そこからは逃げられないぜ。」
ドアが軋む音に気が付いた看守の男が言った。そんなことはわかっているが動かないでいられるほど冷静じゃない。しばらく似たような問答を繰り返しているうちに俺の体力が限界を迎えた。地面に座って休憩する。
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地面に座って休憩しているうちに、夜になって周囲は暗闇包まれた。暗い部屋の中をずっと眺めて時間を過ごすうちに眠ってしまったらしい。次に目を覚ましたら辺りは明るくなっていた。
緊張していたからか眠りが浅いようで若干頭が痛い。身体を起こしてみれば節々が音を奏でる。ひんやり冷たく硬い石の上で寝ていたのだ。身体も凝り固まっているのだろう。ふいにお腹が鳴った。昨日から何も飲まず食わずだ。喉も乾いたしお腹もペコペコだ。
何やら周囲が騒がしくなってきた。金属のぶつかる甲高い音。不規則な足音が徐々に近づいてきているとわかると身体が震え始めた。牢屋は複数あるようで俺のほかにも捕らえられている人がいるようなので、他の人たちに用があるのか。それとも別の用事か。何にしても俺の元に来なければ何でもいい。
俺の願いとは裏腹に音がどんどん近づいてくる。間近に音が迫りくると一際おおきな音を立てて、目の前のドア開いた。風の流れが変わってひんやりと身体の芯が凍えていく。何人かの兵士が牢屋に入ってきた。
「おい。女。ついて来い。」
「いっ。痛い。」
兵士によって乱暴に腕を引っ張られる。わずかな抵抗を込めて睨んでみるが、兵士たちはまったく意に介していないようだった。そのまま誘導されるまま移動していくと、豪華な部屋に通された。
女の人の裸体や男女がそういった行為をしているような絵画が壁一面に飾ってある。芸術というものがどんなものかわからないが、これらの絵画は芸術ではなく性欲を満たす目的で書かれたように見える。赤い絨毯は汚れ一つなく、部屋の奥に設置されたベッドは3人くらいの人間が寝ても余裕がありそうなほど大きかった。そのベッドに腰かけるのは、奈落の広場にやってきた貴族の男だった。
「女。名前を申してみよ。」
「…… 。」
貴族の男の問いに俺は答えられなかった。声が震えて音を発することができなかった。俯いたまま口をパクパクさせている。
「マルコ様の言葉を無視するな! 」
「ぐっ…… 。はぁはぁはぁ。」
兵士が俺の腹を殴った。痛い。うずくまって荒い呼吸になる。痛みがなかなか引かず声も出ない。怖い。痛い。怖い。痛い。
「早く言わんか! この鈍間が!! 」
マルコと呼ばれた貴族の男の声が近づいてきて、わき腹に衝撃が来た。俺は転がって身悶える。
「こほっ。こほぉ。かはぁ。い、イリ…… 。はぁはぁ。ス。」
このままでは何度も同じように暴力をふるわれると理解できた。絞り出すように名前を言った。
「よく聞こえんなぁ。まぁお前の名前なんてどうでもいい。それよりも奴隷を連れて来い。」
マルコがそう言うと、兵士たちが部屋を後にした。しばらくしてボロボロの服を来た男を連れて兵士たちが戻ってきた。この貧相な体つきの男が奴隷なのだろうと一目でわかった。
奴隷の男を俺とマルコのちょうど間の位置に連れてくると、マルコが部屋の奥に飾り付けてあった剣を引き抜いた。そして次の瞬間には剣を振り下ろしていた。赤い花びらように舞い散り、奴隷の男の片腕地面ボトンと落ちた。
「あ゙ぁぁあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙。」
獣の雄たけびだった。奴隷の男がのたうち回る。
「さぁ。この男にお前の力を使え。早くしないとコイツが死んでしまうぞ。まぁ死んだら次の奴隷を連れてくるだけだが、余計な面倒をかけさせるなら…… 。お前にも相応の報いを受けてもらう。嫌ならさっさとやれ! 」
俺が聖救神愛を使わなければ、マルコはまた奴隷を殺すだろう。俺もさっきみたいに暴力を振るわれてはいつまでも耐えられそうにない。かといってここで治療してしまえば、マルコのいいように今後も俺の力は使われてしまう。そうなれば、聖救神愛で治療を受けた者たちは能力が強化され、その軍勢を率いて奈落に攻めいるだろう。
だから、懐の小瓶に手を触れる。これは以前ヨナから聞いた話だがシタキリ草の汁は毒薬らしく、これを飲むと眠るように死ねるらしい。その毒の効き目の早さから『すぐ話せなくなる』ため、『舌切草』と名前がついたようだ。おそらく毒を飲む以上苦しい思いはするだろう。それでも、暴力や拷問を受けてつらい思いをし続けるより、すぐに楽になれる毒の方が万倍マシである。
躊躇すれば毒の小瓶を取り上げられてしまう。だから一思いにやらなければならない。でも死にたくないのだ。だから、身体が思うように動かない。覚悟を決めて素早く動かなきゃいけないのに。
それでも、ようやくの思いで小瓶を取り出し一思いに飲み干そうとしたときだった。
「あはっはっはっ。お前も運がなかったなぁ。せっかく自決しようとしたのに小瓶が割れてたなんて。僕らはついてる。やはり高貴な僕にはユノ様のご加護を賜っているのだな。」
先ほど蹴られたときに小瓶にヒビが入っていたようで、蓋を開けた際に底の隙間から液体が零れ落ちてしまった。零れ落ちる液体をなんとかすくおうと掌で集めようとするが、近くの兵士に取り押さえられた。唯一の希望が断ち切られ、地の底まで気持ちが堕ちていく。
どうすれば良いのか。わからなくなってしまった。ただ、目の前の奴隷の男がどんどん衰弱していく様子に俺の考える時間はさほどないことを理解した。迫りくる刻限。鈍る思考力。そんな中で俺は気が付けば―― 。
「聖救神愛」
力を使っていた。
「なっ。た、助かったのか!? 」
奴隷の男が驚愕の様子で自分の身体を触って、無事を確かめている。その男以上にマルコが驚きと興奮をあわせた表情で言った。
「素晴らしい。失くした腕を再び生やすほどの治癒魔法とは! これは異能だな。」
「あいおん?」
疑問が言葉を紡ぐ。靄のかかった視界の中、考えが心にとどまらず音を奏でてしまう。
「知らないのか? とすると、お前は異人か!! これはな、異世界人。ファルナ教の神ユノ様より賜りし、力の事よ。」
マルコが言っている言葉が入ってこない。異世界人が他にもいるという事実よりも俺はどうしたらよいのか今この時がわからない。
「なるほど。お前は異人だったか。ではなおのこと、お前との子がほしくなったな。」
最後の言葉だけはしっかりと理解できた。子供を成す。俺は今女の子だったっけ。ならどうなるのだろう―― 。そんな想像が過って内部から突き上げられるような恐怖に襲われた。
「強い能力を持つ者。優秀な者との間に生まれた子供はその能力を引き継ぐことが多い。特に異人との間の子供にはその異能を引き継いだ事例は数多くある。この高貴な僕にお前の力のすべて寄越すがいい。なに案ずるな10人ほど産んだら開放してやるさ。はっはっ。」
マルコが高笑いしている。
「いっ。嫌。」
俺は本能からの嫌悪感を口にした。そして部屋の扉に向かって走り出した。が、すぐにマルコによって腕を掴まれてしまった。
「さぁこっちに来い。」
「やだぁ。嫌だーーーーっ! はなして!! 」
強い力で拘束されて動けない。それでもジタバタと身体を動かしながら必死に抵抗する。こんなおっさんと。しかも男と寝るなんて嫌だ。しかも子供まで。そんなことを考えたら嫌で。嫌で仕方がない。
「ぴーちくぱーちくうるさい! 」
マルコはナイフを取り出して俺の右手に突き刺した。
「あ゙あ゙あ゙あ゙。い゛だい゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛ぃ。」
右手が熱く。遅れて痛みが電流のように脳を突き刺していく。心臓の鼓動にあわせて右手から電流が増していくのだ。気が付けば俺はベッドに押し倒されていた。上からマルコに押さえつけられるように体勢で身動きがとれない。自然と涙がポロポロ零れていく。
「まだまだ幼いがこれから長い付き合いなんだ。これから熟していく果実というのも食べ甲斐があるものよな。」
痛みに気を取られているうちにマルコが俺の服の胸元切り裂き始めた。過呼吸になって息も絶え絶えになってしまうほど苦しい。
「たっ。大変です。」
慌てた様子の兵士が部屋に入ってきた。
「何事だ!? 」
マルコが俺を見つめたまま兵士に問いかける。
「な、なっ。ならくの。うわぁあああああああ。」
ドアの前に居た兵士が血飛沫をあげて倒れた。俺の角度からは見えないが大きな物音がして、部屋に誰かが入ってきたようだ。そして数名の断末魔が聞こえ―― 。
「貴様ら。ぼ、僕を誰だと―― 。」
マルコが振り向いてそう言った。
「知らねぇよ! 」
その声は聞き覚えがあった。その人物を思い出すよりも早くマルコが俺の視界から消えた。目の前の視界を覆っていた障害物がなくなったことで、マルコが誰かによって吹き飛ばされたのだとわかった。そして目の前にはヨナが立っていた。
「ごめんね。遅くなって。助けに来たよ。イリス! 」
「うわぁあああああああああんん。怖かったよぅ。痛かったよ。ゔえ゛ぇぇぇぇぇぇぇえええええええん。」
俺はヨナに抱き着くと感情が激流のようにあふれてとまらなくなってしまった。
「よしよし。」
ヨナが頭をそっと撫でてくれるのがとても心地よく。助かったのだろうという安堵感が俺を包み込むのだった。




