chapter18: 隠された力
「やめて!!」
「やめろ!!」
1人はヨナの声。もう1人は男の声だった。気が付けば俺は尻もちをついていた。見上げてみれば、つい先刻聖救神愛で治療をした血の気の多そうな男が貴族の胸倉を掴んでいる。彼の行動に驚いて手を離したのか。それとも彼が俺を救ってくれたのか。俺は貴族の男の手から逃れることができたようだ。
血の気の多そうな男は、貴族の男を押しのけた。
遅れて鈍い音。貴族の男は数メートル先まで吹き飛ばされ、転倒した。
「き、貴様ら。僕にこんなことをしてタダで済むと思うなよ!! 」
貴族の男がそう叫ぶ。遅れて護衛の者たちが武器を構えて俺たちに詰め寄ってくる。一触即発の雰囲気となってしまった。血の気の多そうな男を見れば呆然と自分の手の平を見つめている。
「お、おれは。軽く押しのけただけなのに…… 。なんで。」
貴族を突き飛ばしたことに動揺しているわけではないようだ。何をそんなに驚いているのかと思ったら周囲がざわめきだした。
「あの噂は本当だったんだ。イリス様のお力か。」
「いやぁ、あれは加護だよ。」
「やっぱりイリス様は異能持ち。天の御使いだ。」
えっ、俺なの!? 原因。困惑気味にヨナを見ればそっと頷いた。
「なかなか言い出せなかったんだけど。イリスに治してもらった人たち、なんかすごく元気になるみたい。」
気まずそうにヨナが言った。どうやら俺が治療した人たち全員が何かしらの効能を感じているらしい。
「元気って、体力的にって意味だよね? 」
きっと栄養ドリンク的な効果があったのだろう。そう思って恐る恐る聞いてみる。
「力とか魔法がいつもより強くなったらしいよ。」
確かに言われてみれば、最近の奈落の住人はとてもよく働いてくれていた。数か月かかる住居の建築を数週間で終わらせてしまうほどに良く動いてくれた。きっと食べ物が安定して食べられるようになったからだと思っていたがどうやら違ったようだ。
ガクっと肩を落としてしまう。どうやら俺の想像以上の効果が聖救神愛にはあったようだ。ふと気になるのは周囲の反応だった。俺以外の人たちはみんなさも当然のような反応であった。
「もしかして知らなかったの俺だけだったりする? 」
「うん。」
「えぇ…… 。気がついてたなら教えてほしかったなぁ。」
胸にちくりと刺さるものがあった。俺だけ仲間外れにされたような気がして嫌だったのだ。
「ごめんね。おばあちゃんから口止めされてたから。『イリスのことだから治すことを躊躇したり無駄に悩みそうだからバレるまで黙っておけ』って。」
ヨナが申し訳なさそうに言った。どうやら、アンナさんの入れ知恵だったようだ。
そんな話をしていて失念していたが、貴族と血の気の多い男が揉めていた。貴族が声を荒げたことでそちらにみんなの意識が向いていく。
「貴様らの行為は僕。ひいては陛下に対する反逆行為だ。この報いは受けてもらうぞ。お前たちやれ!
あと、あそこにいる女は生け捕りだ! わかったな!! 」
俺を指さす貴族とそれに答える兵士たち。隊列を組んで群衆に向かって行進を始めた。関節の可動域に鎧がぶつかるようで、金属のかわいた音が木霊した。兵士たちの奏でる不揃いなかわいた音は、徐々に調和のとれた音に変わっていく。そんな時だった―― 。
「あの人たちがいなければ俺たちはあの時死んでいたんだ。救ってくれたのは国か? 違うだろう。本当に困っていたとき誰が助けてくれたのか。一度は国に見捨てられた、俺たちだ。今戦わないでいつ戦うんだ!! 」
嗄れた特徴的な声が轟いた。声の主は、奈落の町の建築設計の中心人物となってがんばってくれたシルヴァさんだった。彼の掛け声と共にその背後には大勢の住人たちがいる。彼らは最近始めた農耕用の道具や鍋に木の棒とその辺にあった武器になりそうなもの片っ端から集めてきた様子であった。
「お前たちイリス様とヨナ様はなんとしても守れ! 」
「ここで奴らを見逃したら家族だって危ないのよ! 」
群衆からも声が上がる。その後はあっという間のことだった。シルヴァさんが引き連れた住人たちと貴族が率いる兵士たちが衝突した。俺とヨナは人の波に飲まれてします。気が付けば誰かの手によって戦闘の中心部から遠く離れた位置まで移動させられていた。ふと、周囲を見ればシルヴァさんがニカっと笑って見せた。出会った当時は骨と皮だけに見えるような見た目で、とても衰弱していた。あの当時は話すことすら困難だったが、今はすこしだけ肉をつけた様子で以前とは比べ物にならないほど元気になっていた。
「嬢ちゃんたち。無事かね? 」
俺とヨナは頷いた。
あっという間の出来事に放心していたが、すぐにハッとなって言った。
「シルヴァさんダメ! あの人たちを殺しちゃ。」
ここで人を殺してしまえば新しい争いの種になってしまう。ノアの話によれば今この町はどこかと戦争の準備をしている噂があるらしい。その噂が本当だとしたら、戦争の前に国の足元でもめ事があればまずその火消しをしようとする可能性が高い。そうなれば国 vs 奈落の構図となってしまう。そうなってしまえば、奈落の住人が生き残る術がなくなってしまうだろう。
「わかってるよ。嬢ちゃんたち。普通は訓練された兵士相手だ。殺さず撃退させるのは至難の業だろう。だが、今のあいつらなら簡単なことよ。」
シルヴァさんはそう言うと、群衆に向かって『殺さないように』と伝えた。
焦って考えが及んでいなかったが、シルヴァさんが言う通り訓練された兵士相手にこちらは素人の寄せ集めだ。殺すつもりじゃなきゃやられるのはこちらだろう。自分がどれほど甘いことを言ってしまったのか後悔の念に苛まれた頃。状況は一変した。
綱引きのように押しては返すを繰り返していた人の波が、一気に流れが変わったのだ。奈落の住民たちが兵士たちを押しのけてしまったのだ。そこからは一方的な戦いであった。その圧倒的な戦力差を前にして、貴族の男が退却を指示するのにそう時間はかからなかった。
「貴様ら。覚えていろよ! 」
そんな捨て台詞と共に去っていく貴族を背に、奈落の住民たちは危機が去ったことを喜び合った。
俺は呆然とその様子を眺めなら呟いた―― 。
「みんな強すぎじゃね!? 」
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貴族の男と兵士たちを退けてから数日がたった。その間俺とヨナ、そしてシルヴァさんを中心に話し合いが行われた。議題は、『上の町の次の出方』である。上の町からやってきた貴族を俺たちは撃退してしまった。そうなれば、国として何らかの動きがあるはずだ。それに備えようというのがこの集まりの趣旨だった。
俺たちとしても貴族の横暴な態度や、奈落の住人に死傷者が出るのは受け入れられない。だから、あの時の行動は仕方がなかった。あれが最善だったのだと思う。後悔がないと言えば嘘になるが、正しかったと信じるほかない。であるからして、俺たちにできることは対策を練る他ない。
貴族から報復があったときどうするか。その話題は平行線だった。一時的な解決策はある。奈落の周囲を警戒するような自警団を作れば良い。だが、それは一時凌ぎだ。国が本気で攻めてきたら奈落の住民側に勝ち目はないだろう。いくら住民たちが俺の力で強くなっているとはいえ、限度がある。多勢に無勢では勝機はないし、この世界にはノアのように魔法を使う人間もいるだろう。そんな奴ら相手に勝てるかどうかまったくわからない。この状況で人の命をかけて戦うという選択は俺にはできない。ただ、戦いにならない方向を祈るばかりだ。
そんな話題だからこそアンナさんもいてほしかった。相談したい。どうしたら良いのか。俺たちでは答えがでなかった。
「今日はみんなからミルラの薬草畑のことを相談受けたからちょっと様子を見てくるね。」
ヨナが唐突にそう言った。ポーションの原材料となるミルラの薬草畑は、一部の住民たちにお願いして管理・運営してもらっている。そうすることで生産量を拡大させたのだ。とはいえ、全体管理する意味でも俺とヨナのもとに相談ごとがたまに来る。そういうときは現地に赴いて対処している。
最近のポーション制作関連のお仕事はもっぱらヨナに任せきりで、俺は聖救神愛で治療してまわることが多い。今や町のお医者さんみたいなものになってしまった。健康問題から突発的な怪我病気まで何かあれば俺の元に相談がくるようになった。そうやって俺とヨナで役割分担しながら奈落復興計画は進められている。
「俺はいつもの往診に行ってくるね。」
そう言ってヨナと別れて行動する。
いつものルートを巡回し終わり、最後の患者を治療がようやく完了した。
「わぁ。すごい。ねぇ。お母さん。咳が止まったよ。」
5歳ぐらいの男の子が嬉しそうに飛び跳ねながら言った。つい先刻まで止まらない咳のため寝込んでいたのが嘘のようだ。患者が治って喜ぶ姿を見るのが最近のやりがいになっているほど、俺にとっても我がことのように嬉しいことだ。とはいえ、魔力も底をついてきたのか。ちょっと頭がくらくらする。
さっきから母親が何度もお礼を言いながら頭を下げているが、内容が入ってこないぐらいには疲れているようだ。治療をすることで俺が倒れてしまえば、治療を受けることを躊躇してしまう人もいるだろう。そのぐらいに奈落の人々は良い人が多いのだ。だから、余計に弱っているところをみせられない。無理をしてでもいつも通りに振る舞う。
「よかったねぇ。ほら、あんたもイリス様にお礼を言って。」
「ありがとうございました! 」
治療を終えた親子の家を後にする。今日はいつもよりふらふらだ。というのもいつもよりまきで治療を進めていた。というのも、今日俺にはやりたいことがあったからだ。
奈落の町中を歩きながら目的を目指す。
「おや、イリス様じゃないか。これ持って行っておくれ。」
「イリス様。この前はありがとねぇ。お蔭で腰痛もこの通り治ったよ。これささやかだけどお礼ね。」
最近は町中を歩いているとこんな調子で貰い物がどんどん増えていく。往診も無料でやっているせいかお礼がしたいと物をもらったり、なんかよくわからない理由で物をもらったりと気が付けばこんな状況になっていた。もちろん、都度断っているのだがなんやかんや言いくるめられてもらってしまう。今日は芋になんかよくわからない石をもらってしまった。
「これとかちょっと高価そうなんだけどもらって大丈夫なのかなぁ。」
そっと呟いた言葉が虚空に消える。キラキラした石はルビーのような見た目をしていて、親指の大きさぐらいで紅色の独特の光を放っていた。これらを渡した張本人たちはもういない。仕方なく背負っていたリュックに仕舞っていく。家に返ったら専用の箱をアンナさんに作ってもらったのでそこに大切にしまっておくのだ。もちろん、食べ物はおいしくみんなで頂きます。
「さぁついたぞ。」
誰もいないから寂しさもあってどうも独り言が多くなりがちだ。誰かに聞かれたら恥ずかしいし、黙って心の中で言おう。
目の前には赤い色の彼岸花が咲いている。この彼岸花をシタキリ草と言うらしく、ヨナからこのシタキリ草の怪談を良く聞かされたものだ。この草を採集して近くの大きめな石の上におく。手ごろな石を2つ探す。見つけた2つの石をぶつけて砕くのだ。手でおでこの汗をぬぐうと、ギザギザの石が2つ出来上がる。それらをすり合わせるようにして、シタキリ草をすり潰していくと草の汁が零れ落ちる。それを小さな小瓶に集めていく。そんな作業を繰り返していく。
彼岸花のような見た目で、草の汁は紫色というとても不気味な草だ。こんな草を集めようと思ったのには理由がある。聖救神愛によって治療された人たちが以前とよりも強い力を持つようになることが判明し、俺は一つの脅威。懸念を覚えるようになった。それがとても不安で夜も寝られない日々が続いている。
紫色の液体が入った小瓶を太陽にかざしながら思う。『この薬を使わなければいけない状況がどうか来ませんように』そう神様に願わずにいられなかった。
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あれから数日して貴族の男が前回よりも大軍を率いて再び奈落にやってきた。今度は数千の兵士がいるようで、明らかに奈落の住人の数よりも相手の方が多いことがわかった。しかも、どうやってかわからないが人質までとられている。確かに朝出かけたきりヨナの姿がないことにもっと早く気が付くべきだった。俺が至らないばっかりにこんな状況にしてしまった。
「ヨナ! 」
奈落の広場にヨナと奈落の住民が数名とらわれていた。見た目の外傷はなさそうだったが、檻に閉じ込められている。
「わたしたちは大丈夫だよ! 」
ヨナが俺たちを安心させるようにそう叫んだ。
「この前はよくもやってくれたな! この状況わかっているだろう? こいつらの命が惜しくば、そこの女を引き渡せ。そしてこの町を調査する。その邪魔をすればこいつら諸共殺してやるから覚悟しろ!! 」
貴族の男が激高した様子で俺を指さして言った。
「みんなは無事なんですか? 」
貴族の男をその側近と思われる男が宥めている。どうやらこの男のお蔭で貴族の男はまだ冷静な判断ができているようだった。そうでなければ、今頃ヨナたちも無事では済まなかっただろう。みんなの無事が確認できてほっと胸を撫で下ろす。
「もちろんさ。大事な人質だからねぇ。それで答えは? 」
貴族の男が言った。急かすように時間をかけれないようだ。男の背後の兵士たちの数が威圧感となって、周囲の空気をどっと重くしていく。
恐怖はある。とっても怖い。何をされるかわからない。貴族の男は俺の力を見て俺を連れていこうとしている。実験動物のように扱われるのかもしれない。前世でも幸せとは言い難かったけど、今世でも幸せってやつとは縁遠いらしい。覚悟を決めて進むしかないだろう。ここで俺が犠牲になれば、みんなは助かるだろう。そうなるようにすればいいのだ。
今ならアンナさんが貴族の男に従って奈落を出たのかよくわかる。1人の犠牲でみんなが助かるならそれに越したことはないだろう。前世と同じさ。みんなのためになるように生きよう。
「ついて行ってもいい。だけどみんなを傷つけないとやくそく…… 。約束してください。捕まっているみんなも開放してほしいです。」
「いいだろう。その方が貴様らも歯向かいずらいだろうしな。あはっはっはっー。」
高笑いしながら言った。
「ダメだ! イリスちゃん。あいつは前もアンナさんとの約束を破っているんだ。今回も約束を反故するだろう。」
シルヴァさんが焦った様子で言った。確かにアンナさんとの約束を破って奈落に再び訪れている。そのせいで前回のような争いになってしまったのだ。元を正せば貴族の男が悪い。俺も内心そう思っている。だから奴の思うままに事が進むのはとても不快だ。それでも俺にとってヨナや奈落の住人たちは大切な存在なんだ。だから、みんなを救う方法がこの手にある以上。俺は動く以外の選択肢を持っていないのだ。
「わかってる。でも…… 。」
「疑うのは無理もないことだ。ならば、人質と貴様を交換ということでどうだ? 」
貴族の男が俺たちの会話を聞いていたのか。それとも察したのか。予想外の譲歩案を提示してきた。これによって俺の中にあった疑念が確信へと変わった。
「俺があっちに行けば、ヨナたちは助かるし。前みたいな横暴な行動も今回はできないと思うんだ。シルヴァさんたちが奴らの調査に同行してれば奴らも無茶はできないはずだよ。
確かに俺たちに勝ち目はないかもしれないけど反抗されたら、向こうもタダでは済まない。それは前回の件で奴らも学んだはずだ。その事実が相手にとって脅威である限り奴らの行動をけん制できる。だからあんな大軍を連れているのに人質まで取って俺たちが反抗できないようにしているんだ。」
小声でシルヴァさんに言った。
「それで嬢ちゃんを失うのは大きすぎる痛手だ。それに…… 。いやこれはいい。とにかく。嬢ちゃんは行っちゃダメだ!! 」
「シルヴァさん。全部わかってるから。だから大丈夫だよ! 私を信じて。ねっ? 」
シルヴァさんの目をじーっと見つめて言った。彼の言いたいことはわかっている。俺が敵に捕まり、もしも相手に聖救神愛を使えば奈落の住民側の優位性は崩れる。それが意味するのは、貴族の男たちをけん制していた脅威がなくなるということだ。それでは意味がないと言いたいのだろう。でも、大丈夫なのだ。俺がもうこの力を使うことは無い。懐に忍ばせた小さな小瓶を触りながらそう言った。
シルヴァさんから更なる追及があるかと思ったが彼は苦虫を噛み潰したような顔で何かを堪えているようだった。
「わかりました。今回は約束を守ってくださいね。」
「あぁ、もちろんさ。」
貴族の男がニヤリと笑う。明らかに約束を守る気がないと嫌でもわかるが、今は人質を解放することが何よりも大切だ。檻を出た人質が歩き出すと当時に俺も前に進む。その間ヨナは何度も叫んでいた。
「ダメっ! イリス!! 行っちゃだめぇえええええええええーーーーーーーーーーーーー。」
取り乱すヨナを周りの住人が制止する。その様子に心が痛むのを感じながら、振り向きたい気持ちを殺して前に進んだ。そして俺は周りの兵士に案内されるまま檻に入った。




