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chapter17: 貴族の企て

ノアがパスティーユの上の町へと向かって半年が過ぎた。その間何の音沙汰もない。命の恩人でもあるノアが戻らないことにヨナも心配している様子だ。もちろん俺だって心配である。上の町まで探しに行こうとしたこともこれで何度目だろうか。そのたびにアンナさんから止められる。


「あんたもわかんない子だね! ノアも言っていただろう。今この町には不穏な噂が流れている。今のこのこと上の町に行ったら何をされるかわかったもんじゃないよ。

あんただって上の町の住人たちが奈落の住人をよく思っていないこと、良く知っているだろうに! 」


テーブルの向かいに座ったアンナさんが、モミの葉を煎じた茶をすする。モミの葉はどこにでも生えているのでこの奈落でも容易に手に入れることができる代物だ。それでも水を飲むよりは独特の渋みがあって多少は味を楽しめるらしくアンナさんは好んで飲んでいる。一度俺も飲ませてもらったことがあるが、麦茶を極限まで苦くした味わいでとても飲めたもんじゃなかった。


「でもノアが心配だよ。それにアーサーに護衛を頼めば…… 。」


アンナさんの威圧感に気圧されて俺は縮こまる。ようやくの思いで絞り出した声は震えていると自覚できるほどだった。


「『でも』じゃない。あんたはここ(奈落)じゃ有名人なんだよ。そんな人間が上の町に行ってタダで済むわけないだろう。アーサーだってそんな面倒ごと引き受けやしないよ。」


「うぅ。」


何度繰り返されてからわからない問答はいつも同じ結果に帰結する。俺の横でヨナが肩に手を置くと首を横に振った。わかっている俺自身は非力で何もできやしない。自分の身一つ守ることができず、その護衛をアーサーに頼ろうと言うのだ。他力本願すぎるだろう。


このままで本当に良いのだろうか。そんな思いが消えないのだ。


「まぁあんたがノアの事が好きなのはわかるが待ってやるのも良い女の器量ってやつだよ。」


「ちっ、ちがう! べ、別に好きなんかじゃない!! ただ、一応命の恩人であるノアが帰ってこないから心配するのは当たり前。そう、当たり前なんだよ! 」


顔が熱くなるのを感じる。前世で恋愛のれの字もなかったからか。そんな話題が出ただけでも気恥ずかしくてしょうがない。ただ、違うのだ。俺は男だからノアのことなんて何とも思ってない。本当だ。

ただ、あいつの最後の表情が気になって仕方がないのだ。まるで死地に赴くようなそんな張りつめた表情が頭の片隅に残って離れない。


「おや。アイツはその気がありそうだったけど。そうかい。なるほどねぇ。」


「どうしてそうなるの! 」


抗議の視線をアンナさんに送る。ヨナが「うんうん」と首を振っているが、ヨナよ。援護してくれても良くない?


「まぁノアも別にすぐ戻るって言われたわけでもないし、アイツがやっていることの調査には時間がかかるのは当然だろう。そのことはお前もわかっているはずだろう? 」


「わかっているつもりだけど…… 。」


戦争の噂を調査するということは町の上層部の目を掻い潜りながら、その上層部の情報を集めるってことだ。その仕事がどれほど困難なものかは容易に想像できる。ただ、ふと思うのだ。『なぜそんなことを商人のノアが調べているのか? 』あの時は奈落の復興に手一杯で気が付きもしなかったが、よくよく考えてみればおかしな話だ。そんな疑問もノアに会えればすべて解消できる。だからこそ余計に気になっているのだった。


「おい! アンナ様!! まずいぞ。上の町から貴族が兵隊連れてやってきたぞ。詳しい話は後で話すからついてきてくれないか。」


家の扉が乱暴に開かれると青年が慌てた様子で入ってきた。その只ならぬ様子にアンナさんと俺たちは急いで青年の後を追った。


===========================================


奈落と上の町をつなぐ唯一の道がある。その道には住人が集まる広場があった。そこにすごく高価そうで派手な衣装をきた人物とその使用人が数人控えており、周囲には100人ほどになるのではないかと思うほどの大勢の兵士が列を成して待機している。この世界の知識に乏しい俺でも中央の人物の装束から貴族であることは理解できた。


「我々の目的は2つ。

1つ、アンナ・ハインリッヒは、皇帝陛下の御前に謁見することを許可頂いている。アンナ・ハインリッヒはこの名誉に預かり速やかに我らが前にはせ参じよ。

2つ、奈落の調査を執り行う。この調査に際して嘘偽りを述べた者は極刑に処す。

以上だ。」


貴族の男が巻物をくるくると捻りながら文章を読み上げている。周囲の兵士たちは全身を鎧を着こんでおり、槍を持つ者や剣を持つ者など多様な武器をもった部隊に分かれているようだった。鎧の隙間から光る眼光が時折俺を見つめているような気がして背中が凍るようだ。


「わしが、アンナ・ハインリッヒさ。それにしてもたかが老人1人と廃れた町の調査にこんな大勢の兵士を連れ歩くなんて。怖がりな坊やだね。」


武装した兵士に囲まれた状況でもアンナさんは臆することなく平然とした様子だ。俺なんてガクブルだというのに。


「ぼ、僕を愚弄するか!! ただの死にぞこないがこの僕と対等に話をすることなどあってはならぬ。愚民は愚民らしく頭を垂れて跪くが良い。」


貴族の男はアンナさんの挑発に怒り心頭に発する様子で声を荒げた。


「待ってください。あの方は特別であると陛下からのお言葉を賜っているはずです。無礼を水に流し、賢明なご判断をお願い致します。」


そんな貴族に対してすぐに使用人が制止した。どうやらこの使用人は仕事ができるタイプのようで貴族に冷静になるように諭している。


「ちっ! 平民上がりの使用人風情が僕に意見するなど、とんだ身の程知らずだ。だが、陛下のお言葉もあるのは事実だ。僕は大変不快だが、寛大であるからな。お前を許そう。」


「別にあんたなんかの許しはいらないねぇ。まぁいい。陛下に謁見してやるし、奈落の事はこの私が教えよう。これであんたらの仕事もすべてかたが付くだろう。」


せっかく貴族が冷静に取り繕おうとしていたが、アンナさんの言葉に遠目で分かるほど顔を(しか)めた。すぐに自分の任務を思い出したようで平静を取り戻すと言った。


「まぁいい。お前が来ればこちらの仕事もほぼ完了したと言っていい。」


「交渉成立じゃな。では、その取り巻きの護衛も連れて行こうじゃないか。」


「おばあちゃん!! ダメ!! 」


ヨナがそう叫んだ。連日ノアが上の町に行ったきり帰ってこない話を聞いているのだ。アンナさんも同じように帰ってこれなくなるのではないかと思うのは当然だと思う。

俺も咄嗟にアンナさんの服の裾を強く掴んでいた。


「いいかい。ヨナ、イリス。わしが行かなければこいつ等は引き下がらない。このままだと戦いになっちまう。この人数相手だと住人にも被害が出る可能性がある。

一番穏便に済ませるにはわしが陛下に謁見しちまうのが最善手だ。」


アンナさんの穏やかな表情で俺たちに言った。こんな優しく話すことなど今までなかった。ヨナと2人で話しているときとは違った雰囲気に俺たちは2人で顔を見合わせた。

アンナさんが挑発をしていたのは相手に舐められないようにするためで、兵士をこの場から引き離すのが目的だと理解できる。でも、だからといって『はい、わかりました』とは言えない。このままアンナさんが上の町に行ってしまったらノアと同じように戻ってこないかもしれない。そんな不安が脳裏を過ってしまうのだ。


「でも…… 。う、ううん。わかったよ。おばあちゃん。でもすぐ帰ってきてね。」


口を開くことができない俺を他所にヨナが言った。あの寂しがり屋なヨナが、涙を目尻に浮かべながらも凛とした表情でいる。俺と同じように考えたのだろう。それでもこの奈落で戦闘が起これば、こちらは素人集団。一方相手は兵士たちだ。結果は火を見るより明らかだ。

それを避けるための最善手があるのだから、アンナさんの選択は正しいと俺だって頭ではわかっている。でも気持ちがその判断に従ってくれない。


「あぁ、もちろんさ。ヨナは立派になったねぇ。」


成長した孫の姿を見つめ、ヨナの頭をそっと撫でるとアンナさんは貴族の元へ歩いて行った。


「あの男には気を付けろ。」


アンナさんは去り際にそう呟いた。あの男とは貴族の男のことだろう。確かになぜこのタイミングで貴族が奈落に来たのか。なぜアンナさんを陛下を呼び出したのか。その真意を考えると何やら嫌な予感がするのは俺も同感であった。


アンナさんが貴族を引き連れて上の町へと向かって行った。群衆の中にはアンナさんを引き留める声も上がったが、兵士たちの威圧感を前に静寂にかえるのであった。


===========================================

アンナさんがいなくなって5日が過ぎた頃、奈落の広場にまたあの貴族がやってきた。今度は前よりも多くの兵士を連れて。


「約束が違うじゃないか! アンナ様がお前らについて行ったんだからもう奈落(ここ)に用はないだろう。」


「陛下への謁見すると言ってもなんでアンナ様は帰ってこないんだ! もう5日だぞ。いくらなんでも遅すぎるだろう!! 」


「アンナ様は無事なんでしょうか。」


群衆から聞こえてくる言葉に俺とヨナはつなぐ手をぎゅっと握り締めた。そう、あの日からアンナさんは戻ってこなかった。奈落の住人達も俺たちに心配をかけまいと『すぐ戻ってくるだろう』とそう言っていたが、心のどこかで『それにしても遅すぎるのではないか』、『何かあったのではないか』そういった不安がふつふつと沸いて心を重くしていくのだった。

俺ですらこんな気持ちになるのだからヨナはもっと不安であろう。でも彼女は気丈に振る舞っていた。


「はんっ。約束ゥ。そんなものした覚えないぞ。僕はまだこの奈落の調査をする必要がある。あのババア1人の話では情報が足りんからな。」


貴族は何のことは無いといった様子だった。

一瞬だった。腰にぶら下げた剣を引き抜くと2人の住民を切り裂いた。


「きゃぁああああああああああああ。」


悲鳴が木霊する。赤い飛沫をまき散らして人が崩れ落ちるのが遠目でもわかる。あれは先刻貴族に対して物申していた者だった。


「な、なにをするんだ! 」


「武器を持ってない人間を攻撃するなんて卑怯だぞ! 」


住人の中には貴族のあまりにも横暴悪辣な態度に批判の声があがった。


「うるさい! 黙れ!! 」


だが、貴族はすぐにその声の主を切り伏せた。

嫌でも群衆は気が付いた。自分の気に食わない発言をしたものを切っているのだとこの場にいる全員が悟ると静寂な空気が流れた。数刻ほどの静けさののちわーっと声を荒げて人々が逃げ惑っていく。次に殺されるのは自分かもしれないとパニックになっている。


「僕は言ったはずだ。調査を邪魔する者は極刑に処すと。ただ与えられた任を全うしただけさ。」


混乱する群衆を他所に貴族は声を高らかに笑いながら言った。


「ひどい」


ヨナが憎悪の感情を露わにして言った。

彼女は俺の手をそっとはなすと群衆をかき分けて貴族の元へと進んでいく。


「ダメ!! ヨナ行っちゃダメだ! 」


周囲の雑音にかき消されて俺の声は届かない。仕方なく人ごみの波を逆走しながらヨナを追いかける。ようやくの思いで彼女の手を摑まえることができた。それでもヨナは止まらない。


「はなして! 」


掴んだ手を振りほどこうともがく。決して離さないように俺は力を込めた。ここで手を離せばヨナもあの人たちと同じようになってしまう。そんなの嫌だ。


「ダメ!! 離さない! 今行ったらヨナも殺されちゃうよ。」


「でもっ! こんなひどいことされて黙って見てるなんて私できないよ!! 」


ヨナの言葉も最もだ。俺だってこんな光景を見て強い憤りを感じている。それでも冷静なのは、怖いからだ。自分にこの状況を何とかする力があればそうしたさ。でも俺にそんな力はない。ゴモリーからもらった力は治すだけ。そんな力で武力を持った相手に挑もうものなら返り討ちにあうのが目に見えている。


()だってそうだよ。でも冷静にならないと! アンナさんがせっかく被害を少なくするため。いや、ヨナを守るために動いた意味がなくなっちゃうよ!! 」


ヨナだってそうだ。特別な力もない。ただの少女だ。このまま無策に突っ込めば間違いなくまずい状況になる。それをアンナさんだって望んでいないだろう。だから、必死に考える。ヨナを宥めて説得することのできる言葉を。


「それにできることならあるよ。切られた人たちもしかしたらまだ助けられるかもしれない。せめてその人たちだけでも救ってから今は逃げよう。」


「それだけじゃ。あの貴族がまた誰かを傷つけてしまうかもしれない。」


「そうだけど! 今は仕方がないんだ。ノアもいない以上この奈落で兵士に勝てる力を持つものがいない。戦ったら奈落の住人の大勢が死んでしまうんだよ!! 」


ヨナが言うことも(もっと)もだ。でも、引き下がるわけにはいかない。じぃーっとヨナの瞳を見つめる。これ以上の言葉は俺には浮かばない。なんとかわかってほしい。ヨナの気持ちは俺だって少しはわかっている。どうか、伝わってくれ。


俺の願いが届いたのか。ヨナは深呼吸をする。


「ごめんなさい。イリスの言う通りだって私もわかっている…… つもりなんだ。」


高まった感情の波を抑えることができず、理性と激情の葛藤に震える声で言った。俺は再びヨナの手を握りしめると、切り付けられた人の元へとゆっくりと人ごみをかき分けて進んだ。


切られた人の近くにいくと全員の容態を確認する。どうやら全員かすかに息があった。すぐに聖救神愛(エプリオールハイレン)で癒しの魔法をかける。幸いだったのは切られた人たちはある程度固まった位置にいてくれたので、すぐに魔法をかけてまわることができた。


「な、なな、なんだ! 俺はさっき殺されたはずじゃ…… 。」


切られた箇所を何度も撫でながら何が起こったのかわからず困惑する男の人。


「痛くねぇ! 痛くないぞ!! 」


痛みと言う苦しみから解放され興奮している男の人。


「ありがとね。ありがとう。イリスちゃん。」


俺の手を握って何度もお礼を言う女の人。


「やっぱりイリス様はすごいなぁ。おらぁ。もう死ぬんだと思ってたべ。そんなのにピンピンしてる。ありがてぇ。」


喜びに舞い上がっている男がそう言った。奈落の復興のために活動をする中で人々を治療する機会も増えた。そんな中で人々から感謝されることはよくあった。何度こういう場面を経験しても新鮮な嬉しさがある。そんな感慨にふけっている時だった。


「いたぁっ。」


俺は髪の毛を強く引っ張られて痛みを覚えた。誰がこんなことをするのかと視線を巡らせれば、目の前には貴族の男がいた。


「おやおや。面白い力を持つ者がおりますねぇ。こいつを奴隷にすればいくら稼げるでしょうねぇ。イーヒィッヒィツ。」




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