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chapter12: 待ち合わせ

アンナさんのお使いを終えて奈落へと戻る。ヨナの家の前ではアンナさんが挙動不審にあっちに行ったりこっちに行ったり動き回っている。うわごとのように何かを口にしているが小さな声で聴きとれない。


「アンナさん戻りました 」


俺は声をかけるのに一瞬躊躇した。何とも言えない話しかけにくいオーラを感じたからだ。いつもならヨナが駆け寄っていくところだが、今は喧嘩した後だからか気まずそうにうつむいている。


俺とヨナの姿を視認するとアンナさんは不自由な足を乱暴に引きずりながら近づくと言った。


「遅いじゃないか! あんな簡単なこともできないのか」


言っていることはきつい言葉だが、口元はほころんでいる。

確かに邪魔が入らなければ日帰りでアーサーに手紙を渡して帰ってこれただろう。きっとアンナさんもそういう腹積もりで俺たちにお使いを頼んだはずだ。それなにも音沙汰なく帰ってこなかったのだ。とても心配したんだろう。


ガミガミとお叱りの言葉を弾丸のように撃ち尽くす。何か別の話題を振る余地もない状況で俺はこの説教が長引くことを悟った。


そんな俺の絶望をよそに、ぼそっとヨナがアンナさんの話に割って入った。


「おばあちゃんごめんなさい。おばあちゃんの言ってたこと。わかった気がするの。

もっとこう根っこの部分を変えなくちゃいけないって。上の町を見て思った。

でもどうればいいのかはわからなかったよ…… 」


怒り一色だったアンナさんも、やはりただのおばあちゃんなのだろう。孫娘の心の奥底からにじみ出た言葉の前には口を閉じるほかなかった。


そして、やれやれといった様子でアンナさんはそっとヨナを抱きしめる。


「それでいいのさ。大人が考えたって難しい話じゃけん。

でも奈落の住人みたいに考えるのをやめたらそこまでだ。だから考え続けるんじゃ

ヨナ。お前が本気でその夢を追っていくならいつか必ず答えを見つけられるから」


「いーっぱい考えたけどババンって解決できるような。そんな何かを。

私なんかが見つけられるかな? 」


「ああ。見つけられるさ。なぜかって。ワシの血を継いでおるからのう。

ヨナは大きなことを成し遂げられる」


手は強く。さらに強く結ばれ。

まるでその未来が本当にくることを知っているような口調だった。


===========================================


翌日。俺たちはアンナさんの計らいで商人と会う運びとなった。ミルラの薬草の栽培を拡大していく前にまずは金がいる。


俺たちは板の両端に紐を結んだだけの簡易荷車を、二人で1本ずつひっぱりながら道を歩く。

もちろん薬草の上には布をかぶせて隠している。これではた目から見れば、死体を運んでいるか。子供が遊んでいるように見えるはずだ。


本当はアンナさんも一緒に来てほしかったのだが、『これも社会勉強だ』と言われてしまい。俺とヨナは二人で指定された場所へと向かった。

待ち合わせの場所は奈落の中でも特殊な場所だった。というのも、表通りから少しはずれた場所で奈落の中でも弱い立場の人たちが集まっている区画だった。病人や貧しい人がそこに密集しているため治安的には悪くはない。が、墓場のように死体が転がっているのでとびきりの悪臭とグロテスクな光景が広がっている場所だった。


奈落に慣れてきた今の俺でも喉元に胃の内容物がせりあがってくる。気を緩めたら口から虹をかけられるだろう。


「おばあちゃんが言ってた場所はここら辺だよね? 」


「そうだと思う」


ヨナの問いかけに頷きながら周囲を見る。廃墟が四方を取り囲むその場所は、ちょうどいい感じに死角になっている。そう思ったあたりでふと疑念がわく。


普通の商人なら表通りでやり取りをしないか? 実際奈落でも極まれに商人がいることがある。

そういう商人は絶対に表通りから先にはやってこない気がする。


えっ、これから会う商人ってなんかヤバい商売の方なんじゃないか!?

そう思ったものの、アンナさんの紹介だからなぁ。変な人だとは考えにくい。もし危ない人だったなら、ヨナを連れて行かせない気がする。


不安が心のキャンパスに墨を垂らしたように広がっていく中、商人と思われる人物は周囲にいない。むしろ人っ子一人いないレベルだ。


昼にこの場所で待ち合わせのはずだ。太陽は真上にあるが多少の誤差はあるだろう。昔の人の待ち合わせはきっとアバウトな感じだったんだろうなぁ。そう思いながらヨナと一緒に暇を潰す。


半刻ほど過ぎた頃だろうか。こちらに近づいてくる足音が聞こえる。


「ようやく商人が来たみたいだね」


俺がそう言うと若干飽き始めていたヨナがぱぁーっと明るくなった。


「あれ。でもなんか、足音いっぱい聞こえるね」


ヨナがふいにそう言った。確かに、足音は一人じゃない。5人くらいいるだろうか。

それに足音が大きく、独特な金属音がする。商人ならば荷物があるはずだからいろんな音がするのはおかしくない。


それに、荷物が多ければ護衛やお手伝いさんを雇っていることもある。上の町ではそういう商人もいた。

あれ、でも奈落でそんな商人いたかな? みんな一人だったような―― 。


「おいっ。 いたぞ! 」


路地から急に男が現れた俺たちに向かって叫ぶ。その手には刃物が握られている。


「ねぇ。イリス。あの人たち私たちを指さしてるよ」


ただごとではない事を察したのか。ヨナが服の袖をひっぱりながら言った。

路地から続々と男たちが現れる。皆一様に野蛮そうな言動と物騒な武器を携えている。どこからどう見ても友好的には見えない。


「に、逃げるぞ! 」


俺はヨナの手をひいて走り出した。せっかくここまで運んできた薬草を放棄するのはつらいが、身の安全には変えられない。


「逃げたぞ。追いかけろ!! 」


淡い期待を打ち砕くように背後から声が聞こえる。完全に俺たちが狙いだったようだ。狭い通路を縫うように走る。男たちはその体格からすぐには追ってこられない。


小柄な子供だったことが幸いした。


「イリス。怖いよ」


ヨナが震える声で言った。俺も恐怖で背筋が凍る気持ちだ。でも、ここで立ち止まればどんなひどい目に合うかわかったものじゃない。現に薬草は手に入れたはずなのに追ってくるということは、目的は俺たちだってこと。相手の狙いがわからない。


人売りのようなものだったら奴隷行きだし、何か奴らの不満を買ってしまったのかもしれない。そうなればタコ殴りにされるかもしれない。てか、今俺は女なんだよな? ってことは…… 。


おぞましい想像に一瞬走る速度が落ちるが、振り払って進む。


狭い道をいくつか抜けて、徐々に見慣れた道が見えてきた。もうすぐで大通りに出られそうだ。

若干の安堵を覚えつつ、ヨナの様子を横目で確認する。


息は上がっている様子だが、まだまだ走れそうな感じだった。むしろ俺の方がやばいかもしれない。もう苦しくて足が重い。気を抜いたら息が切れて立ち止まってしまうだろう。


このまま大通りまで足を止めたくない。大通りまで出られれば人目も多くあるし、ヨナの家まで近い。アンナさんに助けを求めることもできるはずだ。


迷路のような道を抜けたところで黒い影を見つけた。


「きゃっ」


柄にもなく自然とそんな声が出た。自分から出た声だと気が付くのに刹那の時間を要した。

遅れてお尻に衝撃と痛みが全身に広がっていく。


見上げると、大男が目の前にいた。

大男と目が合うと俺の首根っこを掴んで力任せにひっぱりあげた。


「うっ」


息も絶え絶えで心臓が激しく鼓動する。やばいヤバイやばい。

あとちょっとだったのに、最後に油断してしまった。必死に抵抗しようと身体を動かすが、猫のように首根っこを掴まれているせいかうまく力が入らない。それに、本気で殴ったとしてもこの子供の身体ではこの大男にダメージを与えることができない気がする。


焦りと恐怖でいっぱいいっぱいになった俺はジタバタと暴れている。


「大人しくしろ」


大男に腹部を殴られる。


「ぐがっ。うぐっ。ひっく。イタイ」


重たい一撃に内蔵が体中を飛び回る。呼吸は苦しいし、とっても痛い。元男としてこんな奴に屈したくないという僅かな自尊心も、圧倒的な力と痛みの前に儚く消えた。


目頭から熱いものがとめどなく流れ落ちて恥もなく泣き叫ぶ。


「泣くんじゃねぇ。これだから餓鬼は嫌いなんだ。おらっ、泣き止まないとコイツでもっと痛い事してやるからな! 」


大男は腰の剣を俺の首筋に近づけた。小さく悲鳴を上げて零れる涙を止めようと堪えた。また痛い思いをするのは嫌だった。もう俺に抵抗するなんて感情はなかった。


視界のはじでヨナが男たちに抵抗しようとして、顔面から一撃を食らってそのまま倒れた場面を最後に俺の意識は闇に落ちた。




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