11-5 僕らしくもない
「――宗治?」
僕の名を呼ぶ声で、目を覚ます。
「ん……あ、おかえり、瑠里」
「ただいま。だいぶお疲れみたいだね」
ふっと微笑む瑠里は、先ほどと違う装いをしている。
淡いクリームとピンクボーダーのルームウェアを身にまとい、肩にはタオルをかけている。
ミルクの入ったグラスを片手に、僕の隣に腰掛ける。
「宗治もお風呂入って着替えなよ。湿っぽい服着たままじゃ風邪ひいちゃうよ」
瑠里はそう言うと、両手でグラスを持ち上げてこくんと一口ミルクを飲み込んだ。
「お風呂はありがたいのだけど、あいにく着替えがないんだよ」
「着替え……そっか。本当だ」
ほぼ手ぶらで姫宮家を出てきた僕に、着替えなど持ち合わせているはずがなかった。
何の準備もなく出てきてしまったことに対して、ますます後悔の念が強くなってきた。
さすがに瑠里の服を借りるわけにもいかないし、どうしたものか。
「あっ……そういえばある。あるよ。男性向けの服」
思い出したように、瑠里が声を上げる。
「え、ほんと?」
「うん。ちょっと待ってて!」
勢いよく立ち上がり、リビングを出ていく。
数秒経ってから、瑠里は紙袋を片手に戻ってきた。
「これ。部屋着にはちょっと向かないかもだけど、濡れてるよりはいいと思うんだ」
差し出された紙袋の中身を見てみると、丁寧にたたまれた洋服が何着か入っていた。
一番上から順に取り出していく。
ブラウンのニットセーターに、クリーム色のYシャツ。ズボンはワインレッド。そして、薄い小豆色のロングカーディガン。
バッチリお洒落な秋冬向けのコーディネートだ。
「ありがとう、よく男物の服なんて持ってたね」
「あー……これには色々事情があって、ね」
瑠里は困ったような笑みを浮かべて、目を逸らした。
僕には言いづらい事情があるようだ。そっとしておこう――。
「……事情って、どんな?」
だがやっぱり気になった。僕は好奇心に負けてしまった。友人の言えない事情を根掘り葉掘り聞くのは良くないというのに。
やはり僕にとって瑠里は放っておけない妹のような存在なのかもしれない。
「むぅ……ボクにはボクの事情があるんだよ。ご想像にお任せするよ」
口を尖らせて、顔をしかめる。
それならば勝手に想像するしかない。
例えば――。
「恋人が泊まりに来た時に忘れていった着替え、とか?」
「そ、そんなんじゃないよ! ボクに恋人なんていたことないし、そもそもそれ未使用の服だし!」
瑠里は全力で否定する。話を聞く限りでは、僕の想像は掠ってすらいないようだ。
むしろそう思われることを拒んでいるようにも見える。
「そういう想像されるのは心外だから、やっぱり白状するよ」
はぁ、と深い溜息をついて瑠里は話し始めた。
「これ、四年前くらいに宗治に渡そうとしてたクリスマスプレゼントだよ」
「ふぅん……え、俺に?」
予想外の展開に、僕は目を見開く。
「宗治、いつも和服だったじゃん? だからたまには洋服も着てみたらどうかなって」
「そうか……なるほど」
ということは、この服は四年の時を経てようやく僕が袖を通すことになるというわけだ。
四年前のクリスマスプレゼント――きっと、瑠里がさらわれる日に鈴ちゃんと買いに行ったプレゼントなのだろう。
あの日助けることが出来ていたなら、こんなにも長い間瑠里が持っていることもなかったかもしれない。そう思うと、心が痛む。
「ありがとう。せっかくだから貰ってもいいかな」
「うん。宗治のために買ったものだし、持ってていいよ」
嬉しそうにはにかむ瑠里を背に、僕は風呂場へと向かった。
少し熱めの湯船に浸かり、今後のことを考える。今夜は瑠里の家にお邪魔するとして、その後はどうするのか。
さすがにこのままここに世話になるわけにはいかない。滞在できたとしても四、五日程度だ。
それ以上は瑠里にも事情があるだろうし、第一独身の女の子の家に居座るのは色々とまずい気がする。
「……ん?」
自分の中で浮かんだ言葉に違和感を覚える。
独身女性の家に居座るのはまずいのは確かだ。
じゃあ、僕が数日前まで居た姫宮家は――?
「……何で気付かなかったんだ、自分」
僕は今まで何をしてきたんだ。なぜこのことに気が付かなかったのか。
いやむしろ、彼女らはなんで同い年の男である僕を家に入れることを拒まない?
そもそも僕が彼女らにとってその類の――いわゆる恋愛対象でなくとも(というかそれは確実に有り得ない)、他人に誤解されることを考えれば招き入れたりするはずがない。
そうやってぐるぐる考えていると、妙な方向に意識を持っていかれざるを得なくなるわけで――。
「……お、落ち着こう。うん」
深呼吸をしてなんとか自分を落ち着ける。どうして今さらになってこんなことを考えてしまうのか。
ああ、そういえば今日はまともに休まず歩いてたっけ。きっとそれで疲れているのかもしれない。
――こんなの、僕らしくもない。
なんとか気持ちを切り替えたつもりで僕は風呂を出た。




