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快晴の空に 〜幻想世界のなんでも屋〜  作者: ろこやるく
第9章 過去と射影兎
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9-5 黒い兎

■■■


 雨音はいつの間にか激しくなり、土砂降りとなっていた。

 縁側にも雨がかかり始め、僕は部屋の戸を開けて奥の方に座る。


「雨はあまり好きじゃないな」


 薄暗い空を見上げ、ぽつりと呟く。きっとこの雨のせいで過去のことを思い出してしまったのだろう。

 しかし、ここで言う過去と言うのは先ほど思い出した『はるどき』での出来事のことではない。

 その過去は、もう少し後の――。


「宗治さん」


 僕の名を呼ぶ聞きなれた声――黒井龍斗の声。その声に振り向くと、彼の腕の中には黒色の小動物が抱えられていた。


「あ、龍斗くん。その幻獣は?」

「こいつは……気になりますか?」


 赤い目をした黒い生き物。長い耳を持ち、まるでウサギのような姿をしている。

 龍斗少年はその黒いウサギのような生き物を抱きかかえながら、僕の方へとゆっくりと歩いてくる。


「こいつは射影兎しゃえいとって言って、人を襲わない安全な幻獣です」


 一歩ずつ、ゆっくりと。

 まるで、獲物に狙いを定める猫のようにじっと僕を見て、じりじりと近づいてくる。


「むしろ、医療の場で活躍したりなんかするようなやつです。人とは相性の良い幻獣なんですよ」

「へぇ。そいつは頼もしいですね」


 僕は可愛らしい射影兎と呼ばれた幻獣を見て、思わず笑みをこぼす。

 だが、一方の少年は一切笑うことなく無表情で僕を見ていた。


「龍斗くん?」


 明らかに様子がおかしい。そう気付いた頃には、彼は既に僕の手の届く距離にまで来ていた。


「宗治さん、射影兎がどんなときに役立つか知ってますか」

「どんなとき……医療の場なら、患者さんを癒すとか、そういった活躍でしょうか」


 いわゆるアニマルセラピーなど、そういった目的だろうか。僕は思いつきで言葉にしてみた。


「残念。全然違います」


 少年は間髪を入れず否定した。

 無表情で僕を見下ろす彼の姿に、本能が警鐘を鳴らす。

 そして、ある夏の日の老婆の言葉が脳裏をよぎった。


 ――「自分を過信してどっかり座ってると、そのうち誰かが後ろから首を掻っ攫ってくかもわからんねぇ」


 鼻をひくつかせる射影兎は、実界で見たウサギと見た目は何一つ変わらない。愛らしく、無害らしい姿をしている。


「正解は――」


 龍斗くんが言いかけたとき、部屋の奥の襖の引く音が聴こえた。

 開いた襖の向こうには、少女――美山姫奈みやまひめなの姿があった。

 姫奈ちゃんは龍斗くんに抱きかかえられている射影兎と見るや否や、早足で彼に近づいていく。


「龍斗、やっぱりアタシはこんなやり方したくないっ!」


 叫ぶように彼に訴える姫奈ちゃんの姿は、今までに見たことがないくらいに必死だった。

 何が何やらよく分からないが、僕に危機が迫っていることは確かなようだ。


「もうこうするしかないんだよ。こうでもしないと、姫奈が危険にさらされるかもしれない」

「それは…………」


 龍斗くんの言葉に否定しきれないでいる様子の姫奈ちゃん。口をごもつかせ、返す言葉を考えているようだった。

 少しの沈黙の後、少女はようやく声をあげる。


「……アタシは、アタシは真田を――」


 そのときだった。

 射影兎が急に暴れだし、龍斗少年の腕の中から僕に向かって飛び出してきた。


「っ――!」


 驚いた僕は仰向けに倒れ、射影兎が僕の胸の上に飛び乗る。

 真っ赤な瞳でこちらをじっと見つめる射影兎。見つめられた僕は、その瞳に吸い込まれるような感覚を覚える。

 このままこの目を見続けてはいけないと感じて視線を部屋の奥に移す。


「――え」


 その視線の先では、有り得ないモノが見えていた。

 プロジェクターのように射影兎の影を通して襖に映し出されていたモノ――それは、自身が過去に見た風景だった。


 4年前の冬のある日、はるどきに鈴音ちゃんが訪ねてくる。

 訪ねてきた彼女は今までにないくらいの焦りを見せていた。

 そして、とんでもない事件が起きていることを僕と隆一に知らせたのだった。

 それから先は――。


 ――その先は、知られてはいけない。


 過去を映している射影兎をどかそうとするが、まるで金縛りにでもあったかのように全身が動かない。

 少年少女は射影兎の影に見入っており、こちらを振り向く様子はない。

 ただ一言、少年がぽつりと呟く。


「審判の時間です、宗治さん」



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