9-4 政光隊2[◆]
朝食を食べた後、女将さんから僕だけが呼び出された。
「真田さんを訪ねて来た女の子がいるのだけど、身に覚えはあるかしら」
「女の子? どんな人ですか」
女将さんは廊下を振り返って、玄関の方を見る。
「赤い目に、白い髪を肩あたりまで伸ばした子なのだけど」
再び僕の方を振り返って、そう言った。
赤い目に白い髪――一人の友人の顔が浮かんだ。
「ああ、覚えがあります。会わせてください」
僕がそう言うと、女将さんは僕を玄関へと通した。
「久しぶりだね、宗治」
ふわりと優しく笑ってそう言うのは、僕の良く知る友人――三上瑠里だった。
「久しぶり、瑠里。どうしたの、こんな朝早くに」
僕が訪ねると、瑠里は首を傾げてはにかんで見せた。
「なんとなく、かな。元気にしてるかなーって思って」
雨でしっとりとした髪が揺れて、どことなく儚げな印象を受ける。
「この通り元気だよ。瑠里も元気そうで何よりだ」
だが僕は、その姿に動揺などするわけにはいかなかった。
なぜなら――。
「隆一も呼んでこようか? あいつと話したいこともあるだろうし」
――彼女は僕の友人を好いているから。
「二人だけで話したいこともあるだろうから、呼んだら俺は奥に戻るよ」
このときの僕は、どんな表情をしていただろうか。うまく笑えていただろうか。
僕は瑠里に背を向け、隆一の居る大部屋に向かおうとした。
「ま、待って!」
叫ぶように、僕を引き留める声。
「隆一は、また今度でいいんだ」
静かにそう言って、彼女は僕の右手を掴む。
ぽたぽたと屋根からせわしなく雫の落ちる音が聴こえる。その中に混じって、自身の心臓の音が大きく聴こえてきた。
その心音を打ち消すように、僕はいつもの調子で笑ってみせる。
「本当にいいの? 今度はいつ会えるか分からないのに」
振り返ると、瑠里は真面目な表情で僕を見据えていた。
「女将さん、言ってたでしょ。ボクは宗治に用があったんだよ」
釣り目がちの大きな瞳で、僕にそう訴えた。
「俺に用って、どんな用?」
「だから……なんとなく顔が見たかっただけだよ」
ふいっと目を反らして、掴んでいた手を離す。
「ちゃんと、生きて帰ってきてね」
手を離した後に少し目を伏せてから、僕を真っすぐに見てそう言った。
「うん、ちゃんと生きて帰ってくるよ」
自然と零れてきた笑みを浮かべて、僕は瑠里に約束した。
少ししてから、瑠里がぽつりと僕に言い残して静かに去っていった。
――「帰ってきたら、宗治に言わなきゃいけないことがあるんだから」




