7-6 暗示を解くナイフ [◆]
「相変わらず甘いこっちゃなぁ」
早川は鞘ごと構える僕を見て嘲笑する。
誰が何と言おうとこのスタイルを変える気はない。
それは正義とか平和のためなんて大それた理由でもなければ、贖罪でもない。
僕が人を斬らないのは――。
「理由も知らずに甘いなんて言われたくないな」
ぐっと片足を踏み込み、一気に早川へと向かっていく。
早川の前には隆一が構えているが、彼とは極力戦いたくない。
隆一の目前で、思い切りしゃがみ込む。
僕の予想外の行動に、隆一は一瞬構えを解いた。
あの勢いで疾走してきたのだ、攻撃を仕掛けてくると思ったのだろう。
だが彼は、そんなことで怯むような男ではない。
キッと僕に視線を落とすと、中腰で片手に握っていたナイフをこちらに向かって突き出す。
――今だ。
突き出されたナイフを抜いた鞘で弾き、中腰の隆一を飛び越える。
踏み台となりそのまま倒れてしまった隆一を背に、目前の早川へと駆けていく。
そして、構える間もなく片手に刀を握る早川の首に、切っ先を向けた。
「さあ、隆一を解放しろ、早川」
「――――。」
一瞬、驚いたような表情を浮かべたかのように見えたが、そう思ったときには既に笑っていた。
後ろから人影が迫り、それは僕に向かってナイフを突き立てる――!
「グルルァッ!」
嘶くような声とともに、その影は大きな影に抑止される。
振り向きたいところだが、隆一は白竜に任せよう。
僕は目の前の早川を優先しなければならない。
「殺れるもんならやってみぃ?」
突き立てた切っ先に自身の首を押し付け、早川は笑って見せる。
「早川も知ってるはずだ、俺は殺しはしない」
「殺しもせぇへんのに鞘から抜いたんか?」
「ただの脅しだよ、分かるだろう?」
「……後悔するで」
早川は僕の目をじっと見て言う。
そのとき。
「――!」
このふらつくような、視界が回る感覚。
妙な幻覚を見せられた時にあった感覚だ。
――やばい。
そう思ったときには既に遅かった。
幻想か現実か、僕の目の前には既に早川は居なかった。
「……どこだ、早川」
だが、確かに僕の前には何者かの気配を感じる。
目には見えないが、僕の周りのどこかに二人と一頭が居る。
しかし、気配すらも徐々に危うくなっていく。
暗示の世界に少しずつ、飲まれるように引きずられていく。
前回より強い暗示。
自身の意志はなんとか保っているが、感覚が支配されていく。
このまま身をゆだねてしまえば、僕も操り人形となってしまうだろう。
「宗治――」
幻聴がどこからか聴こえてくる。
「宗治、聞いて――」
消え入りそうな、か細い声。
その声は――。
「――瑠里。」
振り向くと、そこには三上瑠里がいた。
肩まで伸びた雪のように白い髪に、真っ赤な瞳の女性。
僕が最も聞きたくない、見たくない幻想。
僕の過去を知る早川だからこそ、見せられる幻覚だろう。
彼女の姿は、確かに僕の知っている三上瑠里だ。
その姿に、どくどくと鼓動が早まる。
「宗治。今ならまだ間に合うから聞いて」
「……どういう、こと」
つい、言葉を交わしてしまう。
既にいない者だと、存在しないと分かっているのに。
自身のどこかで、彼女が本物であることを願ってしまう。
「“そのナイフ”で、自分自身を切り付けて」
「――――え?」
予想外の言葉に、自身の耳を疑う。
やはりこれも、幻聴だとしたら。
「大丈夫。ボクを信じて」
「でも、そんな話――」
「――仕方がないなぁ」
そう言うと、瑠里は僕の胸元に手を忍ばせる。
「な、――!」
「あんまりこんなことはしたくなかったんだけどな」
護身のために金庫から取り出し、胸元にしまっていた白竜のナイフ。
瑠里はそれを奪い取り、僕の左手をグッと引いた。
彼女と密着状態となってしまい、さらに動悸が早まる。
「ちょっとチクっとするけど、我慢できるよね?」
「……っ」
そんな看護師さんみたいなことを言って、彼女は僕の左腕にナイフをちくりと突いた。
すると。
「……っあ」
気付けば視界は元通りになっており、倒れた隆一とそれを前足で押さえつける白竜が居た。
つまり、後ろには――。
「ほぉん、なるほど」
振り向くと、早川が崖の前で立っている。
「その白竜のナイフの力に、気付いてしもうたか」
「……ああ、おかげさまで」
いつの間にか僕の手に握られていたナイフ。
このナイフ――お守り程度の気持ちで持ってきていたものだったけど、どうやらとんでもない代物だったようだ。
「まさか……これが伝説のナイフだったなんてね」
龍斗くんと姫奈ちゃんが話していた暗示を解くナイフ。本当に実在していたようだ。
なぜ白竜が持っていたのかは知らないが、これは好都合だ。
「それを持ってたらこっちはどないしようもない。お前で解いて、隆一を連れてったらええ」
不機嫌そうにそう吐きだし、早川は消えていった。
「くそ、また逃げたか」
「グルル……」
唸り声に振り向き、白竜に押さえつけられている隆一へと近づいていく。
なんとか逃れようともがく彼の手を取り、ナイフをそっと切り付けた。
すると、金色に輝いていた瞳は徐々に緑色に戻り始める。
「……ここ、は」
「正気に戻ったみたいだね、隆一」
「は、どういう――」
隆一は僕を見た後に、自分が白竜に押さえつけられていることに気付く。
「ちょ、何、白竜? 俺どないなってん!?」
「ふっ……まあ、色々とね」
隆一の反応がちょっと面白くて、思わず吹き出してしまう。
いつもの彼に戻った安心感もあったのだろう。
失礼ながらも、つい。
「いやお前なにわろてんねん、はよ何とかしてくれ!」
「白竜、もう大丈夫だよ。ありがとう」
僕がそう言うと、白竜は隆一を押さえつけていた前足を避けた。
「何がどうなってんのや……」
「詳しい話は姫宮家に帰ってからするよ。龍斗くんと姫奈ちゃんにも話しておきたいからね」
「えぇ……なんやかなり大ごとなってるやん」
不安そうな表情を浮かべる隆一。
少しかわいそうだから、大まかな状況だけ教えてあげることにしよう。
「実は――」
「宗治、ちょい待ってくれ」
「え――?」
白竜の様子を伺う隆一の目は鋭く、警戒を表している。
僕も彼と同じように白竜を見ると。
「グルルル……」
赤色だった瞳が、少しずつ金色を帯び始めていた。
「白、竜……?」




