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快晴の空に 〜幻想世界のなんでも屋〜  作者: ろこやるく
第6章 青年たちと酒場、少年少女と恋月草
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6-8 満月の夜に [◆]

■■■


「へっくしゅ」

「大丈夫? 噂話でもされたか?」

「あぁ、きっと真田のやつに違いないわね」


 ある女の子――美山姫奈と黒井龍斗は、恋月草の生えている池へと向かっていた。


「しかし恋月草ねぇ。姫奈から聞くまでは名前も知らなかったな」

「え……あなたそれ、マジで言ってるの?」


 この世にそんな人が存在したのかと言わんばかりに驚いた表情で尋ねる姫奈。

 その表情には驚きだけでなく、明らかに引き気味な態度も含まれていた。


「そんなあり得ないものを見るような目でオレを見ないで欲しい」

「いやだって、友達と話してたらよく話題になったよ。好きな人と見たいねーって」

「それもしかして、女子の間だけでの話じゃないか?」

「んー、そうだったのかな」


 暗い夜道の中、姫奈の携帯電話の明かりと満月の光だけが頼りとなっていた。

 姫宮家からは歩いて三十分程度で、軽い散歩には丁度良い距離である。


「そういえばだいぶ前に、オレのこと散歩に誘ったよな」

「ああ、あれね」

「なんでその……わざわざ散歩なんて誘ったんだ?」


 道の横を流れる小川に視線を落とし、龍斗は尋ねた。


「実はあれね、明斗あくとさんのこと話そうと思ってたの」


 ――ああ、そうだったのか。


 約一ヶ月前、姫奈は龍斗を池の散歩に誘った。

 その後、最悪な形で龍斗は兄――明斗の死を知ることとなってしまったのだった。


「そっか……ごめんな。あんな形で知ることになっちまって」

「いいよ。アタシこそ早めに言うべきだったなーって。ごめんね」


 少し困ったような表情を浮かべつつ、口角を上げる姫奈。


「だから無理して笑うなって。不細工になるから」

「別にいいよ。アンタの前で不細工になったって、アタシは何も損しないし」

「ああそうかよ。だったらどんどん不細工になってろ」

「いいわよ。アタシが不細工になったところで、龍斗には何の関係もないしね」


 にっといたずらに笑う彼女。

 確かに、龍斗にとって姫奈がどのような容姿であっても接し方を変えるつもりなどなかった。

 だがどこかで、その言葉が引っかかった。


「でも、兄さんの前で不細工になるのは嫌なんだろ?」

「それは……もちろんだよ」


 先ほどまで面白そうに笑っていた彼女は、少し寂しそうな表情を浮かべる。

 それが何となくくすぐったく、少年はふき出した。


「ちょっと、今のは失礼すぎじゃない?」

「ふふっ……ああ、ごめんごめん」


 ひとしきり笑った後、彼は言葉を紡ぐ。


「なんかお前、すんごい女子っぽいなと思ってさ」


 彼がそう言うと、姫奈はキッと睨みつけた。


「……失礼に失礼を重ねてるんだけど、それ」

「オレの言葉を失礼な言葉だと思って聞くから、失礼に聞こえてるだけだって」

「は? ちょっと何言ってるのか分かんないんだけど」


 今度は龍斗がからかうように笑う。


「あ、例の横道が見えてきたよ」

「ほんとだ。何かあっという間に着いちゃったな」


 歩いて三十分程度で見えてくる、木々に囲まれ鬱蒼うっそうとした横道。

 初めて一人で歩いてきた距離よりも、龍斗にはうんと短く感じた。


 横道に入ってから池までは、少しだけ歩く。

 その道は木々が生い茂っており、月明かりが届かない。


 その道を抜けると――。


「――――きれい。」


 水面に映る満月。

 その光を囲んで、真っ白な絨毯が敷かれていた。

 風が吹くたびにそれは舞い上がり、季節外れの吹雪のようだった。


 少女が発した言葉の後、二人は一言も交わすことなく立ちすくむ。


 九月の風は少し涼しく。

 だが、まだ温かさが残る。

 そこに舞い込む恋月草の花びらが、二人を池の前へと連れていく。

 まるで、まだ見ぬ未知の世界へいざなうように。


「……前に来たときとは全然違うな」


 最初に言葉を発したのは、龍斗少年だった。


「そうね。前は月明かりも花もなかったものね」


 姫奈はそう言ってしゃがみこむと、恋月草の花びらを手に取った。


「そういえば龍斗、知ってる?」

「知ってるって、何が?」


 花びらをつまんでは手のひらにのせていく姫奈。

 彼女の片手には、白い花びらが鳥の巣の羽毛のように積み重なっていく。


 姫奈は手にいっぱいの花びらを軽く握ると、静かに立ち上がった。


「恋月草の花を一緒に見た男女は、永遠に結ばれるんだって」


 水面を見つめながら、少女はそう言った。

 その横顔は少し感傷的で、長いまつ毛が少女を大人に見せる。

 とくとくとせわしない心臓の音。

 久しい感覚に、ある日の姫奈の言葉を思い出す。


 “――明斗さんだよ。”


 兄の名を静かに紡ぐ寂しげな声が、頭の中で響いた。

 目の前の姫奈を直視することもままならない程の動揺に戸惑いつつも、龍斗はなんとか言葉を吐き出す。


「オレじゃなくて、兄さんと見られてたら良かったのにな」


 絞り出した声の後に、姫奈は何の躊躇もなく言い放った。


「でもまあ、これはこれで、アタシらしいなって」

「…………えっ?」


 予想外の返しに、少年は目眩かと思うほどの心臓の跳ね上がりを感じた。


 ――それって、どういう意味?


 声に出そうとしたが思うように出せず、口だけが開くばかりだった。

 その表情から何かを察したのか、姫奈はパッと魔法を解いたようにいたずらっこの笑みを浮かべた。


挿絵(By みてみん)


「ほら、犬とか真田よりはマシって言ってあげてるんだよ」


 そう言うと、握っていた花びらを龍斗に向けてふっと吹いた。


「わっ……何すんだよ!」


 白い花びらが目に入り、龍斗は思わず声を上げる。


「てかお前、オレと犬を比較してる時点で若干バカにしてるだろ……!」

「そんなことないわよ。人間の真田とだってちゃんと比較してあげてるじゃん」

「宗治さんはお前にとって犬と同等の存在なのか……?」


 いつもの調子を取り戻す二人。

 それでも少しずつ変化しているのはお互いに気付いていた。


「それよりも、さっさと花摘んで帰るぞ」

「そうね。もたもたしてると夜も遅くなっちゃうし」


 ――変な気を、起こす前に。


 さらに言えば、その変化が何であるかも、何となく分かり始めていた。

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