6-4 出逢い
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12年前。
ある夏の日の、実界での出来事。
「隆一、頑張ってな」
金髪の少年が、青髪の少年の背中をぽんぽんと叩く。
「いやや、俺……俺、あっちゃんのおらん小学校なんて行きたくない」
大きな瞳から零れる涙が頬を伝い、少年は眼鏡を外してそれを拭った。
「大丈夫やて。なんかあったらいつでも連絡してくれや」
あっちゃんと呼ばれた金髪の少年は、涙を流す青髪の少年の背中を一生懸命にさする。
「俺、また向こうの小学校でもいじめられるかもしれんやん。一人でそんなん耐えられへんもん……」
「……隆一になんかあったら、絶対に俺が助けたる。だから、いじめられたらいつでも連絡してくれ」
そういうと、青髪の少年――飛鳥隆一の背中をそっと押して、金髪の少年は寂しげな笑みを浮かべた。
「遠く離れてても、俺は一生、隆一の味方やで」
金髪の少年――早川敦士は、不安そうに何度も振り返る隆一を見送った。
隆一を乗せた車はどんどん手を振る敦士から遠ざかっていく。
小さな金髪の少年は、あっという間に見えなくなっていった。
「男やったらそないめそめそしてたらあかんで、隆一」
運転席でハンドルを握る大人の男が、少し強めの口調で言い放つ。
「……うん」
そう言われて、隆一少年は静かに助手席のシートにもたれかかった。
「父さんも昔は泣き虫やってん、ようからかわれとった。でもな……」
「真田家の剣術を学んで、心を鍛えた」
合言葉のように、機械的に少年は言う。
何度も言い聞かされていたのだ。
「せや。だから隆一も、同じように鍛えてもらったらええ」
「……」
少年は、返事をしなかった。
聞いていなかったわけでもなく、反抗の意を示したかったわけでもない。
ただ単に、期待も希望もなく、無気力だった。
小学校三年時の飛鳥隆一は気が弱く、内向的な少年だった。
そのため親しい友人がほとんどいなかった。唯一話せる相手と言えば、近所に住む早川敦士だけであった。
敦士少年と別クラスだった一、二年生のときは、その消極性からからかわれることも多かった。
一方、敦士少年は非常に面倒見がよく、クラスメイトにも慕われる存在だった。
だから隆一にとって敦士少年の存在は大きく、彼がいたからこそクラスで居場所を作ることができた。
「……あっちゃんがいない学校なんて、行きたくない」
「いつまでも敦士に頼っとるわけにもいかへんで。いつかは一人で頑張らなあかん」
だが、隆一の父親は敢えて二人を離すべきだと考えていた。
もちろん、息子の今後のことを考えてのことだった。
それでも当時の隆一にとっては、父親は鬼か悪魔のような非道の類に見えていたかもしれない。
「…………」
隆一少年は、窓の景色をぼんやりと眺める。
道中の父親の顔はほとんど見ておらず、寂しそうだったか、はたまた厳しい顔をしていたのか。
彼はそれを知らないまま、深い眠りについた。
故郷の大阪を出発したのは午前五時半。
何度か休憩があったが、特に動く気にもなれずに昏々(こんこん)と眠り続けた。
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「ん……」
目を覚まして車内の時計を見ると、正午すぎを示していた。
「もう、着いたんかな」
窓から外を覗くと、大きな屋敷の前で父親と何人かの見知らぬ人が何やら話し込んでいた。
「あれって多分、武夫さんと、久恵さんと……」
家を出発する前に父親から聞いていた名前を、一人一人確認していく。
「その子供の裕司さんと恵子さん……あとは」
一家四人の顔を確認してから、隆一少年は首をかしげる。
「あれ……あの子、誰やろ」
最後に視線を移した先には、隆一と同じ歳ほどの子供。
父親からは、真田家は四人家族だと聞いていた。小さな子供がいるという話は一度も耳にしたことがない。
一通り話し終えたのか、父親は振り返って窓から顔を覗かせる隆一を手招きした。
車から降りて駆け寄ると、真田家の人間が一斉に隆一の方を見た。
「……っあ、」
思わず足がすくみ、隆一少年は立ち止まる。
眼鏡の奥の瞳を中年の見知らぬ男に向けるが、少年は今すぐにでも視線を落としてしまいたかった。
しかし、そんなことをすれば隣の父親が見逃すわけがない。間違いなく自分を叱りつけるだろう。
それを恐れて、隆一は一生懸命に男を見上げた。
「……は、初めまして! 僕が飛鳥隆一です、今日からよろしくお願いします……っ!」
声の震えを抑えつけながら、少年は大きな声で挨拶をした。
「ああ。私は真田武夫と言います。よろしく、隆一君」
男は隆一に目線を合わせて屈むと、にっこりと優しく笑いかけた。
「こっちが私の家内の久恵だ」
久恵と呼ばれた女性が、静かに礼をする。
「久恵の隣の二人が、裕司と恵子だよ」
「僕が兄の裕司、恵子は妹だよ。よろしくね」
紹介された裕司と恵子も、同様に挨拶をする。
見知らぬ年上ばかりの空間に、隆一は今にも逃げ出したい気持ちだった。
「ほなタケちゃん、よろしく頼むで」
「ああ、分かった」
いつも助けてくれた敦士もいない。そんな空間で、のびのびと息を吸っていられる気がしなかった。
「隆一、強くなりいや」
くしゃくしゃと頭を撫でて、父親は背中を向けた。
「待っ……はい。頑張ります」
言いかけた言葉を、伸ばしかけた手と一緒に引っ込めた。
ブルブルと聞き慣れたエンジン音が鳴り始める。
そのときには既に、寂しさなんてものは蝉の声に掻き消されてしまっていた。
いや、少年はそもそも父親と離れる寂しさなんて感じていなかったのかもしれない。
只々、未知の環境へと追いやられたことが不安だった。
車が動き始め、音が遠くなっていく。
隆一は車を直視せず、車が見えなくなった後も遠くの入道雲をぼんやりと眺めていた。
「中、入ろうか」
久恵に声をかけられ振り返ると、玄関前には久恵と小さな子供のみが立っていた。
「あ、……はい。お邪魔します」
玄関戸に向かう久恵に付いていこうとしたとき、久恵は思い出したように振り返った。
「そうだったわ、この子の紹介してないじゃない!」
見知らぬ子に手を添え、久恵は紹介した。
「この子は宗治よ。隆一くんと同い年なの」
「君が隆一くん、だね」
久恵に向けていた視線を落とし、静かに紡がれた声の方へと目を向けた。
肩まで伸びた赤い髪に、琥珀色の瞳。今時珍しい浴衣姿の子供。
その子は隆一に一歩近づく。
「ボクは宗治。これからよろしくね!」
ふわりと笑いかけ、宗治と名乗った子供は右手を差し出した。
「よ、よろしく」
震える手を伸ばし、宗治の右手に重ねる。
きゅっと握ると、宗治は嬉しそうに声を上げて笑った。
隆一は思わず、その笑顔につられて口角を上げた。
暑苦しい日差しの中、涼しい風が通り抜ける。
この子がいるなら頑張れるかもしれない。
隆一少年は、眼鏡の奥の瞳を輝かせた。




