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快晴の空に 〜幻想世界のなんでも屋〜  作者: ろこやるく
第5章 青年と青い木の実
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5-6 夢の中の少女 [◆]

■■■


「ボクはその考え方、好きだよ」

「え……?」


 そう。あれは四年前の――高校二年の夏だ。

 確か場所は、校庭前の階段。

 階段に腰を下ろし暑さにうな垂れる僕と、その隣で僕の顔を覗き込む隆一。

 隆一の向かいには、隆一の妹の鈴音すずねちゃんが立っていて。

 そして。


「人を傷つけたくない。君のその優しい考え方、いいと思う」


 僕の前には小柄な少女――三上瑠里が立っていた。


「君は君らしく、生きていけばいいんだよ」


 幼くも、見守るような笑顔を向ける彼女。

 風になびく柔らかな雪のように白い髪と、赤い大きな瞳。


「俺、らしく……?」

「うん。宗治のやりたいようにやれば良いんだよ」


 柔和な笑みを浮かべて、瑠里は頷く。


挿絵(By みてみん)


 こんなにも真っ直ぐで優しい笑みを向けられることは滅多にないから、どう対処したらいいのか分からない。

 僕は思わず、目を逸らした。


「あれぇ、さなくん。なんか動揺してへん?」

「いや、そういうんじゃなくて」


 鈴ちゃんは面白そうに僕をからかう。


「えっ……ぼ、ボク、なんか変なこと言っちゃったかな」

「いやいや、瑠里はなんもしてへんよ。気にすんなや」


 わたわたと焦り始める瑠里を隆一はなだめるが、やはり彼も面白いものを見るような表情を浮かべている。

 兄妹は互いの片手を合わせ、ハートの形を僕らに作って見せた。


「……なんで飛鳥兄妹はすぐそういう方向に持って行きたがるかなぁ」

「ほんとだよ……もう」


 そう言ってそっぽを向く彼女。

 その迷惑そうに眉をひそめる横顔は、夕日のせいだろうか。


 ――儚くて、切ない。


 そんな感情が込められているようにも見えた。

 だけどきっと、これは彼女の感情ではない。


 この感情は――。


「でも、ありがとう瑠里。俺なりのやり方で頑張ってみるよ」


 僕を真っ直ぐ見て、柔らかく微笑む。


「うん、応援してる」


 この感情は、きっと――。


■■■


「……んぅ」


 眠りから目を覚ますような感覚。

 いや、実際そうなのかもしれない。

 先程見えた風景は、きっと夢だろう。


 三上瑠里は、優しい少女だった。

 優しすぎるほどだった。

 僕は、そんな優しい彼女を――。


「守ることが、出来なかった」


 夢の中で見た横顔。

 あの横顔に儚さや切なさを感じたのは、きっと僕の罪悪感からだろう。

 だって、そう感じたのは確か夢の中だけなのだから。

 あのときは――現実では、そんな風には見えていなかったはずだ。


 色々と考える中、ぼんやりとしていた視界が少しずつはっきりとしてきた。


「ここは……森?」


 痛む身体を起こして、辺りを見渡す。

 見覚えのない、薄暗い森だ。

 だが、脳が覚醒していくにつれて、自身に何が起きて、何故このような場所に居るのかを理解し始めた。


「そうだ。早川の刀を弾き飛ばして、リカバの木の前で崖が崩れて……」


 僕は、崖の下の森に落ちてしまった。

 あの時は死を覚悟していたが、どうやら奇跡的に助かっ……。


「……?」


 ぐるる……と不穏な音が頭上で響いた。

 これは見上げてはならない音な気がする。

 もしもここで見上げてしまったなら、僕はこの音源に捕食されるかも分からない。

 だが、じっとしていたならどうだろう。僕はその末路を思考するが、


 ――いやいや、早いか遅いかだけの違いじゃないか。


 じっとしている方がずっと賢いなんてとんちんかんな思考が一瞬巡ったが、そもそもこの状況に賢い選択肢など存在しなかった。

 生きている奇跡に喜ぶのも束の間、絶体絶命の状況に追いやられてしまった。


 頭上の静かな呼吸音が、徐々に大きくなっていく。

 蛇に睨まれた蛙の気持ちをこんなにも死ぬほど共感できる日が来るなんて、思いもしなかった。

 僕は再び死を覚悟し、呼吸音のする方へゆっくりと顔を上げた。


「――君は」


 真っ白な毛に覆われた、赤い目の竜。


「洞窟の白竜……?」


 じっとこちらを見つめる白竜。

 あのときと同じように、敵意は感じられない。

 白竜は僕を囲うように、身体を丸めている。

 僕は白竜に寄りかかって眠っていたようだ。


「もしかして、君が助けてくれたの?」


 問いかけるが、人語なんて発する訳もない。

 が、白竜は僕の問いかけに答えるように、とんと頭を僕の肩に寄せてきた。


「そっか、ありがとう」


 その仕草が愛らしくて、思わず頭を撫でる。

 白竜は頭を低くして、気持ち良さそうに目を細めた。


 敵意どころか、僕に懐いている……?

 普通竜は、幼い頃から慣らさない限りこんなに懐くはずはない。

 前に会ったときにもあった感覚だが、やっぱりこの白竜を僕は知っている気がする。

 だけど、竜の知り合いなんて僕には居ない。


「君は不思議な竜だね」


 白竜は僕との再会を歓迎するように、畳んでいた翼をめいっぱいに広げた。

 そのとき、前足の付け根辺りに、何かで切りつけたような痕が見えた。

 傷はまだ新しいようで、血が滲んでいる。


「その怪我は……?」


 やはり問いかけに答えることはない。

 翼を畳むと、前足の傷は見えなくなってしまった。


「あまり訊かない方がいいのかな」


 白竜はそっぽを向いて、じっとしていた。

 その口元で、キラリと鋭く何かが光った。


「……ナイフ?」


 間違いなく、それはナイフの刃だ。

 偶然拾ったのか分からないが、白竜はナイフを咥えていた。

 ますます不可思議だ。


「君は謎が多いな……」


 この白竜は分からないことばかりだが、少なくとも僕に好意的ではあるようだ。

 彼|(?)がそばに居てくれるなら、この薄暗い森の中でも心強い。


「しかし、どうやって崖の上に戻ろうか」


 だが問題は、死の荒野に戻る方法だ。

 崖の上では、きっと隆一が僕を酷く心配している。

 三年間行方をくらました僕を探し続けるような男だ。早く戻らないと一人でも崖を降りて森の中を探し始めるだろう。

 戻る方法を思案していると、白竜が鼻先で僕のこめかみ辺りをつついてきた。


「ん、なんだい?」


 振り向くと、白竜は僕の前で身体を低く構えた。


「ああ、なるほど確かに」


 白竜は急かすように、長い尻尾をせわしなく左右に振る。

 僕はゆっくりと竜の背にまたがると、竜は立ち上がって、大きな翼を上下に動かし始めた。


「じゃあ、崖の上までよろしく頼むよ」


 辺りの木々ははためく翼の風圧で激しく揺れる。

 そして、不快な浮遊感が僕の胃を刺激する。


「うっ……やっぱりこの感覚は慣れないな」


 薄暗い森はどんどん遠くなり、崩れた崖が近づいてきた。


 僕は無事に、奇跡的な生還を果たすことが出来るようだ。

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