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快晴の空に 〜幻想世界のなんでも屋〜  作者: ろこやるく
第5章 青年と青い木の実
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5-3 理想郷に、死の荒野

■■■


「ここから先が死の荒野やな」

「な――」


 一面にレッドカーペットを敷いたかのように赤い地面。そこに生物の気配は一切感じられない。

 草木がなびくような音も無く、荒地に吹く乾いた風の音が不安を煽る。

 草一本すら生えていないようなこんな荒野に、実のなる木なんて本当にあるんだろうか。


「死の荒野の地面が赤い理由、知ってるか?」

「赤い……理由?」


 隆一の問いかけに首をかしげると、彼は淡々と解説し始めた。


「この赤色はな、微生物の色やねん。この微生物は動物の死体を半日も経たずに綺麗に分解することから、死の荒野って呼ばれるようになったんやって」


 そう語りながら、隆一は一歩先を躊躇なく歩いていく。

 なかなかにおぞましい話を聞いてしまった僕は、足元が気になって仕方がなくなってしまった。


「ま、生きてる生物には無害やけどな」


 ……そうフォローをしてもらっても、得体のしれないものの上を歩くのにはやっぱり抵抗がある。


「幻界にはよう分からん生き物とか場所が溢れかえっとるから、これくらいでビビってたら生きてかれへんよ」

「隆一よりは長く幻界ここにいるはずなんだけどな……」


 僕の見てきた幻界と隆一の見てきた幻界はどうやら違うみたいだ。フィールドが違うと言えばいいだろうか。

 ……でも、何故こんな奇妙な場所が存在するんだろう。


「創り物の世界に目的の分からん場所があるっちゅうのは、ちょっと気味悪いけどな」

「俺も思った。明らかに自然に発生したものじゃなさそうだし」


 隆一も同じことを考えていたようだ。

 幻界は、RPGなんかで良くあるファンタジーな世界観を元にして創られた人工世界だ。

 どのような仕組みでそれを実現しているのかは詳しく知らない。

 だが、創られた世界であるということは、場所や物に“意味”があるはず。


 幻界そのもの自体、そもそもファンタジーな世界を模倣したものだ。だから、竜やモンスターのような生き物がいたっておかしくない。

 しかし、死の荒野は死体の分解速度が異様に早い微生物がいるというだけの場所だ。

 RPGでよくある、そこにいるだけで身体にダメージを徐々に与えていくなどというものでもない。

 そんな模倣でも何でもない“意味”の分からない場所に、なぜ万能薬となる木の実が存在するのか。

 その事象に、僕は気味悪さを感じた。


「確かリカバの木は……あ、あれやな」


 隆一の指差す崖っぷちに、青い木の実のなっている木が一本生えていた。

 一面真っ赤な荒野に、真っ青な木の実。

 色の組み合わせが不気味で、恐怖心を増幅させる。

 だが、一番の問題は――。


「あの崖……歩いたら崩れませんか」

「まあ、二人で行くのは無理ですわなぁ」


 片道10歩、往復20歩。時間にして約十数秒。

 カップ麺すら食べられないほどの短い出来事となる。

 だが、崖は少しの刺激でも崩れてしまいそうな状態だった。

 小さな地震の一つでも起きてしまえば、確実に崩れるだろう。

 そんな崖を一緒に渡ったとなれば、二人仲良く谷底だ。


 と、すれば。


「なあ、宗治」

「何ですか、隆一くん」

「終始亭のリーダーって、お前やろ」

「ええ、一応僕ということになります」


 僕たちは、とても仲良しな幼なじみだ。


「やっぱりここは、リーダーが率先して動くところかなぁて自分は思うんですわ」

「いやいやご冗談を。ここはリーダーの前にサポーターが格好良く立つべきかと」


 今もこうしてお互いを立てようと手柄を譲り合っているのだ。

 ほら、親しき仲にも礼儀ありって言うしね。


「なんや宗治、遠慮せんでもええんやで?」

「遠慮なんかしてないよ。俺は本心で隆一を推薦してるんだ」

「推薦て、誰に薦めとんねん!」


 隆一の突っ込みにわははと笑い合う。

 僕らの間に、遠慮なんてない。

 そう。いつだって全力で向き合ってきた。


 例えばこの刹那、互いの視線が交差したなら。

 右手で作った拳を掛け声とともに出し合い――。


「「さーいしょはグー、じゃんけーん……!!」」


 僕は全力で、彼にチョキを差し出す――!!


「……なん、だと」


 だが、彼の右手はグーを形作っていた。

 にやりと黙って笑いながら、僕の指の間にグーの右手をぶつける。若干痛い。


「健闘を祈るで、リーダー」

「……ま、任せといて」


 1歩、2歩……と、ゆっくりと崖に近づいていく。

 砂利を踏む音が響くたびに緊張は高まり、崖の所々に見えるひび割れに目がいく。


 5歩、6歩……青い木の実の輪郭がはっきりと見えてきた。

 すぐにリカバの実を採取できるよう、皮袋を片手に握る。


 9歩、10歩。

 リカバの実に、そっと手を伸ばす。

 手の届く範囲になっている実を5つ程皮袋に詰めた。


 ふぅ、と一息ついて、一瞬気が抜けた僕はおもむろに崖の下を見てしまった。

 底に広がる薄暗い森。若干のめまいとともに、身体がぐらつく感覚に見舞われる。


「宗治ー、落ちるなやー」


 背後から聞こえた声に、身体がしゃんと正気を取り戻す。

 くるりと何事もなかったかのように振り返り、足取り軽く隆一の方へと歩いていった。


「これだけあれば十分かな」

「おう、十分やろ。お疲れさん」


 僕の肩をぽんと叩いて労う隆一。

 中身を確認してから、皮袋の口を閉めた。


「そうだ。聞きそびれてたんだけど、リカバの実の万能薬にはリスクがあるとかっていうのは……?」

「ああ、それな」


 崖の際に生える木を見て、隆一僕の問いに答える。


「リカバの実はな……なんの病気でも治す代わりに、新しい記憶も無くなるねん」

「記憶を無くす?」


 そんな作用のある食べ物なんて聞いたことがない。

 僕は自分の耳を疑った。


「病気した後にあった出来事とかは、綺麗に忘れてまうらしい」


 まただ。

 創り物の世界に、目的や意味の分からない仕様。

 誰のために、何のためにそんな風になっているのか。


「あの子の様子を見る限りやと、母親はだいぶ長患いなんやろなぁ」

「……そんなの、誰も得しないじゃないか」


 幻界はそもそも、いわば“理想郷”のような場所の提供として創られているはずだ。

 その理想郷の世界観のベースとして、ゲームで出てくるようなファンタジーな世界が採用されている。

 少なくとも僕は、実界の学校でそう教わってきた。

 そんな理想郷に、病の完治の代償として記憶を失う万能薬……なんてものがあって良いものだろうか。


「ほんまにな。でも、それでもあのおさげの嬢ちゃんは母親に元気になって欲しかったんやな」


 隆一の言う通り、その選択をしたのは依頼主だ。

 母親が病を患っている間も、色んな思い出があったと思う。

 その思い出が母親から消えてしまっても、彼女は母親の病気を治そうと決意した。

 つまり。


「これからを大事にしよう、ってことか」

「若いのにしっかりしてるわ……俺らも見習わなあかんな」


 少し困った表情で、隆一は僕の顔を見た。

 過去に囚われず、前を向いて歩いていく。

 言葉にしてしまえば容易に思えるが、ふと気が付くと振り返っていたりする。


 過去に囚われない平穏を、僕は望んでいる。

 望んでいるし、そう振る舞ってきたつもりだ。


 だけど――。


「……そうだね」


 僕はこれ以外に、何も言うことが出来なかった。


「さて、用も済んだことやし帰りますかー!」


 ぐっと背伸びする隆一に、僕は黙って頷いた。

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