4-2 女性の狩人? [◆]
「あの例の竜の洞窟に行くってのかい? ははっ、少年の将来の夢は狩人なのかな?」
町の狩人の一人である男は陽気に笑いながら、赤い髪の頭をぽんぽんと叩いた。
「いや、僕はもう少年という年齢では……」
頭を叩かれる宗治は、自分の頭一個分は大きいであろう大男を見上げて言った。
「大人にしてもそんな話はシャレになんないよ。あんた、狩りは初めてなのかい?」
「はい、初めてです。でも――」
宗治がどう説得しようか悩んでいると、狩人の男はくるりと背を向け、馬車の荷物を下ろし始めた。
「まあまずは図鑑でも見て幻獣の勉強から始めなよ。知り合いが苦しんでて辛いのは分かるが、悪夢症なら仕方がないよ。薬草を採りにいくくらいなら今のうちに予後の医者を探した方が賢明だよ」
狩人はそう言ってよいしょと大きな袋を持ち上げると、倉庫の方へと歩いて行ってしまった。
「やっぱりダメか」
宗治は少し乱れた髪を直しながらメモ書きを広げた。その紙切れには、数行に渡って人の名前と住所の一覧が縦に並んでいる。
下から二番目の名前の上にペンで取り消し線を引くと、一番最後に書かれている名前と住所を見て歩き出した。
目的の住所の方に向かって少し歩くと、こじんまりとした民家が現れ、宗治はその前で立ち止まった。
「ここで最後か」
宗治はもう一度住所と名前を確認する。『隼 弥生』と書かれた名前を見て、宗治は呟く。
「女性の狩人かぁ、珍しいな」
「おや、姫宮の婿さんじゃないか」
宗治はとんと固いもので何者かに肩を叩かれ振り向くと、そこには先日ペット探しの依頼に来たミヤコが杖の先を向けて立っていた。
「そこの家は今留守だよ。夏の間はいないのさ」
「え、そうなんですか?」
ミヤコは縦に頷くと、ニィっと笑って宗治に問う。
「狩人さんに何か用事かえ?」
「実は――」
宗治が事情を話すと、ミヤコは目を細めて考え事を始めた。
「そうかい、姫奈ちゃんのボーイフレンドがねぇ。そりゃ確かに心配だけどねぇ……難しい話さね」
「やっぱり、自然治癒しかないんでしょうか」
ミヤコは宗治の問いに対して、微妙な表情を浮かべてゆっくりと言葉を紡ぐ。
「丘を下ると港町があるのは知ってるかい? 森を抜けて見えるあの丘さね。この家の主は今そこに居るはずさ」
「港町があるのは知らなかったけど、丘の場所なら分かります」
町の近くを流れる川を渡って森を抜けた先の丘——姫奈と龍斗がミヤコのペットであるザッハトルテを追ってやってきた場所だ。宗治自身は行ったことがないが、二人からその丘の話は聞いていた。
「その港町に翼猫乗りの集団がいてねぇ。隼さんもそこの連中の一人で、彼らは竜とかそういう類の大型専門の狩りをしてるって聞いてるよ」
「ほ、本当ですか!?」
宗治は目を見開いて、ミヤコを見た。
「あまり期待はしない方がいいかもしれないけどねぇ、話すだけ話してみりゃいいんじゃないかえ?」
「ありがとうございます!」
宗治は深く頭を下げると踵を返して駆け出した。
「少しでも早く……採ってこなきゃ!」
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「もうすぐ正午かあ。お腹空いたな」
姫奈は自室のベッドに寝転がりながら、本棚から適当に取り出した分厚い古本をパラパラとめくっていた。
「もう起きてるかな」
本をぱたんと閉じると、ベッドから下りて本棚に本をしまった。
自室を出て、隣の部屋のドアをノックする。
「龍斗ー、起きてるー?」
声をかけるが、返事がない。
「寝てるのかな?」
一向に返事がなく、そっとドアを開けた。
何もない殺風景の部屋に布団が敷かれており、その上に横たわる少年が一人。
姫奈は宗治を起こす時のようにそっと忍び寄ると、彼の枕元でしゃがんで顔を覗き込んだ。
半目で見上げる少年に、姫奈は挨拶を交わす。
「おはよう。起きてたんだ」
「……うす」
龍斗はいかにも目覚めの悪そうな表情で答えた。
「ご機嫌斜めかな?」
姫奈はからかうような口調で龍斗の頬をつついてみせる。つつかれる龍斗はさらに目を細めて、迷惑そうな表情を浮かべた。
が、特に言い返すこともなく、ただぼんやりとされるがままだ。
いつもの龍斗ならやめろなどと言って怒っていたところだったが、そんな気力すらも無いのか、ただ一点を見つめていた。
「大丈夫?」
心配になり具合を尋ねるが、彼からの返答はない。ぐったりとしている龍斗の額に自分の手を当てて熱を測る。
「まだちょっと熱いわね。まあしばらくは大人しく寝てなよ」
姫奈がそう声をかけると、龍斗は小さく頷いて力なく笑った。すると、今まで黙ったままだった彼は、姫奈に唐突な質問を投げかけた。
「兄さんが死んだのって、オレのせいなのかな」
龍斗の突然の問いに姫奈は一瞬顔をしかめるが、特に感情を乱すことはなく少年に断言した。
「それはないわね。遺書を読む限りでは多くの人を殺めた自分を許せないからっていうことが書いてあったから、龍斗は全く関係ないわ」
「そう、だといいんだけど」
弱気な声でそう放つ少年は今にも泣き出しそうで、姫奈の脳裏に一つの怖れている可能性が浮かぶ。
――悪夢症による精神疾患。
悪夢症感染者は、眠りにつく度に悪夢を見る。悪夢ウィルスはただの悪夢ではなく、本人が恐れている最悪な事態を夢として見せる。
結果、多くの感染者は心身ともに衰弱し、悪夢症が完治した後も幻覚や鬱症状に苦しめられるという。
そんな可能性を浮かべ、姫奈は恐る恐る龍斗に尋ねる。
「一つ聞いてみるんだけど……起きている間に変なものが見えたり、聞こえたりすることはない?」
姫奈が問うと、思わぬ回答が返ってきた。
「あぁ、やっぱりそういうことか」
龍斗は納得したような表情を浮かべると、上体を起こして姫奈に告げた。
「原因がはっきりしてすっきりしたよ。オレは絶対に悪夢症には屈しない」
「っ……え」
「悪夢ばっかり見るから、もしかしてって思ってたんだよ。まあ夢系ウィルスは3回目だし、多分これからは夢だってちゃんと割り切れる」
病人とは思えない程にはきはきと話し出す龍斗を見て、姫奈は目を丸くした。
悪夢ウィルス感染者の多くはウィルス感染を自覚しない。感染していることを告げても、否定することが多い。
なぜならば、症状が現れた時点で彼らは既に被害妄想に思考が支配されてしまうからである。
ウィルスに感染していることを告げられても、「騙そうとしている」などと相手を疑い、信用しなくなるのだ。
龍斗はウィルス感染の可能性を自覚していた。
が、過去に夢系ウィルスに感染した経験があったとはいえ、明晰夢ウィルスとは訳が違う。悪夢症に負けない相当の意思を持っていたと言える。
「夢系ウィルスのベテランね」
「お前……それ褒めてんのかけなしてんのかわかんねーよ」
「褒め半分、けなし半分ってとこかな」
姫奈はそう言うと、犬を弄るようにわしゃわしゃと龍斗の頭を撫で回した。
「触んなこら」
龍斗は姫奈の手を振り払おうとするが、もう片方の手でがしりと腕を掴まれる。
「龍斗だって時々こうしてくるじゃない。自分がされて嫌なことは相手にしちゃいけないって教えてもらわなかったの?」
「オレが嫌だって思うことがお前にとっても必ずしも嫌なこととは限らないだ……ろ!」
今度は掴まれていない手で姫奈の手を振り払おうとするが、姫奈は振り払われる前にさっと手を引っ込めた。
「病人は大人しく寝てなさい。悪夢ウィルスの症状は悪夢だけじゃないんだから」
姫奈がそう言って立ち上がろうとしたとき、龍斗は右手を伸ばして彼女に何かを差し出した。
「これ、お前が持ってろ」
龍斗が差し出したものは、龍斗の兄——明斗が身につけていた翠色のペンダントだった。
「姫奈の方が……その、似合うと思う」
ふいっと顔をそらし、少年はペンダントだけを彼女に向ける。
「……ありがとう」
姫奈は差し出されたペンダントを受け取ると、ブラウスの胸ポケットにしまいこんだ。




