2-7 鎌鼬の襲撃 [◆]
町の門をくぐり抜けて、四人は帰ってきた。
町の中は異常なまでに静かで、外灯だけが生きているようだった。
宗治は一歩先を歩き、真っ直ぐに伸びた通りを慎重に進んでいく。
進んでいくにつれて、風はだんだんと強さを増し、四人に向かって突風が吹く。
そのときだった。
布を破く音と共に、リリアンが左手を押さえてしゃがみ込む。
ピンク色の上着は赤く染まり、じわじわと浸食していく。
「リリアンさん! 何なのよこの風……!」
姫奈はリリアンの側へと駆け寄った。
ポケットに手を突っ込むと、タオルハンカチを取り出してリリアンの左腕に巻きつけた。
「大丈夫? 他に怪我はない?」
「ええ、浅い切り傷で済んだみたいです。ありがとうございます」
リリアンは微笑み、言葉を紡いだ。
姫奈とリリアンは、これ以上負傷しないよう宗治達のいるところより五メートル程後ろに下がった。
一方、宗治と龍斗は彼女らの前に立ち、それぞれの武器を構える。
「龍斗くん、風は今どこから吹いていますか?」
「え……?」
宗治の唐突な問いに龍斗は戸惑う。
前方から吹いてきた突風はいつの間にか旋風に変化し、彼らを中心に砂が舞う。
しかし、明らかに通常の旋風とは何かが異なり、違和感があった。
龍斗は、その違和感の原因を探る。
「あ――」
そして少年は気付いた。
砂の舞う方向が内側と外側で異なること。
つまり、旋風の外にもう一つ大きな旋風が逆回りに渦巻いていることを。
「――二匹いる」
「そういうことです」
宗治は鞘に収まったままの刀を前方に構え、目を瞑る。
留まることなく台風のように吹き続ける強風を受けて、彼は見えない相手を探る。
カッ
宗治が素早く刀を一振りすると、大きさにして六〇センチメートル程の茶色い毛玉が地面に叩きつけられた。
「こいつが……鎌鼬」
鋭い鎌の前足を持った獣。仰向けになったまま動かないが、それは微かに呼吸をしていた。
風は先程よりも弱まったが、大きな風の壁は彼らのいる渦の中心部へと徐々に迫ってくる。
龍斗の隣で刀を構えていた宗治は、彼の背後に回り込んで背中を預けた。
そのとき、宗治の右腕に旋風がかすった。かすった右腕には鋭い切り傷ができ、血が滲み出る。
それを見た龍斗は、迫ってくる風の壁に思わず身を縮ませる。
「風の音に耳を澄ましてください。どこかに本体の気配を感じるはずだよ」
宗治は落ち着いた様子で言う。
龍斗は宗治と同じように刀を構え、目を瞑る。
巻き上げられる砂埃に紛れて微かに感じる、自分を狙う気配。
それは、風に乗ってくるくると円を描き、迫ってくる。
ちょうどその気配が龍斗の正面にやってきたとき。
それは風の壁を飛び出し、少年目掛けて前脚の鎌を振り下ろす。
刹那、龍斗はバットでボールを打ち返すように大きく刀を振った。
ギュウ、と絞り出すような鳴き声と共に、地面に鎌鼬が転がる。
旋風は空に吸い込まれるかのようにすっと消え、辺りは穏やかな夜風に戻った。
二匹の鎌鼬は起き上がると、夜風に乗って逃げるように町を去っていった。
「お見事です」
宗治は鞘付きの刀を腰に戻し、龍斗に笑いかける。龍斗の癇に障る最高の笑顔で、宗治は龍斗を称えた。
「っ…………」
いらっとくる反面自分を認めてもらった喜びもあり、龍斗の中では複雑な感情が先ほどの旋風のように渦巻く。
自分でもどうアウトプットしてよいか分からず、とりあえず少年は黙って頷く。
「龍斗、やったじゃないっ!」
一部始終を後ろから見ていた少女は、感激の声を上げる。
宗治に言われると素直に喜べずにいた龍斗だったが、彼女の元気そうな声に思わず顔がほころぶ。
姫奈に向かって親指を立てて、龍斗はにっと笑う。
純粋な、少年らしい、心からの喜びと誇りを表した笑顔。
それは、彼女らを――初めて人を守ったということから得た自信による表情だった。
「――いう風にちゃんと笑えばいいのに」
「ん、何か言った?」
少し目を逸らしがちに何か呟く姫奈に気づき、龍斗は聞き返す。
「何でもない、さっさと帰るわよ!」
姫奈はくるりと龍斗に背を向けると、すたすたと早足で姫宮家へと向かっていった。
「もう夜も遅いですし、僕たちも帰って寝ましょう」
リリアンと宗治も姫奈に続いて家に向かった。
穏やかな夜風が吹き抜ける夜の町の中、少年は夜空を見上げた。
真っ暗な中に、星たちが目一杯に光る。
月がなくとも空は明るく、むしろ月がないからこそ星は明るかった。
「……月がないとちょっと寂しいけど、星が良く見えるんだな」
龍斗は、昼間に宗治に言われた言葉を思い出す。
「――もっと広い世界を、か」
少年はぎゅっと拳を握ると、真っ直ぐに前を向いて歩き始めた。
「……っと?」
しゃりん、と龍斗の足元に何かが引っかかった。
龍斗は暗がりでよく見えず、目を凝らす。
先程姫奈がリリアンの止血に使っていたタオルハンカチと、その下からチェーンのようなものが見えていた。
「あいつ、忘れていったな」
龍斗は、呆れたような、何とからかってやろうかとわくわくしたような表情で、タオルハンカチとそれを拾い上げた。
「……何、で?」
少年の心拍数が一気に上がる。
見覚えのある翠色のペンダント。
少年は知っていた。
そのペンダントが誰のものであるかを。
ぎりっと奥歯を噛み締める。
「……嘘つくヤツは、嫌いだ」




