表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

2話 自分

下校の途中。

「ちょっと寄ってかない?」という渚の提案。久し振りにゆっくり話をするのもいいかもしれない、と思い湊は提案を快諾、近くのカフェ『シェラ・ブルー』で一服することになった。


『シェラ・ブルー』―――。白い外壁にクラシック調の内装は、訪れる客に等しく安静という感覚をもたらしてくれる。

最近できたばかりの新しい店―――というわけではなく年数もそれなりに経っているが、カフェ経営が難しいと言われる近年では珍しく『成功しているカフェ』と言える。


一番人気は苺のショートケーキとブレンドコーヒーのセットだ。ケーキもコーヒーも調理を手掛けるのは店長で、海外で十数年間修行を積んできているので味は折り紙付きだ。

しかし店長の厳格な性格のせいか、テレビの取材は全て禁止となっており、写真を撮ってSNSにでも投稿しようものなら『永久出禁』を喰らうらしい。


そんなシェラ・ブルー―――女性店員に案内された席に湊は、渚と向かい合うように椅子に座りながら、ぐるりと店内を見た。

忙しなくパソコンのキーボードを叩く人(うるさくないように音には配慮しているようだ)、ハードカバーの本を読み耽る人(隣の本屋で買ってきたのかもしれない)、同じように学校帰りで立ち寄った男女二人組(男の制服が学ランなので違う学校だ)……多種多様な時間をそれぞれが送っている。

彼らの目に私たちはどう映っているのだろうか……と、湊は少し考えた。


「湊?」


「あ……ううん……なんでもない……」


「そう」


渚は先に通されたグラスを掴んでお冷を飲んだ。かれこれ3口目だが、対して湊はグラスに触れてすらいない。


「湊さ」


「なに……?」


「友達できた?」


不意なボディブローにうっ、と思わず湊は唸ってしまった。


「できてないね。その様子じゃ」


「……うん………」


「高年生になってもうそろそろ2ヶ月目だよ? いーかげん話せる人つくらなきゃ、この先苦しいままだよ?」


「……うん……分かって……るんだけど……」


どうしても、と湊は言葉を詰まらせた。


湊と渚はいわゆる幼馴染だ。

家も隣同士、幼稚園の頃から家族ぐるみの付き合いで、湊と渚はずっと一緒にいた。

湊は気弱な性格なので、ぐいぐいと先導して引っ張ってくれる渚に救われることは、この16年の人生の中で多々あった。

小学校でも中学校でも常に同じクラスで、高校でもそれは変わることがないと湊は信じ、安心しきっていた。


しかし―――そう上手くはいかなかった。

高校に入学してから環境は激変し、渚とは別のクラスになってしまった。一緒に帰ることもなくなり、思えば話したのも一緒に帰っているのも、もう1ヶ月はしていなかったように思える。

前回話した時にも、湊は渚に同じようなことを言われていた。


「……変えるって………難しいね……」


愚痴のように、ため息混じりで空気が余計に漏れていくのを感じた。


この2ヶ月、湊も何もしなかったわけではない。

自分から話しかけようとしたり、地味であれ努力はしていたのだ。

ただ―――地味過ぎて誰も気づかなかった、というのが結局のところだ。

話しかける、といっても、いざやろうとすれば声が出てこない。口だけが上下する。

音が出ていないのだから誰かが気づくはずもなく、結局湊の努力は徒労に終わった。


『人は簡単には変われない』という言葉に縋り、自分で自分を催眠術に掛けるように唱え続けることだけが、もはや湊の唯一の支えとなっていたのだ。


「うーん……そりゃ中身は難しいだろうけどさ、外見だったらどう?」


「外……見……?」


と、湊が首を傾げているとつい先程注文したブラックコーヒーとカプチーノが運ばれてきた。

渚はコーヒーをぐいと飲み、湊も倣ってカプチーノをちびと飲んだ。


「ふー……そ。さっきも言ったけど背筋を伸ばしてシャキッとする! それから……そのうっとーしい前髪を切る! そしたらさ、視界が開けて目の前が明るくなって、自分も明るくなれるかもよ?」


なるほど、それなら確かにできそうだ。



「人ってのは本能で馴染みやすいのとにくいのを選ぶんだから。暗ーくして極少数の人と付き合ってくよりかは、それなりに明るーくした方が自然に人も集まってくるもんよ。……ちなみにこれは経験則」


渚の言葉は全て正しいのだろう。

経験に基づいているからとかそういう理由ではなく、湊は感覚でそれを感じ取った。

同時に―――それを平然とやってのける渚への羨望を、そんな簡単なことも思いつかず実行できなかった自分への疎ましさを、湊は感じた。


「うん……やってみる……ね………」


「頑張って」


渚のカップはいつの間にか空になっていた。

湊は急いで自分のを飲み切ろうとしたが、渚に気づかれ「ゆっくりでいいから」と言われてしまったので、少し恥ずかしかった。




※※※


カフェを後にし、授業がどうだとか宿題が多いとか、たわいもない談笑を繰り広げていると、気づけば二人は自宅の前だった。


「じゃあね湊。ちゃんと戸締まりしなよ?」


「うん……また」


家に入っていく渚の後ろ姿を何となく名残惜しく思った湊は、つい渚を呼び止めてしまった。


「どしたの」


「あ……の……ごめん……なんでもない……」


「……? あ、そうだ。湊には言っとくよ」


何か思い出したように言った渚は湊の側により、小さな声で話し始めた。


「最近この辺で『アレ』の目撃情報がひっきりなしでさ……何個かはイタズラだったど、そうとも言えないのも結構あるから……ホントに気をつけなよ?」


それは、先程談笑していた時とは明らかに違う、真剣な声色だった。


「……もしかして、最近ナギちゃんがいなかったのも………?」


「……うん。おかげで階級は一個上がったけどね。ここんとこは学校に行けたと思ったら途中で召集かかって早退ってパターンがずっと。だから着替えるのも面倒だし、今も制服の下に『スーツ』着てるんだ。私らもできるだけ被害が出ないようにするけどさ……まあ何が言いたいかって、最近物騒だから気をつけるようにってこと」


「うん……わ、かった……。ナギちゃんも……気をつけて……」


何と言っていいものか、狼狽うろたえつつもどうにか湊は言葉を絞り出した。


「ん、ありがと」


どことなく素っ気無く、まるで本心を隠しているかのような無色―――渚の家のドアが閉まるバタンという音が、夕暮れの住宅街に響いた。


湊も自宅に入った。家の廊下は薄暗く、電気はいていない。姿鏡に移る自分の姿を一瞥し、ローファーを脱ぎつつ手近のスイッチを入れると、パッと部屋は白く明るくなった。


そのまま直進して螺旋状の階段を登ると、一つのドアの前に着く。

湊の部屋だ。

開けるとそこの光景はいつも通りの、白のカーペットに勉強机、ベッドの近くには本棚があるだけの(といっても入る本は雑誌や漫画の類で5割、アクセサリや風呂後に使う乳液などの化粧品で5割)普通の部屋だ。


湊は倒れ込むようにベッドに落ち、布団を被った。



―――誰にも言えない、自分だけの時間が始まる。


(大丈夫かな大丈夫かな大丈夫かな大丈夫かな大丈夫かな大丈夫かな……)


今日はナギちゃんに助けてもらってしまった


自分じゃ何もできない面倒な奴って思われたかもしれない


ずっと一緒にいて疎ましく思われているかもしれない


いや、それだと今日カフェに誘ってくれたのに理由がつかない


……いや、もしかすると友達のフリをしているだけかもしれない


なにを考えてるんだ私は


せっかく誘ってくれたのに ひどい 最低だ



帰ってる時も、変なこと言わなかったかな


笑ってくれていたはずだ いやもしかするとそれも演技で




だから!! そんなこと考えちゃダメだって



大丈夫かな 大丈夫


私は普通私は普通ふつうふつうフツウ……



……病院とか行ったほうがいいのかな



いや 構ってほしいと思われるからそれもダメだ




あれ? どうしようもない




いやだなあ どうして私はこんななんだろう




―――。


湊の目からは涙が垂れていた。

何に対しての涙なのか、湊自身にも分からなかった。




※※※


「次のニュースです」


湊が目を覚ますと時計は8時を回っていた。

いつもの夕食の時間はとっくに過ぎていて、湊はリビングに降りてテレビを時々見ながら夕食を作っていた。

今日はあまり気になるバラエティが無かったのでニュース専門のチャンネルに合わせてみたが、報道内容はちょうど、渚の話していた『アレ』の事件の話だった。


「本日未明、O県総丘市の路地裏で、40代と思われる男の遺体が発見されました。遺体には激しい外傷があり、警察はこれを『クレイザー』の犯行によるものだと発表しました。犯人は見つかっておらず、付近の住民からは不安の声が―――」


総丘市の事件だった。テレビに映る風景を見るに湊の家や学校からも随分遠くのようだが、それでも同じ市ということもあって、湊は少し怖かった。


『クレイザー』―――湊もこれについてはあまり詳しく知らない。

数年前から世界各地で現れるようになった彼らは、なんでも見た目はただの人間だが、その実超能力や魔法のような力『クレイズ』を持っているのだという。


どうしてそのような力を持つようになったのかは一切不明、しかしクレイザー達に共通して言えることは、その人外的能力を持ったが故か、多くが犯罪に手を染めるのだ―――ということを以前、湊は渚から聞いていた。


クレイザーの出現当初、彼らによって引き起こされる事件に対応する法律が存在するはずもなく、全て普通の犯罪として扱われ、警察の管轄だった。


しかし彼らは異能力を持った人間、拳銃一丁のみを武器とする警察が相手に挑むにはあまりに無力、蛙が無抵抗のうちに蛇に喰われるように簡単に、時に殺され、警察は返り討ちに遭うことの方が多かった。


それらを皮切りに急増していくクレイザー事件、民衆への被害件数も徐々に数字を伸ばすようになり、見兼ねた世界の国々はとうとう『クレイザー法』及び特別組織『Ceo』を発足したのだ。


渚はこれらの事件に詳しいのは、彼女がCeoに所属しているからである。

湊の聞く範囲では、そこでは最新の科学を用いた特別な武器が作られ、Ceoに所属する人の事務員以外は皆一つは所持しており、クレイザー法によって使用が許可されているのだという。

つまりは渚もそのような武器をどこかに隠し持っており、クレイザーを倒して―――いるということになるが、嫌ではないのか、前に湊は渚に聞いたことがあった。


「んー……そういうものだって初めから思ってたから、考えたことないかな」



渚の言う通り、どうやら本当に近くで事件が多発しているらしい。

気をつけないと、と湊は夕食を皿に盛り付けながら、ひとり思った。




※※※


夕食後。


食器を洗い、あらかじめ沸かしておいた風呂に入って、肌の手入れをして湊は再び布団に潜った。

先程よりも気持ちは幾らか落ち着いていた。

しかし、それはそれで『自分』がよく見えすぎてしまうので、好きではなかった。


(……話せるようになりたいなぁ………)


渚にも言われたことを思い出した。

ずっと頼ってばかりでは駄目だということも分かっていた。

しかし、どうしてもできない自分が、たまらなく嫌いだった。


(お父さん……お母さん……)


湊は海外出張に出掛けて家を空けている両親のことを思い出しながら、ひとり眠りに落ちた。




※※※


湊は不思議な夢を見た。


自分の両親が何かを見ながら叫んでいる。とても怖がったように。


湊も同じ方向を見ようとするが、まっくらで何も見えない。


気づけば隣にいたはずの両親は消えていて、驚いた顔の渚がドアの前に立っていた。


「み……なと……?」


声が震えている。


渚は急に泣きそうな顔になって、湊を強く抱きしめた。


「大丈夫……私がずっと、守るから………」


湊は夢の内容がなんだか分からないまま、朝を迎えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ