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1話 総丘

『成長』とは―――『長』く『成』すと書く。


文字の意味は言うまでもない。


しかし文字になぞらえるなら、何を『長』く『成』せば『成長』になるのだろうか。


ただ長期間続けるということ―――それは『継続』であり『成長』にはなり得ない。


継続に『努力』を加える―――それも実らなければ『成長』したとは言えない。


『成長』の唯一の答え―――それは『運命の道』を背かず歩き続けることだ。


誰であろうと『運命の道』から外れることはできない。


人生のうちに起こる事柄の全ては『運命の道』が始めから仕組んでいるものなのだ。


どんな恐怖が、どんな悲しみが待ち受けていようと、立ち止まらずに前を向き―――歩き続けた者こそ、真の『成長』を手にすることができるはずだ。


そして、『成長』した者は―――この世の誰にも負けることはなくなるだろう。




※※※


日本国のとある県のとある市―――総丘市。

面積789.9k㎡、人口70万人。大きく割けると北区、南区、西区、東区、中央区と5つの区に割けられ、全部36の町村がある。

中心区に位置する総丘町は、巨大なショッピングモールを中心に飲食店、雑貨屋に服屋、スーパーに本屋に映画館……基本的な店は揃い、一角には抜けるようなビルの森がずらりと並ぶ。


一見して都会に見える総丘市だが、町を抜ければ風景は一変、豊かな田園風景に手本のような木造の古い家屋が点在する村が幾つもあり、誰がどう見ても田舎であることは間違いない。


しかし互いが啀み合うことはない。都会と田舎で啀み合うというのもバカな話だが、田舎側としては買い物へ行くには十分過ぎるほど揃っているので特に不便と思うことはないし、都会側としては消えつつある自然を肌で体感できるということで、休日を利用して向かう人も少なくない。

ようは互いが尊重し合っているのだ。


そんな『ちょうどいい田舎』である総丘市の都会側―――中央区総丘町に位置する高等学校『総丘南高校』。

偏差値51〜52、男女比4:6、制服はブレザーでそれ目当てに入学を希望する生徒もそこそこいる。

いわゆる普通の学校―――生徒は今日とて普通の1日を享受し、現在の時刻は午後4時。


これから下校や部活で校内が喧騒に包まれていく。授業という重苦しい鎖から解かれ、これから思い思いの時を過ごさんとする彼らだが―――反するように不幸な目に遭ってしまった少女がひとり、体育館裏。


「なあ……流石に返事もナシってのは失礼なんじゃねーのか……オイッ!」


ドン、という鈍い音が少女―――高皆たかみな みなとの頭上で鳴った。叩きつけられた右手の拳の先はコンクリート壁なので音は殆ど響かない。


湊の正面―――いかにもガラの悪い男の上級生が3人、一人は右手に体重を預け至近距離から、他二人はその後ろにいて、いずれも睨みつける目はこれでもかと鋭くギラリと尖っていた。


視線を外そうにも怒りを買って殴られそうなので外せず、逃げようにも背後には体育館の壁がある。

助けを呼ぼうにも体育館裏は部活で体育館を利用する生徒すら寄り付かないような暗陰とした場所だ。

怯えながら、湊の頭には『八方塞がり』という言葉が浮かんだ。


「お前さ……人にぶつかっといて謝らねえってのはダメだろ? なあ……? お陰で買ったばっかの飲みモン落としちまったじゃねーかよ!まだ一口だって飲んでねーのによぉ! ああ!? 分かってンのかあ!?」


存分に怒りを撒き散らす上級生に湊は歯向かうことができない。ただひたすら、震えることしかできなかった。



実際のところ―――確かに湊は下校しようと廊下を歩いていた時、この上級生とぶつかってしまっていた。それは自分が少し俯き加減で歩くという癖のせいもあったのだが、上級生の方は他の二人とふざけながらロクに前も見ず廊下を歩いていたのだ。


当然互いはぶつかり、湊は少しよろけただけだったが、上級生の方は手に持っていた紙コップに入った飲み物を落としてしまった。


「………めんな……さい……みません………」


と、蚊の羽音ほどの小さな声でその場を去ろうとしたのがまずかった。


「おい……お前………謝りもしねえでドコ行く気だ……?」


憤怒に一点集中の上級生は湊の謝罪の声が届いておらず、自分も悪いとは一切思わず、逃げようとする湊と100%悪いと思い込み、他の生徒の視線も構わず湊は肩を掴まれ引きずられるように連れ込まれてしまったのだ。



そして―――状況は湊が思ったより深刻化してしまっていた。


「ちょうど俺が買って売り切れになったからよぉ、もう買い直そうにも買い直せねえんだよ……分かるな? 俺の今の気分はもうどうやったって満たせねえ……弁償するだけで済ませようってんなら、そりゃアマイ考えってやつだ……。財布丸ごともらわねとなあ!!」


再び怒鳴り散らし、湊の顔の数センチ手前の正面に上級生の顔が迫る。頭髪こそ黒であるが、両耳にはピアス、よくよく見れば鼻頭に角栓が詰まって黒い点々が幾つもある。


などと相手を分析する余裕など当の湊にあるはずもなく。

できることと言えば、どうにかこうにか意を決して、思いを伝えることだけだ。


「………す」


「あぁ?」


「き、今日……財布……持ってきてない………です……」


最大限声を張り上げ、ようやく湊の声が上級生に届いた―――かと思えば。


「……やっと喋ったかと思えばンなことかよ……いいか? 持ってねえってんなら、明日にでもキッチリ揃えて持ってくるってのが礼儀ってもんだろ? そんくらい分かるよなあ喋らねえお前にも……。そうだな……じゃあ10万で勘弁してやるよ」


かえって逆効果だった。嘘なんかつかなければ、と湊は先の自分の行動を後悔した。


「そ……そんなに…ない……です………」


「あぁ……?お前バカか? 自分が女ってこと分かる頭があんならよぉ、そこらのハゲジジイとホテルに行ってくりゃいいじゃねーか」


激怒から一変、上級生はヘラリと笑って当然のように吐き捨てる。それにつられて仲間二人も笑う様が、湊は言いようなく恐ろしく感じた。


「…そ……そんなの………むりです……」


「やる前から無理だとかほざいてんじゃねえ! ……そうか。ああそうかよーく分かったぜ……」


「………?」


地面を撫でるように俯き、壁と湊から離れ、下卑た笑みを浮かべた―――瞬間。


「なんべん言っても分からねーやつには……『躾』が必要だってなぁ!」


上級生の男は湊目掛けて大きく右拳を振り抜いた。


(―――あれ……?)


しかし、恐怖に囚われ困惑で頭が満ちているはずの湊の目には、その拳の動きがやたらとゆっくりに見えた。

どうしてなのかは分からなかったが、この瞬間だけ、拳と自分の顔が激突するこの僅かな時間だけ、自分が冷静になっていることに気がついた。

そしてもう一つの感情が、介入の余地の無い湊の頭に図々しく入り込んでくる。


(懐……かしい………?)


だが―――冷静になったのはあくまで頭だけで、金縛りのように体だけは動かない。

どうすることもできず、湊はそのスローモーション再生のような暴力をただじっと、呆然と見つめることしかできず―――


「な……!?」


「……!」


上級生の男、後ろの他二人も、湊でさえも驚愕した。

拳が湊に当たる寸前。

間に右腕が一本割り込み、男の拳を掴んで完全に受け止めているのだ。


さらにそれをやってのけたのが屈強な肉体の持つ大男であったなら大して驚きはしなかっただろう―――受け止めたその腕は、湊と同じくらい細く、しなやかで、紛れもなく女の腕だったのだ。

セミロングの黒髪。すらりと伸びた身長は、ブレザーと赤のラインが入ったスカートそれぞれが互いに調和していてよく似合っている。

湊は、その人物をよく知っていた。


「ナギちゃん………!」


「先輩……悪いんですけど、ここはひとつ退いてもらえませんかね?」


「だ……! 誰だテメーは! 離しやがれ!」


素直に拳はパッと手から離れ、上級生の男は後退しつつ身じろぎした。


「テメーにゃ関係ねーだろ!とっとと消えろ!」


「関係ありますね。この子、私の友達なんで。流石に殴られそうになってるところを見過ごせってのは……ちょっと酷じゃないですか?」


「…! このアマ……!」


今日何度目かの沸点に達し、再び殴りかかろうと上級生の男は身を乗り出し―――が、後ろの仲間に肩を掴まれ静止した。


「なんだぁ!? 邪魔すんじゃ……」


「コイツはヤバいぜヤマちゃん……コイツ……美袋みなぎ なぎさだぜ!」


ニヤニヤと余裕そうに湊をからかっていた表情かおから打って変わって、仲間の二人の表情かおはみるみるうちに青ざめていく。

当の男は何のことか分からない、ただ怒りに震えた状態だ。


「ああ? それがなんだってんだ」


「ヤマちゃん知らねえのかよ! コイツは『セオ』ってことだよ!」


「セオ〜?それがどうし……はっ!」


セオ―――この言葉でようやく男も、割り込んできた女の正体が何であるかを理解した。


「うちらとしてはちゃんと『Ceoシーイーオー』って呼んでほしいんですけどね……。これから私仕事なんですけど、これ以上友達イジメて私の時間と取ろうとするなら……公務執行妨害で警察に突きだせちゃうんですよねー。どうします?」


美袋 渚―――渚はブレザーのポケットに手を入れ、ゆっくり歩きつつ上級生三人の近づき、神経を逆撫でするような喋り方で問いかけた。


「………るか」


「え? なんですか?」


「……サツが怖くてカツアゲなんざやってられるかぁぁぁぁ!!」


半ば退きかけている仲間の様子を他所に、男は本能のままに渚へと、正面から拳を振りかざして突進した。


「……そんな中学生のケンカじゃないんだから」


渚はどこまでも冷静だった。

まず大振りな右手の拳を、受けるまでもないと体を数センチずらして躱した。勢い余って男は前の壁へつんのめるが、渚の動作はまだ終わりではない。


左足を男の足元に沿わせ、体の重力がかかる向きと逆、すなわち壁とは反対方向に素早く払った。

すると、男の体は確かに数秒間宙に浮き、ドサリと地面に落ちた。軽く呻き声は上がったが、大したダメージにはならない。


「で、どうします? まだやりますか?」


「テメー……転ばせたくらいでいい気になってんじゃあ………!」


「い、いや!もうやらない!悪かったから!帰るから勘弁してくれ!なあ!」


「あ、ああ!」


再び渚を殴りかかろうとした男を、仲間は羽交い締めするように二人掛かりで止めに入って静止した。


「ンだてめえら邪魔すんじゃねえってさっきから言ってンだろ!」


「今は相手が悪いって! だからさ……!」



「……! ……チッ、今日のところは勘弁してやらぁ!」


と、男の態度は一変、悪態をつきつつも仲間に連れられて逃げていく様は、ヒーロー漫画の悪役に実に似合いそうだった。

かくして、湊は殴られることも財布も取られることもなく、またホテルへ連れて行かされることもなく事を終えた―――しかし。


「いたっ」


渚にお礼を言うより先に渚からデコピンを受けた。


「……なにするの」


「なにするの、じゃない。湊も下見てばっかりだから変なのに絡まれるんだよ」


渚は苦い顔を、その中に微妙に怒りを織り交ぜていた。


「…見てたの……?」


「いいや。久しぶりに一緒に帰ろうと思って2組に行ったら、湊が上級生とぶつかって連れられてったって聞いたから」


「……ごめん……ね………」


「いいから。謝るよりもっとシャキッとしなって。ほら、帰るよ」


「え……仕事……は………?」


「あんなの嘘に決まってんじゃん」


渚は右手の鞄を肩から下ろすように下げ、正門への道を湊に構わず行ってしまう。


「あ……ま、待って……!」


渚の前から伸びる太陽の光を、湊は眩しく思った。









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